「奉安殿」そのものはもとより、その言葉さえ知らない世代が増えています。
もちろん小生もリアルな体験はなく、知識としてしか知りません。
小生としては、その意匠等の建築的な関心しかありませんので、この秋に開催する「まちかどの近代建築写真展in藤村記念館」で、奉安殿のちょっとしたコーナーを設けることにしました。
そんな訳で山梨県内の奉安殿を調べた所、北杜市武川に「旧武川国民学校奉安殿」が現存していることが分かりました。
峡陽文庫というブログによりますと、
昭和3年に当時の富里尋常高等小学校の奉安殿として建設され、昭和8年に武川村の発足に伴い、武川尋常高等小学校と改称され、昭和16年には国民学校令に伴い武川国民学校となったそうです。
終戦後は武川村役場の書庫として使用され、その後、昭和36年に武川小学校隣りの牧ノ原八幡神社境内に移設されているそうです。
全国には、驚くような意匠の奉安殿もあり、写真展を楽しみにして下さい。
もちろん小生もリアルな体験はなく、知識としてしか知りません。
小生としては、その意匠等の建築的な関心しかありませんので、この秋に開催する「まちかどの近代建築写真展in藤村記念館」で、奉安殿のちょっとしたコーナーを設けることにしました。
そんな訳で山梨県内の奉安殿を調べた所、北杜市武川に「旧武川国民学校奉安殿」が現存していることが分かりました。
峡陽文庫というブログによりますと、
昭和3年に当時の富里尋常高等小学校の奉安殿として建設され、昭和8年に武川村の発足に伴い、武川尋常高等小学校と改称され、昭和16年には国民学校令に伴い武川国民学校となったそうです。
終戦後は武川村役場の書庫として使用され、その後、昭和36年に武川小学校隣りの牧ノ原八幡神社境内に移設されているそうです。
全国には、驚くような意匠の奉安殿もあり、写真展を楽しみにして下さい。