堕ちた天使より 転載です。
◆WEDGE2011年9月号より
貿易自由化すれば、日本のコメの9割が壊滅的な打撃を受けるという農水省。
だが、地理的条件や使う農機の違いから、米国の農家が日本品種を生産する動機は大きくない。
一方、国内では、農機メーカーの変化も追い風となり、低コスト化農業に取り組む経営者が育ち始めている。
我が国の環太平洋経済連携協定(TPP)参加が話題になった昨年10月、農林水産省は「国産米のほとんどが外国産米に置き換わり、新潟コシヒカリ・有機米といったこだわり米等の差別化可能な米(生産量の約10%)のみが残る」との試算を発表した。自由化すれば日本のコメ農業は9割が壊滅的打撃を受けると言うのである。その試算は根拠がいい加減で、国民にコメ農業の弱さを印象付けるためだとしか思えない。
米国農家は日本品種を作らない
農水省の試算では、国産米(247円/キロ)と外国産米(57円/キロ)との内外価格差を4倍強であると言い、その品質格差も「今後の品種転換等により解消可能」だとしている。さらに「米国では、輸出量が現在約400万トンあり、これにアジア諸国等の輸出量を含めると我が国の生産量を上回る水準」になり、したがって前記のとおりコメは9割が外国産に置き換わると言うのだ。
だが、農水省が対比する57円/キロのコメとは、1993年のコメ不足時に輸入して不評を買った長粒種の価格である。また、カリフォルニア米(中粒種)が190円/キロで、米国のコメ輸出量は400万トンだというが、米国のコメ総生産量約1000万トンの70%は長粒種であり、短・中粒種は30%しかなく、総輸出量のうち短・中粒種を合わせても80万トンに過ぎない。消費者が長粒種で我慢しない限り、TPP参加国には日本の9割を供給するコメなど存在しないのだ。
筆者は2007年、7人のカリフォルニアの稲作経営者を招き『農業経営者』読者と“「国境の壁」崩壊後の稲作経営”と題したシンポジウムを行った。カリフォルニアの農家たちも当初は日本品種の生産に意欲を燃やしていたが、結局は止めてしまった。収量が安定せず市場も小さい日本品種を作る経営的魅力が小さいからだ。
さらに肝心なことがある。収穫に使うコンバインの違いである。米国では麦や大豆、トウモロコシなどにも使う普通型コンバインでコメを収穫する。日本の農業機械メーカーのものと違い、刈り幅は大きなもので10メートル以上、馬力も大きく、刈取部を替えるだけでさまざまな作物を収穫することができる汎用性の高い機械である。
一方、日本で使われている自脱型コンバインと呼ばれる機械は、稲穂の部分だけを脱穀部に供給するタイプで、能率では普通型コンバインには及ばない。だが、良食味米生産の条件である高水分条件(20~28%程度)で日本品種を収穫しても、収穫ロスは1%未満である。長粒種や中粒種は麦と同様に稲穂から籾が離れやすいが、日本品種は稲穂から籾が離れにくい。そんな日本品種を米国の農家が使う普通型コンバインで食味を重視した高水分条件で収穫すれば、40~50%のロスが出てしまうのである。そもそも大規模経営の米国の稲作農家は作業能率の低い自脱型コンバインを使わないし、それを購入するとは考えられない。また、彼らは収穫ロスを減らすべく、籾水分が16~17%になるまで乾燥させてから収穫するため、日本人が好む食味のコメにはならない。
こう考えると、米国の農家が日本品種の生産を増やすとは考えにくい。
日本の農機メーカーにも変化が
その一方で、日本国内では、規模の拡大だけでなく、より低コスト生産が実現できる条件が整ってきている。
