疎遠になると生存の確認もままならない
昔の知人や友人と疎遠になって何年間も会うことは勿論
メールや電話すらしなくなった方に「誕生日おめでとう
ございます」のメールを送ると、友人から「〇〇さんは
〇年前(〇ヶ月前)に亡くなられました」と云うメール
が着て、愕然とすることが最近多くなってきた。
5年前に、生まれ育った北海道から神奈川県に越して来た
せいもあって余計に、北海道時代の友人・知人とは疎遠に
なりがちである。コロナ禍で、家族でさえ自由に会うこと
ができない現在では、まして昔からの友人・知人とは疎遠
になって行くのは仕方がないことかもしれない。
もしも、私の死後に誕生日のメッセージなど届かないよう
に、家族にはあらゆる手段を使って死亡の報告をするよう
伝えてあるが、考えてみると毎日書いてるブログや某SNS
に投稿しているのは生存の証の意味もあるのかもしれない。
人間は明日の命の補償さえもなく、今を生きていることを、
何らかの形で生存の証を示しておくことは大切なことかも
しれない。