咲とその夫

 思いもよらず認知症になった「咲」の介護、その合間にグラウンド・ゴルフを。
 週末にはちょこっと競馬も。
 

剣客商売の一遍・・・鷲鼻の武士

2013-11-20 22:05:00 | レビュー
 「張り出した額の下に埋めこまれたような両眼が炯々(けいけい)としており、鼻が高々とそびえ、その先が尖(とが)って曲がっている。つまり、鷲のくちばしのように見えるので、こうした形の鼻を鷲鼻(わしばな)などと人はいう」

 その武士は、りっぱな身なりをしており、たくましい体格のもちぬしとある。

 朝から、秋の終わりの冷たい雨が降っている。
 その合間に日差しもみられ、猫の目のようにクルクルと変わる天気。
 前日には、大きな雷が何度も鳴り、冬の到来を知らせていた。
 市内のどこかで、初雪もみられたらしい。

 と、そのような寒い日、またしても読書三昧の終日。
 先日、買いこんでいた「剣客商売[い17-6]」(池波正太郎著)を読んでいる。

 冒頭に記している鷲鼻の武士が、二人の浪人を伴って道場破りに現れた。
 そこは、秋山小兵衛もよく知っている渡部甚之介が、代稽古をしているわらぶきの小さな一刀流の道場である。

 時折り、小兵衛宅に将棋を指しに来る甚之介。
 この日は、珍しく“鱸(すずき)”を二尾も下げてやって来た。
 ところが、甚之介の様子がおかしいと小兵衛が直感。

 「こいつ。今日は、死神を背負(しょ)って来た・・・」

 と、小兵衛の心の中が、書き込まれている。

 当方、読んでいるうちにどういう意味なのか、甚之介は何のためにやって来たのか。
 ここらあたりから、今回の物語の中へと引き込まれていく。

 甚之介の生い立ちや両親の死後などが語られる。
 そして、一刀流の道場主・黒田治兵衛との交わりなどが描かれている。
 病気がちの治兵衛に代って、代稽古を務めるようになった・・・甚之介。

 門人を相手に代稽古をしていたところ、件(くだん)の武士と二人の浪人が現れた。
 やむを得ず、二人の浪人と立ち会った甚之介は、この二人を倒した。
 すると、威圧感タップリの鷲鼻の武士は、「にやりと笑い、無言のまま、悠然と立ち去った」と、ある。
 甚之介は、この鷲鼻の武士と試合をすれば、やられるものと思い極めていた。
 案の定というか、後日この武士から果たし状がくる。

 あとで分かるが、甚之介は果し合いの日、小兵衛宅を訪れたのである。
 今生の名残に将棋を一手指しにやって来たものと、読者には読み取れる。

 いつもは、夜を徹して物も食わずに将棋に没頭する甚之介である。
 ところが、この日珍しく三番勝負のみで引き上げると小兵衛に告げた。
 この三番ともに小兵衛が勝ち、もう一番、もう一番と、“三番のみの決め事”を忘れてしまった。
 つまり、果し合いのことをすっかり忘れて、将棋の勝負に没頭したのである。

 この日はなぜ、甚之介が三番勝負なのか、その理由を読者は知ることができない。
 ここらあたりが、とても面白くグイグイ引き込まれるが如く描かれている。
 甚之介が、“果し合いのことをすっかり忘れた”ことは後ほど分かってくる。

 物語も中盤になると鷲鼻の武士の素性も分かり、剣術の腕前の方も徐々に分かる。
 その間、大治郎、弥七、傘徳なども登場。
 そして、小説「剣客商売・鷲鼻の武士」の佳境へと・・・いやー、実に面白い。



 なお、佐々木三冬と小兵衛の息子・大治郎がいつ結ばれるのか。
 この小説がスタートした時からのテーマの一つでもあった。
 今回の「剣客商売[い17-6]」では、二人が夫婦になる事件、経緯(いきさつ)も描かれた章が入っており、一番楽しめる部分でもある。

 秋雨の降りけむる終日、じっくりと池波小説の世界に埋没。
 その小さな、幸せをかみしめつつ・・・。(夫)


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