杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

ゴヤの名画と優しい泥棒

2022年10月14日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2022年2月25日公開 イギリス 95分 G

世界中から年間600万人以上が来訪・2300点以上の貴重なコレクションを揃えるロンドン・ナショナル・ギャラリー。1961年、“世界屈指の美の殿堂”から、ゴヤの名画「ウェリントン公爵」が盗まれた。この前代未聞の大事件の犯人は、60歳のタクシー運転手ケンプトン・バントン(ジム・ブロードベント)。孤独な高齢者が、TVに社会との繋がりを求めていた時代。彼らの生活を少しでも楽にしようと、盗んだ絵画の身代金で公共放送(BBC)の受信料を肩代わりしようと企てたのだ。しかし、事件にはもう一つの隠された真相が・・・。当時、イギリス中の人々を感動の渦に巻き込んだケンプトン・バントンの“優しい嘘”とは−!?(公式HPより)


1961年に実際に起こったゴヤの名画盗難事件の知られざる真相を描いたドラマで、名画で世界を救おうとした男が、人々に優しく寄り添う姿が描かれます。監督は2021年9月に亡くなったロジャー・ミッシェルでこれが長編映画の遺作となりました。

ケンプトンは長年連れ添った妻ドロシー(ヘレン・ミレン)とやさしい息子ジャッキー(フィオン・ホワイトヘッド)と小さなアパートで年金暮らしをする老人です。戯曲を書くのが趣味のケンプトンは原稿をBBCに送付します。帰宅すると公共放送(BBC)の役人が受信料徴収にやってきます。当時、受信料を払わなければBBCを見られませんでした。(それってどこぞの国の現状と似ているような)彼はTVのコイルを抜いてBBCを見られないようにしているからと支払いを拒否して、刑務所に入れられます。お金も仕事もない高齢者にとって唯一の慰めであるテレビを受信料を払わなければ見られないことに憤る彼の信条からの抗議行動でした。

議員宅で家政婦として働いて家計を支える妻のドロシーは、そんな夫の行動が理解できません。義務は果たすべきという考えの所謂真っ当な市民なんですね。息子のジャッキーは父親の考え方に賛同を示し、両親の仲立ちをしていました。

出所したケンプトンは13年前に18歳で事故死したマリアンの墓を訪れます。彼が買い与えた自転車での事故で、ドロシーは悲しみのあまり墓参もせず、娘の死から目をそらしていて、夫婦の間でマリアンの話は避けられていました。娘の死の原因を作ったと自分を責めるケンプトンは悲劇の戯曲ばかり書いていました。

当時世間で話題になっていたのは政府とロンドン・ナショナル・ギャラリーが14万ポンドで落札したゴヤの名画『ウェリントン公爵』の肖像画です。ケンプトンは絵に税金を使うくらいなら年金老人や社会弱者の公共放送代金を無料にすべきだと怒り、息子も賛同します。

ケンプトンはタクシー運転手の仕事を得ますが、お喋りが過ぎる彼は乗客のクレームでクビになります。街頭で「テレビ受信料無料化」の嘆願書 を募ったことを知ったドロシーは怒ります。ケンプトンは「これが最後で二度と受信料の件で騒ぎを起こさない 」と頼み込んでロンドンに出かけます。戯曲の感想を聞こうとBBCを訪れますが門前払いされ、議会場で受信料無料化を訴えても取り合ってもらえず放り出されます。近くにはロンドン・ナショナル・ギャラリーがあり、ゴヤの名画の展示案内がありました。
夜、ギャラリーに梯子をかけて侵入する者の姿が・・翌日、『ウェリントン公爵』の肖像画が盗まれたと発表され、プロの仕業と分析され騒がれます。

ケンプトンとジャッキーは部屋で『ウェリントン公爵』の名画を見ています。二人はドロシーに見つからないよう絵をクローゼットの奥に隠し、絵と引き換えに年金生活者や高齢者の公共放送を無料にする要求を手紙に書いて送ります。
ケンプトンは、パン工場で働き始めます。売り物にならなくなったパンを持ち帰ってドロシーを喜ばせますが、工場長の移民の青年への差別に抗議してクビになります。妻には言えず、買ったパンに傷をつけてもらって持ち帰るケンプトンでした。
BBCからは「悲劇を題材にしたドラマは視聴者が限られる」 と戯曲を断られますが、ドロシーはそれで良かったのよと言います。

ケンプトンが送った手紙は多数のイタズラの手紙に紛れて注目されずにいました。そこで彼は絵画の裏に貼られていた輸送タグを同封してデイリー・ミラー紙(労働者の味方の新聞)に送りつけやっと捜査当局も乗り出します。

