幻夏
2022年10月05日 | 本
太田愛(著) 角川文庫
毎日が黄金に輝いていた12歳の夏、少年は川辺の流木に奇妙な印を残して忽然と姿を消した。23年後、刑事となった相馬は、少女失踪事件の現場で同じ印を発見する。相馬の胸に消えた親友の言葉が蘇る。「俺の父親、ヒトゴロシなんだ」あの夏、本当は何が起こっていたのか。今、何が起ころうとしているのか。人が犯した罪は、正しく裁かれ、正しく償われるのか?([BOOKデータベースより)
著者がTVドラマ『相棒』の脚本家だということは解説を読んで知りました。また、本書がシリーズ第二弾で、第一弾は『犯罪者』、さらに第三弾として『天上の葦』があるんですね。
そのため主要登場人物である警官の相馬と興信所を営む鑓水とバイトの修司のやりとりは過去の事件や因縁が背景にあるので、次は『犯罪者』を読んでみたくなりました。
水沢香苗から23年前に失踪した息子・尚の捜索依頼を受けた鑓水は、差し出された封筒の札束に驚いているうちに香苗が姿を消してしまい、着手せざるを得なくなります。
修司と調査を始めたところ、尚の失踪に不審な点が多く見つかり、二人は尚が何らかの事件に巻き込まれていたのではと考えます。
前作の事件絡みで交通課に左遷された相馬は、少女失踪事件の捜査に駆り出されていました。少女・常盤理沙 は、元最高検察庁次長検事の常盤正信の孫であり、警察の捜査は岡村参事官を筆頭に迅速に進められます。理沙が消えた現場に残されていた謎のしるしを見つけた相馬は、それが23年前の夏に目撃したものと同じと知り驚愕します。二つの事件の関連を疑う相馬ですが、警察は彼に取り合わず、犯人は性的倒錯者と断定して捜査を進め、元東京高等裁判所部総括判事・寺石憲一郎の息子の寺石孝之を容疑者として取り調べ自白を強要します。
相馬は、12歳の夏に尚と弟の拓に出会い夏休みを一緒に過ごしました。尚は相馬に自分の父親・柴谷哲雄は「ヒトゴロシ」だと打ち明けますが、実は冤罪だったのです。このひと夏の思い出は相馬だけでなく尚にとってもかけがえのない宝物のような出来事であることが、大人になった今でも昨日のことのように蘇る記憶の描写に現れていました。
理沙の事件を追う中で、尚の消息を追う鑓水たちと取引をし、情報を共有した相馬は、二つの事件の裏に、柴谷哲雄の冤罪が絡んでいることに気付きます。
哲雄と香苗は取り調べの刑事がついた嘘で心を折られ、そのため哲雄は嘘の自白をさせられ無実の罪で服役し、離婚した香苗は実家に縁を切られて女手一つで水商売をしながら子供を育て、夫のことを周囲に知られると引っ越しを余儀なくされていました。
出所した哲雄は、冤罪が発表されたその日に妻子に会いに行き、謎の死を遂げていましたが、その死の真相はとても辛いものでした。尚はその真実を隠すために失踪するしかなかった。そしてその真実を知った時、「彼」は内側から壊れてしまった。あの //=I という印は尚が残したものだったのです。全ては冤罪が生んだ悲劇だったのです。
哲雄の死と尚の失踪、3つの拉致殺人事件、今回の誘拐事件の全てが繋がった時、犯人の正体と彼の目的が判明します。相馬たちは「彼」を止めようと必死に追います。
この小説の主題はまさに「冤罪」です。そして、冤罪被害者本人だけでなくその家族の人生までが狂わされてしまう悲劇を訴えています。その一方で自らを「正義」と信じ、「適正」に事にあたったと言って恥じない法曹界と警察の人間がいます。自分たちが作った筋書きに沿って自白を強要して立てた手柄で出世した岡村、それを鵜呑みにして都合の悪い部分は伏せて起訴した常盤、公判で無罪を主張する哲雄を反省の色がないと決めつけて判決を下した寺石。それぞれが自分の正義を押し出して冤罪を生み出したことに反省も後悔もない姿はいっそ傲慢に映ります。人を裁くという事への責任の重さが彼らが「正しく」理解しているとは思えません。
いっそ犯人の望み通りの結末になればいいとさえ思ってしまいましたが、理沙は無事で、常盤や岡村、寺石にも決定的なダメージを与えられない事件は解決します。それにしても自分本位で我儘な理沙には全く同情できなかったな。
撃たれた犯人の病室を訪れ語り掛ける相馬・・・感情を失くしたように見えていた彼が相馬が帰った後に見せた反応に、わずかな希望を感じました。