<画像>:『学友(今尚付き合いのある旧友の一人)UT氏撮影』
昨夜、高校+大学時の友人UT氏から「添付の画像」、Eメールで送られてきた。
以下、旧友からのメール(無断転載にて公開!)
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お元気ですか? 鮎の便りです。
梅雨らしい雨が降り、三篠川もいささかの増水があり、家から徒歩で2分もかけ川にたどり着き鮎釣りに挑戦しました。(家から土手越えすぐです。)
午前中11尾獲れ、すぐに友達を呼び、昼の酒の肴になりましたが、酔いがさめ夕方からの再挑戦で15尾獲れました。
若鮎の姿が納涼に役立てば幸いです。
2006.6.24. T.U
(以上、友人からのメール)
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(以下、本文に戻る)
彼の大邸宅からは、庭と川土手の私道を跨ぎ、徒歩2分間の距離に漁場がある。いわば、彼の敷地内なのである。
今年、解禁と同時に豊漁なる釣果。まして、鮎といえば、我輩大好物の「川魚」。
(関連記事掲載:本年3月「TS亭鮎の漁場三篠川」は、こちらから入れます)
酒の肴に最適である。
まして、こうしてみれば、いかにも美味しそうだ。
そういえば約1週間前、我がご町内のK宅から、
「実家から鮎が送られていたので御裾分けです・・・」
を、頂戴し、まる1日間冷蔵庫で保存した後に食した。もちろん初もの。たいへん美味しかった。しかし思い起こせば、この画像ほどの新鮮さは明らかに失せていた。鮎の育ち加減も、ここまで豊穣なカタチではない。と、回想する。
さて、
本日の添付画像。
これはあくまでも画像での出来事にて、我輩の口に入るものではない。要は、「鮎の美形」を鑑賞するのみ。直接食せないものを見ているだけ?という、精神衛生上きわめて不健康なる状態。これ、鮎の大好きなものにとって、酷といえば惨酷な話である。まして、我輩のみならず、凡そ10人の仲間に「納涼目的」としてEメール添付画像を送った模様。
親切だか不親切だか、皆目理解できず。
何が納涼か?
いかにも滑稽で、思わず噴出しそうである。
UT氏をして、納涼と表現するは、面白い、可笑しい、そして愉快になる。
この時節、納涼というから、いかにもUT氏らしい語彙の使い方である。
十分に未だ、雨季ではないか?(日本では雨季とは云わないか?)
とにかく今、じめじめした梅雨。湿度高く鬱陶しく、時に肌寒い今日この頃。まだ納涼というボキャブラリーは当てはまらないのではないか。かくして「納涼」とは、いかにも彼らしい語彙使用であり、友人に対してEメール送信も、彼好みの行動パターンである。
しかし、限定版である。
この「納涼目的の若鮎」を受け取り不愉快に思う輩殻に対しては、決して発信しない。と、思う。
よいもの美味しいものを自慢し、見せびらかす性癖。我が持ち物を人に見せびらかす性格等々、UT氏本人としての自覚症状は一切無く、まして他人を羨ましがらせて自己満足するような狭量的且つ「小意地の悪さ」は、一片の欠片も持ち合わせていない。
思い起こせば友人UT氏、幼少の頃より貴族なのだ。
貴族的人物の性格は、見方によっては自己中心的とも見えてくるし下種なレベルの人種から想えば、羨ましくも腹立たしくもある。そんなUT氏、一向に変化しない自分の物差しを持ち、すべからく自分の尺度で判断する性格だから、それを斟酌した上で判断すれば、納得。
全て、見えてくる。
〆て、
UT氏の人物像を、文学ジャンル的に喩えれば、例の「白樺派」に思えてくる。文豪で喩えれば「志賀直哉」先生に近い存在の、高潔にして自然観察に秀でる美的な神経の持ち主か。優雅である。
彼の人生感ならびに日々の行動パターンを評するなら、不器用にも器用にも、世の諸事雑多に感知関与しない「空間」に生きている。穏やかにして慎ましく、且つ、凛として生きている。
我輩、そんなUT氏を今尚、敬愛して止まない。
旧友・UT氏からの「贈りもの」、久しぶりに、不肖エセ男爵ブログにご披露する。
(美味しそうな鮎である!と想われる方、是非下記ランキングバーをクリックして頂きたい!)