家を出てパメラ(シャーロット・スペンサー )という人妻と同棲している長男のケニー(ジャック・バンデイラ )がやってきて、ドロシーは二人をケンプトンの部屋に泊めます。偶然絵を見つけたパメラは絵を売って金を山分けしようと持ち掛けます。困ったケンプトンは絵を返せば罪が軽くなると考えますが、絵を包んでいるところをドロシーに見つかってしまいます。激怒するドロシーに追い出されたケンプトンはギャラリーに絵を持って行って逮捕されました。

彼の弁護を引き受けたジェレミー・ハッチンソン弁護士(マシュー・グッド )は、ケンプトンが私益ではなく貧しい人のために行動を起こしたと知って驚きます。裁判は世間から注目され大勢の傍聴者が集まります。12人の陪審員が選ばれ、裁判長から「ロンドン・ナショナル・ギャラリーから80ポンドの額縁を盗んだか」「14万ドルの『ウェリントン公爵』の絵画を盗んだか」「『ウェリントン公爵』を見に来るギャラリーたちからその権利を奪ったか」との問いかけにいずれも無罪を主張します。

ここからネタバレ



夫への怒りのあまり、裁判を傍聴しようとしない母に、ジャッキーは「実は僕が盗んだんだ」と告白します。うんうん、そうだよね~~ハシゴをかけて侵入するなんて老人にはちょっと難易度高いものな~~。ジャッキーが恋人のアイリーン(エイミー・ケリー)と一緒に造船所?に潜り込むシーンも伏線になっていたのね。
父の考えに傾倒していたジャッキーは、ロンドンに出かけた際、行動を起こして、下宿で額縁から絵を外して持ち帰ったわけです。その際額縁をベッドの下に置き忘れてしまったので絵には額縁がなかったという。ケンプトンは息子を庇っていたのですね。
ジャッキーは母にマリアンの死から目を背けることを止めて父と向き合うよう訴えます。真実を知ったドロシーは、マリアンの墓参りをしてから夫の裁判の傍聴をします。

この裁判では、ケンプトンの飄々として人を食った受け答えにより毎回笑いが起こります。ケンプトンの目的が自分の利益のためではなかったことに驚き裁判の行方を見守る傍聴者の前で、検察側はなぜそんなことをしたのかと問い詰めます。するとケンプトンは14歳の時に海で流された話を引用して「私は1個のレンガであまり役に立たないが、多く集まれば世界が変わる」と言いました。ハッチンソン弁護士は芝刈り機に例えて「ケンプトンは絵を借りるつもりだったから盗人ではない」と主張します。

12人の陪審員は「額縁窃盗」については「有罪」、それ以外は全て無罪の評決を下します。3カ月の服役の後出所した彼をドロシーが迎えにきます。(額縁は結局発見されなかったそうです)

本作は軽妙な夫婦の会話劇も見所で、例えば「絵の代金を払ったのは我々納税者だ」という夫に「いつ納税者になったの?」と突っ込んだり、服役中に時間を無駄にせずに戯曲を2つ書いたと報告する夫に「シェイクスピアもたじたじね」と答えたり。

4年後、良心の呵責に耐えかねたジャッキーがアイリーンに付き添われて自首をしますが、当局は「起訴するためには当初の被告人ケンプトンをまた証言台に呼ばなねばならず、そうすると父上は世間をまたまた騒がせることになり、公共の利益に反する」と言って、二人に口止めをしたうえでお咎め無しとします。これ以上面子を潰されたくないと言うわけね。

テレビで放送された映画『007/ドクター・ノオ』にあの名画が登場しているのを見て、ドロシーと大いに盛り上がるケンプトン。そしてエンドロール・・

2000年にイギリスBBC放送では75歳以上の高齢者の受信料は無料になったとのクレジットと共にケンプトンの戯曲は1作品も上演されていないと。これもオチではありますね。

ケンプトンはやや独りよがりの気はあるけれど、確かに優しさと正義感を持った人物であり、そのお喋りは機知とウィットに富んでいます。初めはうざいほどだったけれど、裁判での彼の話術はとても魅力的でした。

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スペンサー ダイアナの決意

2022年10月14日 | 映画(劇場鑑賞・新作、試写会)
2022年10月14日公開 ドイツ=イギリス 117分 G

 1991年、クリスマス。英国ロイヤルファミリーの人々は、いつものようにエリザベス女王の私邸サンドリンガム・ハウスに集まったが、例年とは全く違う空気が流れていた。ダイアナ妃(クリステン・スチュワート)とチャールズ皇太子(ジャック・ファーシング)の仲が冷え切り、不倫や離婚の噂が飛び交う中、世界中がプリンセスの動向に注目していたのだ。ダイアナにとって、二人の息子たちと過ごすひと時だけが、本来の自分らしくいられる時間だった。息がつまるような王室のしきたりと、スキャンダルを避けるための厳しい監視体制の中、身も心も追い詰められてゆくダイアナは、幸せな子供時代を過ごした故郷でもあるこの地で、人生を劇的に変える一大決心をする     。(公式HPより)

