工業大学の非常勤のある日。
休憩時間に、廊下を歩いていたら、興味深いフライヤー発見!
岩手県にある小岩井農場の重要文化財になっている牛舎の耐震対策工事の特別公開。
通常、非公開の建物とのことで、これは行かねば!
これもある意味出会いなので、申込む。
生憎の雨予報、しかも現地は土砂降りとの予報で、
レインコートにレインブーツと、万全の出で立ちで臨みました。笑
本当に土砂降りでした~笑
座学で約1時間、耐震補強のお話を聞いて、その後見学会が1時間。
明治時代に西洋様式の構造を用いて、
相次いで牛舎やサイロを造られたものが、現存していることがまず素晴らしいことで、
近代産業遺産として高く評価されているのだそう。
登録有形文化財に登録されてから、飛び級で重要文化財に指定される経緯も、
そのことが大きな理由なのだそう。
また、それらが現役で使われていることが何よりですね。
造られた当時は製材は手斧を用いられていたそうで、その解説と実演もありました。
トラスが少しイレギュラーな組み方をしているのだけど、
恐らく当時施工にあたった方たちも、初めてのことで、
不安がないように工夫して造られたのではないかとのこと。
重機も丸鋸も、インパクトもない時代に、あんなに大きな建物をよくたてたもんだ!
この地を選んだ理由とか、もう少し踏み込んだことも聞いてくるんだったな~と後悔してて、
検索してみたら、さすがWikipedia。
鉄道用地の敷設で、失った農地の償いに、視察に訪れた鉄道庁長官が、
荒れた原野に農場を開発することを約束する。(明治22年の視察)
その約束を県令(県知事)と交わしたた鉄道庁長官の井上勝(農場主)、出資した三菱社社長の岩崎彌之助(出資者)、
岩崎への渡りを取った日本鉄道副社長の小野義眞(保証人)。
三人の頭文字をとって、小岩井農場が創設された(明治24年)
湯島の岩崎邸では、小岩井の製品が販売されていて、その繋がりがあることをぼんやり知ったけど、とっくに忘却の彼方。
因みに、その時の県令が、石井県令。
旧石井県令邸を見学した際、とても早い時期に洋館が建設されたと感じた。
もしかしたら、鉄道が敷かれて、中央からの人の往来があることが、
県令邸の建設に関係があったのかもと考察…とかね。
何れにしろ、明治22年に視察に訪れた井上は県令邸に招かれているだろうと思う。
建物の話と共に、そこにかかわったかもしれない人々の姿を想像してしまう。
ついでに言うと、先日読み終えた「鹿鳴館」は同時期の建物。
偶然とはいえ、なんだかこの時代の建物にちょっと縁を感じた10月。
因みに、石井県令邸を訪ねた時の記録。
今頃、蔦が紅葉しているだろうな。
@ふると
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