朝焼けを見るために

神様からの贈り物。一瞬の時。

手を握る、ただそれだけ

2010-06-25 21:20:29 | 徒然に
「Sさん」
名前をよんで、顔を近づけて、両手でただ手を握っている。
看護学生の研修、私の娘のような年のかわいらしい看護の卵たち。
Sさんの手を変わるがわる握りながら、名前だけを呼ぶ。
どうしていいのかわからないかのように。笑顔だけを絶やすことなく。
それがその子たちの勉強であり、看護の一番の心なのだろう。忘れないでいてほしい。



奥様と下の娘さん(中学生の息子さんと小学生の女の子のまま)が、その日は病室にいた。
先日、顔を見に寄らせてもらったときには、薬の加減だろうか?眠ったままだったのでそっとそのまま帰ってきた。
Sさんの手をいつものように握って。
私が「じいじぃ」とよぶその人は、まるで家族のように私たちの家族の中に時折いた。
私の娘たちの心配をし、共に喜んでは、また自分の孫のようにしかり、私たち夫婦の喧嘩の仲裁をし、冗談を言い、亭主の仲間と一緒に麻雀を打ち、楽しく笑った。


今、ベットに横たわるその姿、日々と遠いところへと運ばれていくよう。
何本もの点滴の管につながれ、酸素の管、尿管カテーテル。

「どこのばあさんだ!」
確かに少し力のない声で、しかしはっきりといつもの口調で私をからかう。
握る手には、しっかりとした力があり、その日の意識の確かさを確認する。
「じいじぃ、本当に失礼ね!まぁ、あんな可愛くて若い子の次じゃ、ばあさんには違いないわね。」
奥様と娘さんと共に笑う。元気なころのように、同じ冗談を同じように。
しっかりと手を握りながら。
奥様の疲れた目、娘さんの戸惑を含む笑い。
それでも、病室に少しの笑いが戻る。





Sさんの手をにぎりながら、ここにきて何回手をにぎったのだろうかとおもいだそうとした。
いや、もういいか。
今、にぎりかえされたその手のぬくもりと強さが、今のSさんのすべてなのだから。
言葉はいらないね。

「旦那によろしくな。」



明日は、久しぶりに帰ってこようかと言っている娘。
「どっちでもいいけど、帰ってくるならば日曜日Sさんのところへ顔をだしに行ってね。」
間髪いれずにもどった返信
「帰る!!」


看護婦さんのたまごちゃん達、手を握ってあげること、絶対に忘れないでね。





「どうした?逢いにいく?」
夕方久しぶりによった彼女。
「ん、わからない」

そうなんだよね、でもね、互いの後悔はやめようね。

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