「あっ、」
乱れた呼吸の整ったころ、ベッドの上にゆっくりと起き上がった彼女が、自分の顔が写りこんだ鏡を見て小さく声を上げた。
「何?」
彼女を後ろから抱きながら、鏡の中に二人の顔が並ぶように彼女の肩ごしに鏡をのぞきこんだ。
「私・・・、私の顔・・・」
自分の顔を見ながら、何かを言いかけた。
「さっきよりすごく綺麗だ。色っぽい顔になった。」
彼女の耳元でそっとつぶやき、彼女のその細い首筋に唇を這わ . . . 本文を読む
「大きなピアスだね。」
そう、私の肩をマッサージしてくれながら夫が言う。今まで、そんなふうに言ったことはなかった。
「ずいぶん前に買ったのよ。子供が買う通販の、いくらだったかしら、300円くらいかな。」
ふっつと、少し楽しそうに夫が笑う。丁寧にカチカチになった肩をほぐしてくれる。
なのに、触れられるたびに私の体は緊張感を増し、さらに固くなっていく。それを悟られないように、
「ありがとう。楽になった . . . 本文を読む
まだ陽が残り、いつもは見えないとなりのビルに壁に斜めに映し出される、屋上の柵のシルエット。ゆるく時間が流れ、止まる。細長く奥に伸びるカウンター、バックバーに並ぶ無数のボトル。
「私が死んだらね、アメリカ映画のようにここで . . . 本文を読む
『自分の影だけを見つめて生きる。
季節の移ろいが分からなくなる。
感情の動きが止まり、
精神の繊細さもなくなる。
直線的に考えるようになる。』
立原正秋の随筆集を読んでいた。ゆっくりと風呂につかりながら。最後の章を読み終えて、あとがきを読み始めた。
立原正秋の溺愛した娘、潮の文章。月日が経ち、父の死を受け入れ、それでもなおその歳月を想う。
洗練され、愛され、慈しみ、すべての生活が父と娘の . . . 本文を読む
「どうして溜まっていくの?」
久しぶりの電話は、いつもと変わらない軽やかな声だった。
なのに、何かをぶつけてくるようなそんな響きを含んでいた。
小さな祈り~P.S.アイラヴユー / 徳永英明
「なぜなのかわからないけれど、どんどんたまっていくのよ。寂しさと悲しさが。不満のある生活じゃないわ。前にも言ったけど。どちらかと言うと幸せなのよ。ほんの少しだけ、人から羨ましいと思われる生活が出来て . . . 本文を読む
どこにいても、何をしていても、満たされないというのか寂しさを感じる。
上田正樹/悲しい日々
小さなころから人といるのが苦手だった。
友達と遊ぶことなんて、本当に苦手だった。
それでも、友達とお宮にいったりお宅に遊びにいったり、
遊ぶ努力は随分としたと思う。
でも、やっぱり一人で本を読んでいるほうが好きだった。
弟達は外を駆けずり回っていたが。。。
大人の中で育ち、商売のある忙しい家庭のなかで . . . 本文を読む
Diana Krall - White Christmas
『他人には嘘をつかないのに、どうして自分に嘘をつき続けるの?』
随分と時を隔てて、偶然に逢った人。その夜酔いも程よく回り、カラオケの雑踏の中、手相の話しに。
手を左親指を上に組み、腕は右が上。手の平を見たとたん、
「こんなワガママに人みたことない。こんなウソツキみたことがない。」
そうその人は叫んだ。そう、叫んだ。
苦笑いしかでてこな . . . 本文を読む
捲くられた袖、リネンのシャツのライムの色が鮮やかに目に入る。そこから伸びる腕は思ったよりもたくましく見えた。スポットライトのあたった光る鍵盤の上を、その繊細な10本の指が軽やかに踊る。
薄暗いフロアー。スポットの当たるピアノが、そこだけは神がおりてくる聖域だと主張している。
入り乱れ踊り刳る舞台の上の踊り子のように、そのやや男性としては細い、しかし意外に骨ばった指は天から降りてきた神と一体化しと . . . 本文を読む
この橋を渡って、次の信号を左に折れる。次の信号をまた左に。窓の灯はない、真夜中と早朝の間のような時間。すれ違うライトは、配送のトラックか、荷台に膨大な数の新聞を積み上げているバイクのみ。
先日一人で訪れた、新進気鋭の美人日本画家展。繁華街を少し外れた私のお気に入りの私設の小さな美術館。こだわりの作品を展示する。二階が展示スペースである美術館になっている。階段をあがりながら、少しずつ緊張感を自分の . . . 本文を読む
繁華街からはずれた、この小さな私設の美術館は、私のお気に入りの場所。
相変わらず、区切りのないフロアーは空調の音が響いている。
皮の年期の入ったソファーは、今回は壁につけてある。ガラスの中の絵を覗き込みなら、私はガラスに映りこむ自分の目を見つめていた。
あなたを誘わなくてよかった。地元出身の新進気鋭の美人日本画家の展示会。ポスターに刷り込まれている絵は、美しくもありグロテスクでもあった。いつ . . . 本文を読む
ステージから会場に、オレンジのライトが走る。そのライトの光にあふれそうな涙が光る。指を組んだ手が唇の振るえを抑えるえように。
今頃あのナンバーを聴いているのだろう。流水子のあの日の涙が鮮明に思い出される。
「今年も一緒にあの歌を聴くことはできないようですね。」
短い携帯からのメールが、立ち上げたパソコンの受信フォルダーに残っている。あの日からまた長い時間が流れている。共に歩くことを許されなかった二 . . . 本文を読む
受験という次の目標?がなかったら、完璧な登校拒否に近い下の娘です。
大会が終り引退、彼女の学園生活のすべてが終わったわけです。
大嫌いなお勉強しか残っていないわけで、お勉強は大嫌いでも進学率99%では進学以外は眼中にない!
それでもやっぱりお勉強はいやなので、なにがなんでもAO入試で狙いたいわけなのである。
よって、何があっても学校が決まるまでは休むわけにはいかない。
まるで幼稚園の子供が登園を嫌 . . . 本文を読む
ざわざわと心が波立つ。こんなときはろくなことが起こらない。なんとなく背筋がゾクゾクするような寒気がするようなそんな心のザワツキ。
鎮めようよ心静かに他のことを思案しようとすると、さらにそのことばかりが頭の中に浮かぶ。
. . . 本文を読む
「もしあの時、あの誘いにのっていたら、きっとあの時限りだった。」
あなたは、私から少し目をそらしゆっくりとはっきりとそう言った。
視線を私に戻しながら静かに笑い、戸惑いの中にその言葉の肯定をしている私の顔をみた。
「あの時限りではなくてよかったって、そう言っているの?」
真意を確かめようとするなんて、ばかなことをしている私がいる。
一回りも下の彼に、大人として上手く接することができないのは、彼がヒ . . . 本文を読む
『いらっしゃいませ。Gの今日がはじまります。』
そう締めくくられる短いブログが、あれから二週間、毎日更新されている。
その日の季候のこと、ほんの少し気がついたこと、贔屓の野球チームの勝ち負け。
さほどに意味のないがなんとなく目を引く一枚の写真とともに、短いコメントが添えられている。
人に薦められて、始めた店のブログだったが、やはり自分には向かない。毎日の更新どころか、時折思い出したようにアップする . . . 本文を読む