善峯寺と大原野の間の山奥のお寺、金蔵寺。
観光的な何があるわけでもないが、なかなか立派な仁王門と伽藍がある、結構なお寺。
だが、両隣と比べるとかなり山深く、自然に戻りつつある風情が強い。
ライトな登山の目標地点になるものか、案外、人がいないわけではない。
お寺の表示によると、「もともと維持費が十分でなかったところに去年の台風の被害が大きく、
修繕費にほとほと苦労しています」と寄付を募っておられた。
たしかに去年の台風は酷かった。何とかうまくいくならいいと思う。
ウソがいた、奥の見晴台から東の京都市街が見える。
画面左の京都タワーはわかりやすい。その奥に、本堂修理中の清水寺が見える。
タワーから右に、背の高いビルで京都駅、ワコール、イオンモールがあり、その右に東寺の五重塔もわかる。
山は手前に東山、その奥に山科から醍醐の山があり、さらに奥のひょっこり高いのは見た感じ近江富士のようにも見える。
画面外の左の方には霊山観音から知恩院なども見える。右の方にはもともと何もない。
観光的な何があるわけでもないが、なかなか立派な仁王門と伽藍がある、結構なお寺。
だが、両隣と比べるとかなり山深く、自然に戻りつつある風情が強い。
ライトな登山の目標地点になるものか、案外、人がいないわけではない。
お寺の表示によると、「もともと維持費が十分でなかったところに去年の台風の被害が大きく、
修繕費にほとほと苦労しています」と寄付を募っておられた。
たしかに去年の台風は酷かった。何とかうまくいくならいいと思う。
ウソがいた、奥の見晴台から東の京都市街が見える。
画面左の京都タワーはわかりやすい。その奥に、本堂修理中の清水寺が見える。
タワーから右に、背の高いビルで京都駅、ワコール、イオンモールがあり、その右に東寺の五重塔もわかる。
山は手前に東山、その奥に山科から醍醐の山があり、さらに奥のひょっこり高いのは見た感じ近江富士のようにも見える。
画面外の左の方には霊山観音から知恩院なども見える。右の方にはもともと何もない。
ここの桜がこんなに良いとは知らなかった。来年はもうひとつ広角のレンズを持っていこう。
善峯寺はこのブログでは紫陽花の頃にとりあげていて、紅葉も見ているがブログには怠けている。
京都の西南の方の山寺だ。
清水寺(きよみずでら)、長谷寺(はせでら)と並んで、よしみねでら。
知名度では2者に及ばないが、良さでは決して劣らない。
経堂と宝塔と立派な枝垂。
最初の写真のところの下から。
最初の写真のところの上からと、さらに上から。
見晴らしが良いのも良いが、桜もソメイヨシノばかりでなくいろいろあるのが良い。
帰路に、麓から望遠で。
肝心の桜は谷間でちょうど見えないが、画面中央の木立の間からちょっと覗いているのがそれだ。
善峯寺はこのブログでは紫陽花の頃にとりあげていて、紅葉も見ているがブログには怠けている。
京都の西南の方の山寺だ。
清水寺(きよみずでら)、長谷寺(はせでら)と並んで、よしみねでら。
知名度では2者に及ばないが、良さでは決して劣らない。
経堂と宝塔と立派な枝垂。
最初の写真のところの下から。
最初の写真のところの上からと、さらに上から。
見晴らしが良いのも良いが、桜もソメイヨシノばかりでなくいろいろあるのが良い。
帰路に、麓から望遠で。
肝心の桜は谷間でちょうど見えないが、画面中央の木立の間からちょっと覗いているのがそれだ。
3月初旬、梅の花の頃の長岡天神でやっていた猿まわし。
猿に人間用の瞳検出フォーカスが効くのかという興味で見てみて、それは効かなかったのだが、なかなかいい雰囲気の催しであった。
写真は、竹馬で障害物を飛び越す芸。猿の名は、こうめ。
何をやるのかも知らない通りすがりからの写真であるため、ポジション取りもなにもない角度ながらタイミングはとれた。
箱から箱へ跳んで逆立ちで着地する芸。
動物と芸の話には詳しくないが、なかなか結構なものだ。
猿という動物は人にとって虚心で見ることをしにくい一種独特の風合いがある。
