猫はツンデレという人もいますが、
うちの猫たちはでれでれです。
早朝の仕事から帰って来ると、
ちぃは「抱っこー」と足元でごろりんごろりと寝転がっているし、
梅ちゃんは中腰になろうものなら、即、飛び乗ってきます。
女王、桃ちゃんも誰より早く玄関へ来て、ごろんとして、きらりんとかわいい目で見つめます。
一緒に朝起きて、旦那どんが仕事に行き、
猫だけになった我が家では、一体どのようなことが繰り広げられているのかなぁ~。
定規で線を引くというと、実に簡単な作業と思う人が多いのでしょうか?
私は子どもの頃に、まっすぐに線を引くということがとても苦手な子どもでした。
自分ではまっすぐ引いているのに、
「ほら、まっすぐ線を引きなさい!」と注意をされます。
どれだけまっすぐ線を引いても、
「まっすぐ線を引きなさい」といわれて、
へそも曲げるし、悪態もつくし、泣くし、本当に大変でした。
何でそんなに注意をされていたかというと、
私が引くまっすぐな線は、横線ならば右上がりだったり、右下がりだったり、
縦線ならば左に寄って下のスペースが狭かったり、右に寄って下のスペースが広めだっりしていて、
水平、垂直ではなかったからです。
でも、私にとって「まっすぐな線」というのは、
定規をあてて引いた線のことで、
波打っていなければ「まっすぐな線」だと思っていたのでした。
たしか、2桁、3桁の筆算をするときに、
定規をあてて引いた線が、数字に突き刺していたり、
数字からだんだん離れていったりで、
そのまま計算を続けると、どんどん歪んでいっていました。
意味調べをしていると、言葉と意味を結ぶ線が斜めになっていて、
次の言葉とぶつかりそうになっています。
どうしてぐにょぐにょなるのかなぁ、とは思うし、
「まっすぐ線を引きなさい!」と言われるしですが、
線が水平になっていない、垂直じゃないよ!とは、まったく気がついていませんでした。
また、求められているまっすぐな線がどういうものか、
教えてくれる人も残念ながらいませんでした。
あるとき、立方体だか、直方体の見取り図を描いているとき、
自分が描くものは、なんだか異次元空間のもののように、形が歪んでいます。
全ての線は定規を使い、まっすぐなのに、
でき上がった図形の見取り図は歪んでいます。
何度挑戦しても、なんだか変です。
そのとき、ふと、ノートの枠と比べると自分の描いた線が斜めになってるなぁ~と気づき、
さらに、罫線より微妙にズレているなぁ~と気がつきました。
それをピシッと罫線に合わせて、ノートの枠とも同じになるように意識して線を引くと、
図形の見取り図の歪みがなくなりました。
このとき、「あ!あ~あ!まっすぐな線ってこれかぁ~」と、理解ができて、
それからはノートの罫線を意識したり、ノートの枠を意識して、
求められるまっすぐな線を引けるようになったような気がします。
わからんちんの子どもは、
きっと大人が思ってもみないところで「?」をたくさん頭の中に浮かべていたりします。
そして、大人に言われたことを真面目に実行するために、
「これでいいかな」「こうならいいかな」と一生懸命試行錯誤しているのではないかなぁ、
そんな中で、『あ!』と思う瞬間が来るといいな、と見守っています。
でも私は今でも、何かをまっすぐに切ったり、折ったりすることは、
意識しなくてはぺろんと歪ませてしまいます。
まぁ、不自由なく生きております。
うちの猫たちはでれでれです。
早朝の仕事から帰って来ると、
ちぃは「抱っこー」と足元でごろりんごろりと寝転がっているし、
梅ちゃんは中腰になろうものなら、即、飛び乗ってきます。
女王、桃ちゃんも誰より早く玄関へ来て、ごろんとして、きらりんとかわいい目で見つめます。
一緒に朝起きて、旦那どんが仕事に行き、
猫だけになった我が家では、一体どのようなことが繰り広げられているのかなぁ~。
定規で線を引くというと、実に簡単な作業と思う人が多いのでしょうか?
私は子どもの頃に、まっすぐに線を引くということがとても苦手な子どもでした。
自分ではまっすぐ引いているのに、
「ほら、まっすぐ線を引きなさい!」と注意をされます。
どれだけまっすぐ線を引いても、
「まっすぐ線を引きなさい」といわれて、
へそも曲げるし、悪態もつくし、泣くし、本当に大変でした。
何でそんなに注意をされていたかというと、
私が引くまっすぐな線は、横線ならば右上がりだったり、右下がりだったり、
縦線ならば左に寄って下のスペースが狭かったり、右に寄って下のスペースが広めだっりしていて、
水平、垂直ではなかったからです。
でも、私にとって「まっすぐな線」というのは、
定規をあてて引いた線のことで、
波打っていなければ「まっすぐな線」だと思っていたのでした。
たしか、2桁、3桁の筆算をするときに、
定規をあてて引いた線が、数字に突き刺していたり、
数字からだんだん離れていったりで、
そのまま計算を続けると、どんどん歪んでいっていました。
意味調べをしていると、言葉と意味を結ぶ線が斜めになっていて、
次の言葉とぶつかりそうになっています。
どうしてぐにょぐにょなるのかなぁ、とは思うし、
「まっすぐ線を引きなさい!」と言われるしですが、
線が水平になっていない、垂直じゃないよ!とは、まったく気がついていませんでした。
また、求められているまっすぐな線がどういうものか、
教えてくれる人も残念ながらいませんでした。
あるとき、立方体だか、直方体の見取り図を描いているとき、
自分が描くものは、なんだか異次元空間のもののように、形が歪んでいます。
全ての線は定規を使い、まっすぐなのに、
でき上がった図形の見取り図は歪んでいます。
何度挑戦しても、なんだか変です。
そのとき、ふと、ノートの枠と比べると自分の描いた線が斜めになってるなぁ~と気づき、
さらに、罫線より微妙にズレているなぁ~と気がつきました。
それをピシッと罫線に合わせて、ノートの枠とも同じになるように意識して線を引くと、
図形の見取り図の歪みがなくなりました。
このとき、「あ!あ~あ!まっすぐな線ってこれかぁ~」と、理解ができて、
それからはノートの罫線を意識したり、ノートの枠を意識して、
求められるまっすぐな線を引けるようになったような気がします。
わからんちんの子どもは、
きっと大人が思ってもみないところで「?」をたくさん頭の中に浮かべていたりします。
そして、大人に言われたことを真面目に実行するために、
「これでいいかな」「こうならいいかな」と一生懸命試行錯誤しているのではないかなぁ、
そんな中で、『あ!』と思う瞬間が来るといいな、と見守っています。
でも私は今でも、何かをまっすぐに切ったり、折ったりすることは、
意識しなくてはぺろんと歪ませてしまいます。
まぁ、不自由なく生きております。