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昨夜、高校+大学時の友人UT氏から「添付の画像」、Eメールで送られてきた。
以下、旧友からのメール(無断転載にて公開!)
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お元気ですか? 鮎の便りです。
梅雨らしい雨が降り、三篠川もいささかの増水があり、家から徒歩で2分もかけ川にたどり着き鮎釣りに挑戦しました。(家から土手越えすぐです。)
午前中11尾獲れ、すぐに友達を呼び、昼の酒の肴になりましたが、酔いがさめ夕方からの再挑戦で15尾獲れました。
若鮎の姿が納涼に役立てば幸いです。
2006.6.24. T.U
(以上、友人からのメール)
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彼の大邸宅からは、庭と川土手の私道を跨ぎ、徒歩2分間の距離に漁場がある。いわば、彼の敷地内なのである。
今年、解禁と同時に豊漁なる釣果。まして、鮎といえば、我輩大好物の「川魚」。
(関連記事掲載:本年3月「TS亭鮎の漁場三篠川」は、こちらから入れます)
酒の肴に最適である。
まして、こうしてみれば、いかにも美味しそうだ。
そういえば約1週間前、我がご町内のK宅から、
「実家から鮎が送られていたので御裾分けです・・・」
を、頂戴し、まる1日間冷蔵庫で保存した後に食した。もちろん初もの。たいへん美味しかった。しかし思い起こせば、この画像ほどの新鮮さは明らかに失せていた。鮎の育ち加減も、ここまで豊穣なカタチではない。と、回想する。
さて、
本日の添付画像。
これはあくまでも画像での出来事にて、我輩の口に入るものではない。要は、「鮎の美形」を鑑賞するのみ。直接食せないものを見ているだけ?という、精神衛生上きわめて不健康なる状態。これ、鮎の大好きなものにとって、酷といえば惨酷な話である。まして、我輩のみならず、凡そ10人の仲間に「納涼目的」としてEメール添付画像を送った模様。
親切だか不親切だか、皆目理解できず。
何が納涼か?
いかにも滑稽で、思わず噴出しそうである。
UT氏をして、納涼と表現するは、面白い、可笑しい、そして愉快になる。
この時節、納涼というから、いかにもUT氏らしい語彙の使い方である。
十分に未だ、雨季ではないか?(日本では雨季とは云わないか?)
とにかく今、じめじめした梅雨。湿度高く鬱陶しく、時に肌寒い今日この頃。まだ納涼というボキャブラリーは当てはまらないのではないか。かくして「納涼」とは、いかにも彼らしい語彙使用であり、友人に対してEメール送信も、彼好みの行動パターンである。
しかし、限定版である。
この「納涼目的の若鮎」を受け取り不愉快に思う輩殻に対しては、決して発信しない。と、思う。
よいもの美味しいものを自慢し、見せびらかす性癖。我が持ち物を人に見せびらかす性格等々、UT氏本人としての自覚症状は一切無く、まして他人を羨ましがらせて自己満足するような狭量的且つ「小意地の悪さ」は、一片の欠片も持ち合わせていない。
思い起こせば友人UT氏、幼少の頃より貴族なのだ。
貴族的人物の性格は、見方によっては自己中心的とも見えてくるし下種なレベルの人種から想えば、羨ましくも腹立たしくもある。そんなUT氏、一向に変化しない自分の物差しを持ち、すべからく自分の尺度で判断する性格だから、それを斟酌した上で判断すれば、納得。
全て、見えてくる。
〆て、
UT氏の人物像を、文学ジャンル的に喩えれば、例の「白樺派」に思えてくる。文豪で喩えれば「志賀直哉」先生に近い存在の、高潔にして自然観察に秀でる美的な神経の持ち主か。優雅である。
彼の人生感ならびに日々の行動パターンを評するなら、不器用にも器用にも、世の諸事雑多に感知関与しない「空間」に生きている。穏やかにして慎ましく、且つ、凛として生きている。
我輩、そんなUT氏を今尚、敬愛して止まない。
旧友・UT氏からの「贈りもの」、久しぶりに、不肖エセ男爵ブログにご披露する。
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