クボタやヤンマーなどの日本の農業機械メーカーは中国で1年間の使用時間を2000時間程度に想定したコンバインを現地生産している。一方、日本国内で販売されるコンバインの年間の想定使用時間は200時間程度である。この背景には、我が国の農機メーカーがこれまで、産業機械というより兼業を続けるための機械化要求に応え、やがては趣味化したコメ農家に向けたいわば民生機械ともいうべき稲作機械を供給するのが仕事だったことに起因している。国内のユーザーのほとんどは兼業で小規模なコメ生産者であり、彼らの使用時間は多くても年間数十時間程度だからである。
だが、流れが変わり始めた。クボタは年間700時間まで特別なメンテナンスを必要としないコンバインの販売を昨年から開始。数年後には中国等と同じ年間2000時間の耐久性を持ち、日本の農業経営者のニーズを満たしたアジア共通仕様のものを発売すると発表している。
国内の農家に追い風が吹く中、すでに低コスト化農業に取り組む「農業経営者」も出始めている。筆者らが主催した農業・農村を核としたビジネスモデルコンテスト「A-1グランプリ2011」で農業経営者賞を受賞した成田康平さん(36歳・ナリミツ農園・青森県藤崎町)は、カリフォルニア米に対して競争力の持てる「1俵(60キロ)7000円で利益を出す米づくり」というテーマで発表を行った。乾田直播という代掻きや田植えをしない稲作技術と規模の拡大、土の力を活かした増収などにより、1俵7000円どころかそれ以下のコストで米生産が可能になると言うのだ。規模の拡大以上に土作りすることによって増収というコストダウンが果たせると言う。しかも肥料や農薬の使用量も一般農家よりはるかに少ない。成田さんは現在35ヘクタールの経営だが、離農が進み100
ヘクタール規模の生産は数年で可能になると言う。
日本のコメ農家は、「高品質」という競争力を持っている。それは品種だけでなく良食味生産に適した風土や機械化に伴う適正な土作りや栽培管理によって実現しているのだ。加えて、農機メーカーの変革も農業経営者にとっては大きな力となるだろう。つまり自由化しても日本のコメは外国産に負けないということだ。
◆WEDGE2011年9月号より
貿易自由化すれば、日本のコメの9割が壊滅的な打撃を受けるという農水省。
だが、地理的条件や使う農機の違いから、米国の農家が日本品種を生産する動機は大きくない。
一方、国内では、農機メーカーの変化も追い風となり、低コスト化農業に取り組む経営者が育ち始めている。
我が国の環太平洋経済連携協定(TPP)参加が話題になった昨年10月、農林水産省は「国産米のほとんどが外国産米に置き換わり、新潟コシヒカリ・有機米といったこだわり米等の差別化可能な米(生産量の約10%)のみが残る」との試算を発表した。自由化すれば日本のコメ農業は9割が壊滅的打撃を受けると言うのである。その試算は根拠がいい加減で、国民にコメ農業の弱さを印象付けるためだとしか思えない。
米国農家は日本品種を作らない
農水省の試算では、国産米(247円/キロ)と外国産米(57円/キロ)との内外価格差を4倍強であると言い、その品質格差も「今後の品種転換等により解消可能」だとしている。さらに「米国では、輸出量が現在約400万トンあり、これにアジア諸国等の輸出量を含めると我が国の生産量を上回る水準」になり、したがって前記のとおりコメは9割が外国産に置き換わると言うのだ。
だが、農水省が対比する57円/キロのコメとは、1993年のコメ不足時に輸入して不評を買った長粒種の価格である。また、カリフォルニア米(中粒種)が190円/キロで、米国のコメ輸出量は400万トンだというが、米国のコメ総生産量約1000万トンの70%は長粒種であり、短・中粒種は30%しかなく、総輸出量のうち短・中粒種を合わせても80万トンに過ぎない。消費者が長粒種で我慢しない限り、TPP参加国には日本の9割を供給するコメなど存在しないのだ。