これくらいの、神社の境内で十数人を集めて小さい輪の中ででやるぶんには、ほのぼのしていて申し分ない。
猿に人間用の瞳検出フォーカスが効くのかという興味で見てみて、それは効かなかったのだが、なかなかいい雰囲気の催しであった。
写真は、竹馬で障害物を飛び越す芸。猿の名は、こうめ。
何をやるのかも知らない通りすがりからの写真であるため、ポジション取りもなにもない角度ながらタイミングはとれた。
箱から箱へ跳んで逆立ちで着地する芸。
動物と芸の話には詳しくないが、なかなか結構なものだ。
猿という動物は人にとって虚心で見ることをしにくい一種独特の風合いがある。
これくらいの、神社の境内で十数人を集めて小さい輪の中ででやるぶんには、ほのぼのしていて申し分ない。
前回ちょっとうまくなかったこの伏見の展望台、光の向きからいって朝のうちである必要があったので、先の更新の神社と一緒に比較的早朝に撮った。
朝なので空気も良く、望遠レンズも持ち出したので、前回の体たらくよりもいろいろ良く見えた。
手前に伏見キャッスルランド城、右奥には桜をよく見に行った背割堤に最近できた、できてからはまだ行っていない鉄塔が見える。
山の中央左には石清水八幡宮のロープウェーが見えるので、そのへんに世界遺産の八幡さんがあるのがわかる。
その方角から宇治川が手前にぐねぐねと上ってきて、手前の山肌から時代がかった門の頭だけ見えているのが、
洛中の二条通で鴨川から別れた高瀬川の水路がここで宇治川にそそぐ三栖閘門の門の頭だ。
ということは、前回そこの橋が観月橋かと思っていたが、それは山にかくれたもっと手前で、これは阪神高速と国道1号の高架だった。
多分なので文字を書き入れなかったが、橋の名前としては手前の2つの奥のほうが宇治大橋、
その奥の緑色のが淀大橋、いちばん奥は京滋バイパスだ。山の向こうの街はおそらく大阪府高槻市。
カメラを左にパンして、石清水八幡山の山の端。その左のアーチの橋はたぶん十三大橋。
ビル街はもう大阪中心の市街で、梅田スカイビルもこの辺に見えているはずであるらしいが、あれもわかりそうで案外わからない建物だ。
これは7月に撮った写真だが更新が遅れたのは、諦めるまで何だかんだ探したからでもある。
もっと左を見る。そのへんの一番高い建物が、四天王寺の方の、あべのハルカスだという。
わかるが、さすがに遠い。
これがわかれば、そのさらに奥に通天閣とか、その右の方に大阪城が見えるかもしれないと思ったが、まあ、見えない。
このスポットから広角で撮るとこんなくらい。
望遠レンズはたいしたものだ。
朝なので空気も良く、望遠レンズも持ち出したので、前回の体たらくよりもいろいろ良く見えた。
手前に伏見キャッスルランド城、右奥には桜をよく見に行った背割堤に最近できた、できてからはまだ行っていない鉄塔が見える。
山の中央左には石清水八幡宮のロープウェーが見えるので、そのへんに世界遺産の八幡さんがあるのがわかる。
その方角から宇治川が手前にぐねぐねと上ってきて、手前の山肌から時代がかった門の頭だけ見えているのが、
洛中の二条通で鴨川から別れた高瀬川の水路がここで宇治川にそそぐ三栖閘門の門の頭だ。
ということは、前回そこの橋が観月橋かと思っていたが、それは山にかくれたもっと手前で、これは阪神高速と国道1号の高架だった。
多分なので文字を書き入れなかったが、橋の名前としては手前の2つの奥のほうが宇治大橋、
その奥の緑色のが淀大橋、いちばん奥は京滋バイパスだ。山の向こうの街はおそらく大阪府高槻市。
カメラを左にパンして、石清水八幡山の山の端。その左のアーチの橋はたぶん十三大橋。
ビル街はもう大阪中心の市街で、梅田スカイビルもこの辺に見えているはずであるらしいが、あれもわかりそうで案外わからない建物だ。
これは7月に撮った写真だが更新が遅れたのは、諦めるまで何だかんだ探したからでもある。
もっと左を見る。そのへんの一番高い建物が、四天王寺の方の、あべのハルカスだという。
わかるが、さすがに遠い。
