宮里松正『三中学徒隊』(三中学徒之会)より、宇土部隊の敗残兵が行った住民虐殺について、宮里氏が触れている部分を紹介したい。具体的な事例は挙げていないが、当時の状況と宮里氏の見解が記されている。
宮里氏は1927(昭和2)年に本部町山川に生まれた。1942(昭和17)年に県立第三中学(現名護高校)に入学し、三中学徒隊として沖縄戦に参加している。のちに弁護士となり、沖縄の施政権返還を前後して、琉球 . . . 本文を読む
朝早くから多野岳に行く。頂上にはホテルがあるのだが人の姿はなく、駐車場にも車は数台しかない。まわりの景色を眺めてから森の中の遊歩道を歩くと、慶良間ツツジが赤い花を咲かせている。平地ではツツジはすでに散っているのだが、半袖では肌寒いくらいだから、ここでは開花が遅いのだろうと思う。ウグイスやホーピル(アカショウビン)の鳴き声がこだまする。春から若夏に変わりつつあるのを鳥の声が示す。
新緑から深い緑 . . . 本文を読む