筆者は2007年、7人のカリフォルニアの稲作経営者を招き『農業経営者』読者と“「国境の壁」崩壊後の稲作経営”と題したシンポジウムを行った。カリフォルニアの農家たちも当初は日本品種の生産に意欲を燃やしていたが、結局は止めてしまった。収量が安定せず市場も小さい日本品種を作る経営的魅力が小さいからだ。
さらに肝心なことがある。収穫に使うコンバインの違いである。米国では麦や大豆、トウモロコシなどにも使う普通型コンバインでコメを収穫する。日本の農業機械メーカーのものと違い、刈り幅は大きなもので10メートル以上、馬力も大きく、刈取部を替えるだけでさまざまな作物を収穫することができる汎用性の高い機械である。
一方、日本で使われている自脱型コンバインと呼ばれる機械は、稲穂の部分だけを脱穀部に供給するタイプで、能率では普通型コンバインには及ばない。だが、良食味米生産の条件である高水分条件(20~28%程度)で日本品種を収穫しても、収穫ロスは1%未満である。長粒種や中粒種は麦と同様に稲穂から籾が離れやすいが、日本品種は稲穂から籾が離れにくい。そんな日本品種を米国の農家が使う普通型コンバインで食味を重視した高水分条件で収穫すれば、40~50%のロスが出てしまうのである。そもそも大規模経営の米国の稲作農家は作業能率の低い自脱型コンバインを使わないし、それを購入するとは考えられない。また、彼らは収穫ロスを減らすべく、籾水分が16~17%になるまで乾燥させてから収穫するため、日本人が好む食味のコメにはならない。
こう考えると、米国の農家が日本品種の生産を増やすとは考えにくい。
日本の農機メーカーにも変化が
その一方で、日本国内では、規模の拡大だけでなく、より低コスト生産が実現できる条件が整ってきている。
クボタやヤンマーなどの日本の農業機械メーカーは中国で1年間の使用時間を2000時間程度に想定したコンバインを現地生産している。一方、日本国内で販売されるコンバインの年間の想定使用時間は200時間程度である。この背景には、我が国の農機メーカーがこれまで、産業機械というより兼業を続けるための機械化要求に応え、やがては趣味化したコメ農家に向けたいわば民生機械ともいうべき稲作機械を供給するのが仕事だったことに起因している。国内のユーザーのほとんどは兼業で小規模なコメ生産者であり、彼らの使用時間は多くても年間数十時間程度だからである。
だが、流れが変わり始めた。クボタは年間700時間まで特別なメンテナンスを必要としないコンバインの販売を昨年から開始。数年後には中国等と同じ年間2000時間の耐久性を持ち、日本の農業経営者のニーズを満たしたアジア共通仕様のものを発売すると発表している。
国内の農家に追い風が吹く中、すでに低コスト化農業に取り組む「農業経営者」も出始めている。筆者らが主催した農業・農村を核としたビジネスモデルコンテスト「A-1グランプリ2011」で農業経営者賞を受賞した成田康平さん(36歳・ナリミツ農園・青森県藤崎町)は、カリフォルニア米に対して競争力の持てる「1俵(60キロ)7000円で利益を出す米づくり」というテーマで発表を行った。乾田直播という代掻きや田植えをしない稲作技術と規模の拡大、土の力を活かした増収などにより、1俵7000円どころかそれ以下のコストで米生産が可能になると言うのだ。規模の拡大以上に土作りすることによって増収というコストダウンが果たせると言う。しかも肥料や農薬の使用量も一般農家よりはるかに少ない。成田さんは現在35ヘクタールの経営だが、離農が進み100
ヘクタール規模の生産は数年で可能になると言う。
日本のコメ農家は、「高品質」という競争力を持っている。それは品種だけでなく良食味生産に適した風土や機械化に伴う適正な土作りや栽培管理によって実現しているのだ。加えて、農機メーカーの変革も農業経営者にとっては大きな力となるだろう。つまり自由化しても日本のコメは外国産に負けないということだ。