これがわかれば、そのさらに奥に通天閣とか、その右の方に大阪城が見えるかもしれないと思ったが、まあ、見えない。
このスポットから広角で撮るとこんなくらい。
望遠レンズはたいしたものだ。
この春に見て、次はちゃんと撮ろうと思った大岩神社。
噂の、山の中腹の怪しい鳥居を見てきた。
噂どおり筆舌に尽くしがたい怪しさである。
鳥居の足元には「印象鳥居 / 昭和三十七年 堂本印象寄進」と記された石版があり、
柱の右は片手に宝塔を持った多聞天(毘沙門天)、左には僧形で宝珠を持った地蔵菩薩が立ち、紋様が隙間を埋めている。
上には大岩大神/小岩大神の額と西洋的なレリーフが入っており、無国籍感が強い。
たぶん紋様のいちいちにいろいろな小理屈が込められているのだろう、表側には尾の長いカラス的な鳥、シダにバッタ、裏側にはウサギっぽい動物が彫られている。
鳥居の奥のお堂は倒木でへしゃげたとのことだったが、倒木はすでに片付けられている。
この印象鳥居だけでは謎なばかりだが、まわりに赤い普通の鳥居もあるので、異様さが中和されている。
狛犬の前掛けの赤さも比較的あざやかで、むしろ本殿より廃墟感が少ない。
少し登って振り向いた図。
手前のお稲荷さんの石鳥居は、これも倒木のせいか、横木が抜けて二本の柱になっている。道の正面にも同様の柱が。
左の銅葺き屋根も酔っ払ったようにうねっていて、ワープゲートの時空のひずみ感がある。
本殿前の立派な石鳥居。こちらはじつに普通で、安心できる。
ほってある「家内安全」の普通さのありがたさよ。
正面の大提灯は紙が裂けて垂れ下がって無残だが、そのうち誰かが治すだろう。
本殿から裏参道への、印象鳥居その2。前回はこの裏をアップした。
こちらは模様もシンプルで、やっぱり異様は異様だが、先の方で変な時空に入って、ここからもとの時空に戻れるくらいの、
灯籠と奥の階段の手すりの普通さが、良い方向に興を冷ましてくれる。
噂の、山の中腹の怪しい鳥居を見てきた。
噂どおり筆舌に尽くしがたい怪しさである。
鳥居の足元には「印象鳥居 / 昭和三十七年 堂本印象寄進」と記された石版があり、
柱の右は片手に宝塔を持った多聞天(毘沙門天)、左には僧形で宝珠を持った地蔵菩薩が立ち、紋様が隙間を埋めている。
上には大岩大神/小岩大神の額と西洋的なレリーフが入っており、無国籍感が強い。
たぶん紋様のいちいちにいろいろな小理屈が込められているのだろう、表側には尾の長いカラス的な鳥、シダにバッタ、裏側にはウサギっぽい動物が彫られている。
鳥居の奥のお堂は倒木でへしゃげたとのことだったが、倒木はすでに片付けられている。
この印象鳥居だけでは謎なばかりだが、まわりに赤い普通の鳥居もあるので、異様さが中和されている。
狛犬の前掛けの赤さも比較的あざやかで、むしろ本殿より廃墟感が少ない。
少し登って振り向いた図。
手前のお稲荷さんの石鳥居は、これも倒木のせいか、横木が抜けて二本の柱になっている。道の正面にも同様の柱が。
左の銅葺き屋根も酔っ払ったようにうねっていて、ワープゲートの時空のひずみ感がある。
本殿前の立派な石鳥居。こちらはじつに普通で、安心できる。
ほってある「家内安全」の普通さのありがたさよ。
正面の大提灯は紙が裂けて垂れ下がって無残だが、そのうち誰かが治すだろう。
本殿から裏参道への、印象鳥居その2。前回はこの裏をアップした。
こちらは模様もシンプルで、やっぱり異様は異様だが、先の方で変な時空に入って、ここからもとの時空に戻れるくらいの、
灯籠と奥の階段の手すりの普通さが、良い方向に興を冷ましてくれる。
地図を見ると、大岩山展望所のすぐそばに神社がある。
行ってみると、大鳥居から石灯籠が並ぶ裏参道の先にいかにも妖しい、鳥居風の石の建築物がある。
何か胡乱な神道系新興宗教の何かであったか、と腰の引ける謎さだ。
後で調べた結論からいうと、芸術家・堂本印象が寄進した石鳥居であるらしい。
そもそも怪しくない歴史ある神社で、とくに肺の病に効くご利益があるとのことで、
結核が流行った時代などはひとかどのものであったようだ。
