今年も例年のように母の為にカーネーションの鉢植えを買いました。
身近な人を身近で看取ると何だかその人の人生、生まれて子供の頃からの楽しかったの思い出、悲しかった思い出、人生が凝縮してのすべてを受け入れると言うか引き受けたと言うか、もうそれから先の人生は無いわけで、その人の人生の答えを受け取った気がします。
うまく表現できませんが、映画やドラマの多くはハッピーエンドかアンハッピーエンドでもそれは人生の一部分を切り取ったもので、一緒に暮らした人の看取りはその人の人生の長い時間をかけた大河ドラマを受け取った。
自分の子供の頃の母の思い出、成長して行ってその時々の母の思い出を思い出し、最後のシーンに重ねてしまいます。
結論は自分で考えるしかありません。
母は私と暮らして幸せだったのか?
もっと親孝行出来たのではないか?
答えは私が行ったときに聞けるでしょう。
今私が出来る親孝行は残された時間を幸せに生きることだと思うのです。
( 追記 )
「 ニャンの飼い猫暮らし 」
昨日は終日ニャンがいました。
今朝も母の部屋で寝ていました。
仕事で午前中出た時も 待ってなよ と言い聞かせて出たところちゃんといました。
今も横でぐっすり寝ています。
これも 縁 ですね。
煮干しとカリカリをあげていますけどちゃんと食べています。
国営昭和記念公園では猫ボラさんが一日一度餌をあげていますけど、そのくらいで良いのでしょうね。
我が家は母の部屋の窓辺に水とカリカリ、煮干しを置いています。
朝、水を取り替えて食べ物を補充するのが日課です。
今日は午前中仕事で外出、天気が良いので助かります。