時計屋の親父

 近所の小さな時計屋の前を通ったとき、横を歩いていた夫が、子供のときにはじめて腕時計を買ってもらったのは、こういう趣の個人商店で、ミッキーマウスの両腕が長針と短針になっているのを買ってもらったと言った。それを聞いて思い出したのだけど、私自身も、両腕が針になったミッキーマウスの時計を昔持っていた。バンドが、黄色と茶色の縦縞だったと言ったら、夫もそうだと言って、たまたまなのか、その頃そういうのが流行っていたのか、どうやら同じものらしかった。
 その時計屋は、ほとんど店というよりも個人の家という感じで、いつの時代のものかわからない時計を数点展示した小さなショーウインドウはくすんで、店主の趣味らしい植木鉢の並んだ棚の方が、ずっと幅を利かせていた。
 一度、夫の腕時計の電池が切れたので、電池の交換をしてもらいにその店に入ったことがある。入ったところの右半分が物の置かれて狭くなった土間、左半分が畳の仕事場で、そこはもっと物が散らかっていて、足の踏み場もないようだった。店の奥から腹巻を巻いた無愛想な顔の主人が出てきて、私が電池交換をしてほしいと言うと、畳の上に散らかった雑多なものをよけながら、無言で仕事場の真ん中あたりに進み、ちょうど、人ひとりが座る分だけ空いた空間に、はだしの足を出してどかりとあぐらをかいた。そして、やはり無愛想な顔で、腕時計を受け取ると、こちらに背中を向けて、黙って時計の蓋を開けにかかった。
 私は手持ち無沙汰で、そこいらに散らばっている物を見ていた。工具や、時計の部品みたいなもの、筆記具、メモ帳、灰皿、タバコ、そんなものがあった。
 電池交換が済んだので、無愛想な店主に千円札を渡し、腕時計を受け取って、店の外に出た。通りが、白いくらい明るかった。
 最近になって、また同じ腕時計の電池が切れた。なんとなく前の店へは行く気がしなくて、少し離れた、大きな店構えの宝飾店へ行った。明るい店内にいたおばさんが、愛想良くこちらを振り向いた。
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