堂本印象は母親と共によくお参りした縁で、有名になってから自らデザインした鳥居を建てたとのこと。
私は山上の裏から行ったか、山登りルートの表から行くと山の中腹にもうひとつ、似たようでもっと奇抜なものがあるそうだ。
すべて伝聞。
この神社は4年前に宮司さんも引退して無住となり、社務所まわりはすでに廃墟の趣も強いが、
手を入れている人はいるようで、お供え物は新しいし、この鳥居も灯籠も苔むし感がない。
近隣一帯は一時期産業廃棄物の不法投棄でゴミ山のようになっていたのをキレイにし直したところでもあるという。
他にいくつか写真をたしかに撮ったはずだが、ないのは記憶違いだっただろうか。
人の気配のあるような無いような、不思議空間であった。
行ってみると、大鳥居から石灯籠が並ぶ裏参道の先にいかにも妖しい、鳥居風の石の建築物がある。
何か胡乱な神道系新興宗教の何かであったか、と腰の引ける謎さだ。
後で調べた結論からいうと、芸術家・堂本印象が寄進した石鳥居であるらしい。
そもそも怪しくない歴史ある神社で、とくに肺の病に効くご利益があるとのことで、
結核が流行った時代などはひとかどのものであったようだ。
堂本印象は母親と共によくお参りした縁で、有名になってから自らデザインした鳥居を建てたとのこと。
私は山上の裏から行ったか、山登りルートの表から行くと山の中腹にもうひとつ、似たようでもっと奇抜なものがあるそうだ。
すべて伝聞。
この神社は4年前に宮司さんも引退して無住となり、社務所まわりはすでに廃墟の趣も強いが、
手を入れている人はいるようで、お供え物は新しいし、この鳥居も灯籠も苔むし感がない。
近隣一帯は一時期産業廃棄物の不法投棄でゴミ山のようになっていたのをキレイにし直したところでもあるという。
他にいくつか写真をたしかに撮ったはずだが、ないのは記憶違いだっただろうか。
人の気配のあるような無いような、不思議空間であった。
α9用の100-400GMレンズがやっと発売になったので、早速購入して試すべく。
この真夏時期、特に近年は鳥さんも蝶々さんもなかなかこちらの都合に合わせて出てきてはくれないので、
あくまで人の都合で見られるものを見に行った。
最初は競馬が良いと思ったが、いま京都競馬場ではレースをやっていなかったので、住之江の競艇場にした。
競艇は、マンガのモンキーターンで最初から波多野くんが手を切って回復するあたりまでは読んでいた。そのほかの知識は一切ない。
それも、もうかなり古い。20年近く前か。
写真的な見栄えどころは、船が波で跳ねて宙に浮くのがダイナミック感あって格好いい。
跳ねたぶん推力のロスになって遅くなるので、速い人ほど横綱相撲的に地味になるのは、そういうものだろう。
レンズの使用感はまた項目を立てて述べることにするが、やはり今までのαで写真を撮っていたこととは質的に違うことをしている感が強い。
とりあえず、せっかくなので今までやってなかったこともしてみようとか、いろいろ夢は広がるが、かなりお金を使ってしまったので
財布と相談しながら可能性を広げたい。
賭け事は面倒なので今回もしていません。
この真夏時期、特に近年は鳥さんも蝶々さんもなかなかこちらの都合に合わせて出てきてはくれないので、
あくまで人の都合で見られるものを見に行った。
最初は競馬が良いと思ったが、いま京都競馬場ではレースをやっていなかったので、住之江の競艇場にした。
競艇は、マンガのモンキーターンで最初から波多野くんが手を切って回復するあたりまでは読んでいた。そのほかの知識は一切ない。
それも、もうかなり古い。20年近く前か。
写真的な見栄えどころは、船が波で跳ねて宙に浮くのがダイナミック感あって格好いい。
跳ねたぶん推力のロスになって遅くなるので、速い人ほど横綱相撲的に地味になるのは、そういうものだろう。
レンズの使用感はまた項目を立てて述べることにするが、やはり今までのαで写真を撮っていたこととは質的に違うことをしている感が強い。