ダイアナがその後の人生を変える決断をしたといわれる、1991年のクリスマス休暇を描いた作品です。・・・ってちゃんと内容を知っていたら鑑賞予定から外していたかも😥 下世話な好奇心と王族の衣装や屋敷の調度目当てで選んだのが失敗の元でした。

ダイアナ元妃は、1961年に名門貴族スペンサー家の令嬢として誕生しました。20歳でチャールズ皇太子と結婚、二人の王子を産み、世界は〈ダイアナ・フィーバー〉に沸きますが、夫の裏切りに傷つき、また執拗なパパラッチや慣れない王室の作法から来るストレスに苦しみ摂食障害を患います。映画はダイアナ妃が最も悩んでいた時期の彼女の内面を描いています。

冒頭、道路に横たわる鳥は「飛べない鳥=王室という鳥かごの中で自由を奪われたダイアナ」を示唆しているようです。
サンドリンガム邸への道に迷った彼女はダイナーで道を尋ね、店にいた人たちを驚かせます。それでも迷っているところをロイヤルヘッドシェフのダレン(ショーン・ハリス)が通りかかり、やっとそこが実家の近くだと気付いた彼女は、風景の中に佇むカカシを見つけて駆け寄り、そのカカシが着ていた父ジョン・スペンサーの服を剝ぎ取って持ち去ります。邸に着くとグレゴリー少佐(ティモシー・スポール)が既に皆が揃って待っていることを告げます。

息子を抱きしめ、衣装係の気心の知れたマギー(サリー・ホーキンス)に励まされるダイアナですが、王室メンバーが一堂に会したディナーは彼女にとって針の筵で、精神的苦痛から中座してトイレで吐いてしまいます。愛人の存在は見て見ぬふりがマナーとされている王室の感覚は、ダイアナにとって受け入れ難いものでした。
夜、食糧庫でケーキを貪るように口に入れているところをグレゴリーに見つかったダイアナは平静を装いやり過ごします。
隣接する実家に行こうとしたダイアナでしたが、警備兵に見つかり断念。部屋に戻った彼女は息子たちを起こしてゲームをします。3人だけの楽しい時間は束の間のオアシスです。

不安定な精神状態を表すかのように、夫から贈られた大きな真珠のネックレス(愛人のカミラに贈ったものと同じ品)を引きちぎり、スープに入ったそれを貪るように噛み砕き呑み込むシーンや、腕をペンチで傷つけたり、階段から転落するシーンなど、彼女の想像の中、頭の中の出来事が挿入されていました。

部屋に置かれていたアン・ブーリンの本(監視役のグレゴリーがわざと置いたものでした)を読んだダイアナは、王が愛人を后にしたくて無実の罪で処刑された悲劇の王妃に自分を重ねていきます。アン・ブーリンについては『ブーリン家の姉妹』という映画も作られていましたね。

ダイアナは、父のジャケットを部屋に持ち込み語り掛けます。それは自由に生きられた少女時代の思い出の象徴でもあり、気持ちを吐露するアイテムにもなっていました。王室の伝統行事のキジ撃ちの最中、彼女はそのジャケットを羽織って息子たちを「連れ戻し」ます。それはまさに彼女が意志を貫いた瞬間でもあります。

彼女に影響を与えた人物としてマギーの存在がありました。マギーは「ダイアナを愛する人たち」全てを代表する架空の存在として登場しています。ダイアナはマギーに自分の苦悩を打ち明け、マギーから自分への好意を打ち明けられます。ビーチではしゃぐダイアナに笑顔が戻っているのが次のシーン(猟場)での彼女の決意に繋がっていました。

息子たちを連れてロンドンに戻ったダイアナは、川べりのベンチに座ってケンタッキーフライドチキンを一緒に食べます。窮屈な王室と決別し、自由を手にする決意をしたことを示すラストシーンでした。

離婚後、ダイアナは再び輝きを取り戻して慈善活動に身を捧げますが、1997年、当時の恋人と共に悲劇的な事故に遭い亡くなりました。享年36歳でした。

王室メンバーもダイアナを敵視していたわけではなく、彼らなりに気を遣い案じているように描かれていました。(グレゴリーでさえ、ダイアナを案じている様子が窺えます。)でもその感覚はあまりにも昔風で、現代女性が受け入れられるものではなかったのだと思います。ダイアナは貴族の出ですが、感覚は庶民と近かったのも悲劇の要因だったのかも。

映画では、CHANELが衣装を制作しています。劇中、黒のドレスをマギーに止められますが、夫が嫌いな黒を着ることは彼へのあてつけでもありました。(ダイアナの好きな色でもあるようで、そもそも好みからして合わない夫婦だったということでしょうか)
劇中奏でられる不協和音の混じったクラッシック音楽も、 彼女の精神的な不安定さを効果的に伝えることに一役買っていました。

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