太田愛(著) 角川文庫
(上巻)
白昼の駅前広場で4人が刺殺される通り魔事件が発生。犯人は逮捕されたが、ただひとり助かった青年・修司は搬送先の病院で奇妙な男から「逃げろ。あと10日生き延びれば助かる」と警告される。その直後、謎の暗殺者に襲撃される修司。なぜ自分は10日以内に殺されなければならないのか。はみだし刑事・相馬によって命を救われた修司は、相馬の友人で博覧強記の男・鑓水と3人で、暗殺者に追われながら事件の真相を追う。
(下巻)
修司と相馬、鑓水の3人は通り魔事件の裏に、巨大企業・タイタスと与党の重鎮政治家の存在を掴む。そこに浮かび上がる乳幼児の奇病。暗殺者の手が迫る中、3人は幾重にも絡んだ謎を解き、ついに事件の核心を握る人物「佐々木邦夫」にたどり着く。乳幼児たちの人生を破壊し、通り魔事件を起こした真の犯罪者は誰なのか。佐々木邦夫が企てた周到な犯罪と、その驚くべき目的を知った時、3人は一発逆転の賭けに打って出る。
(「BOOK」データベースより)
文庫本の表紙が上下巻で完成する構図になっています。
テレビドラマ『相棒』の脚本を担当する作者の小説デヴュー作ということですが、最初に「幻夏」そして「天上の葦」を読んで本作が最後になってしまいましたが相馬・鑓水・修司シリーズの最初のお話で、朴訥でクソ真面目な相馬と軽薄なようで実は繊細な鑓水のコンビに冷静に突っ込む修司が出会うきっかけとなった事件です。
繁藤修司がクラブで声をかけられた亜蓮と深大寺駅前広場で待ち合わせをする場面から始まる物語は、フルフェイスのヘルメットを被った黒ずくめの男の突然の凶行で一気に事件の幕開けとなります。その場にいた4人が死亡し、続いて襲い掛かられた修司はからくも命拾いをします。
通り魔事件の犯人が確保されますが、既にドラッグが原因で発見時には既に死亡していました。警察はこの男が犯人だと決めつけますが、所轄の刑事・相馬亮介は事件に不可解な点を感じ取りますが、組織から爪弾きにされている彼の意見に耳を貸す者はなく、捜査から外されてしまいます。
唯一の生き残りの修司に事情を聞いた相馬は、修司から犯人はクスリをやってなどいなかったと聞きます。病院を出ようとする修司にフレームレスの眼鏡をかけた男が現れ、「十日、生き延びれば助かる。生き延びてくれ。君が最後の一人なんだ」と謎の言葉を残して消えます。何故自分の顔を知っているのか訝しく思いながら自宅に戻った修司は、またしても襲われ殺されそうになったところを、相馬が間一髪駆け付けて助かります。通り魔事件の犯人は別にいて、殺しのプロだと気付き、相馬は修司を古い友人の鑓水の家に連れて行き匿ってもらうことにします。 3人の初顔合わせがここで済んだわけね。
修司は亜蓮を探し出し、呼び出したのは彼女ではなく、事件には無関係だと知ります。この事件が通り魔ではなく計画された犯行だと考えた3人は、被害者の共通点を探し、5人が真崎工業という産廃業者がマンション建設現場に不法投棄しているところを偶然目撃していたことを突き止めます。また、修司に生き延びるよう声を掛けてきた男性がタイタスフーズの人間であることを知った3人は、タイタスフーズの廃棄物を目撃した5人を口封じのため通り魔を装って殺害しようとしたと考えます。
この廃棄物はタイタスフーズがサンプルとして配ったベビーフードで、その中に混入していたバチルスf15菌によりメルトフェイス症候群という恐ろしい病気が引き起こされました。タイタスフーズの富山は政治家の磯辺とずぶずぶの関係にあり、食品の認可が異例のスピードで下りていました。
病気の原因がこのサンプルにあると気付いた営業課長の中迫は、取締役の森村と宮島に公表を進言しますが逆にサンプルの廃棄を命じられていました。危機感を募らせた森村たちは磯辺に連絡し、私設秘書の服部と滝川という男がやってきます。この滝川が殺し屋なんですね。
サンプルの廃棄業者が、同じ病の子を持つ真崎だったことが事件の発端となります。真崎はある目的をもって中迫に協力を持ち掛け計画を実行しようとするのですが、滝川によって無残な死を迎えることになります。
通り魔事件の裏にあるタイタスフードの隠滅工作を暴き、被害患児たちを救おうと相馬たちは巨大企業と政治家を相手に闘いを挑んでいきます。
二転三転するスピード感溢れる展開に引き込まれていく怒涛の展開です。
主役?の3人だけでなく、登場人物それぞれの人間性が伝わるエピソードもしっかり作り込まれているのが凄い!4人の被害者それぞれの家族にまでしっかり目が届いていました。
メディア側の良心ともいえる鳥ちゃんこと鳥山カメラマンの人間性にも打たれました。逆に小田嶋ディレクターのような功名心と虚栄心の塊のようなキャラもいかにもという感じです。
特に強い印象を残したのは山科早季子という患児の母です。あえて実名でドキュメンタリーに協力し、世間の心無いバッシングに転居を余儀なくされるなどの苦労を重ねても決してくじけず前を向く強さに圧倒されます。彼女が先頭に立つことで多くの病児とその家族が結束し国と企業を相手に裁判を起こすまでに至るのですが、その過程にも壮絶な覚悟があったことでしょう。
磯辺については、「天上の葦」でも感じましたが、彼なりの正義というか政治家としての信念が窺えます。事件が明るみに出た時の身の処し方も潔いというか機に応じたというか・・さすが老練政治家の面目躍如です。とはいえ時代劇のように勧善懲悪とはいかないのが消化不良ではありますが。
服部については全く共感できる部分が無いのだけれど、滝川の揺らぎを感じると彼も人なんだと妙に安心したというか。
事件の真相を世間に訴えるためにメディアを使う手法はいかにも現代的ですが、その結果は必ずしも全てうまくいったわけではありません。局を辞めた鳥山が撮ったドキュメンタリー『新盆』の中で語る殺された4人の被害者の遺族の思いも様々です。3人がフーズからもぎとった5億の金は無事山科の手に渡りますが、それすら世間はバッシングの対象にしてしまいます。彼女は会見を開いてその使途と目的を正しく伝えようとします。(拾得物扱いの金は税金を差し引かれ124人で分配したら300万にしかならないこと。患児は一生にわたり治療が必要なこと。そのためには裁判に勝って国の保障を得ることが何より必要なことなど・・・。)
患児とその家族に好奇の目を向け、疎外・差別し、彼らにお金が入ることを単純に嫉妬する世間の狭小さ、醜さを小説はまざまざと思い起こさせてくれます。それでも世間の認知を受けることでっていくっていくことを彼女は選んだのですね。出番は少ないのですが何だか4人目の主人公の感がしてきました。