とりあえず、せっかくなので今までやってなかったこともしてみようとか、いろいろ夢は広がるが、かなりお金を使ってしまったので
財布と相談しながら可能性を広げたい。
賭け事は面倒なので今回もしていません。
カメラ雑誌の試写の定番といえば電車だ。動物園もそうだが、今のタイミングでひとり動物園はフレンズになってしまうので、α900のときは敢行したが今回はナシ。
そういうことで京都駅に発着する電車。
昭和ソリッドな、宇治から奈良へゆくこの車両は、いま調べたところ国鉄103系という、昭和38年から昭和59年まで生産されていた歴史のなかに消え去ろうとしているマシンだという。
カメラのことに話を戻すと、α9が真価を発揮するべく作られている100-400GMの発売はまだ先なので、
今回はまだAマウントの70-400GをLA4のミラー付アダプタを使って撮っている。
LA3の素通しアダプタだとα7II以降なら、モーター入レンズに限り本体のAFを機能させられるのだが、
α7Iのときに買ったものだし、モーター入りレンズも2つしか持ってない。
要するにα9のAFまわりの先進機能は封印状態であるということ。
で、試写に電車が良いのは故のないことではない。
大きいものだからAFに乱れが出にくいし、動きが直線的でイレギュラーがない。つまり失敗しにくい。
そして背景にいろんなものがあるのでレンズの癖も見えやすい。
そういう環境であれば、微妙にレトロなこちらの事情でも全く問題なく使える。
連写具合はとても良いが、まあ写真を並べてアピールするほどのこともないか。
もう一つは流し撮りにした湖西線の、国鉄113系という。これも昭和38年から昭和57年まで生産されていた、らしい。
おっさんには深緑とオレンジの毒々しいツートンカラーのが印象深い。緑単色だとなかなかいかめしい。
電車が高速で走っているわけではなく、1/8秒の遅いシャッタースピードでついている嘘だ。
さすがにシャッタースピードが遅いとファインダー像が滑らかに動くはずもないが、
普通のカメラならファインダーがブラックアウトするべきところ、いま撮れている像が次々に映るので、
カメラを振るのが早いか遅いか判断しながら撮れるのは好ましい。
そういうことで京都駅に発着する電車。
昭和ソリッドな、宇治から奈良へゆくこの車両は、いま調べたところ国鉄103系という、昭和38年から昭和59年まで生産されていた歴史のなかに消え去ろうとしているマシンだという。
カメラのことに話を戻すと、α9が真価を発揮するべく作られている100-400GMの発売はまだ先なので、
今回はまだAマウントの70-400GをLA4のミラー付アダプタを使って撮っている。
LA3の素通しアダプタだとα7II以降なら、モーター入レンズに限り本体のAFを機能させられるのだが、
α7Iのときに買ったものだし、モーター入りレンズも2つしか持ってない。
要するにα9のAFまわりの先進機能は封印状態であるということ。
で、試写に電車が良いのは故のないことではない。
大きいものだからAFに乱れが出にくいし、動きが直線的でイレギュラーがない。つまり失敗しにくい。
そして背景にいろんなものがあるのでレンズの癖も見えやすい。
そういう環境であれば、微妙にレトロなこちらの事情でも全く問題なく使える。
連写具合はとても良いが、まあ写真を並べてアピールするほどのこともないか。
もう一つは流し撮りにした湖西線の、国鉄113系という。これも昭和38年から昭和57年まで生産されていた、らしい。
おっさんには深緑とオレンジの毒々しいツートンカラーのが印象深い。緑単色だとなかなかいかめしい。
電車が高速で走っているわけではなく、1/8秒の遅いシャッタースピードでついている嘘だ。
さすがにシャッタースピードが遅いとファインダー像が滑らかに動くはずもないが、
普通のカメラならファインダーがブラックアウトするべきところ、いま撮れている像が次々に映るので、
カメラを振るのが早いか遅いか判断しながら撮れるのは好ましい。