信州は唐松が萌える
唐松の紅葉が始まれば季節は晩秋へと向かう。長野県は概ね標高が高いので寒冷で、唐松の紅葉も次第に終わりつつあるのだが、碓氷峠を下って松井田辺りまで来ると、長野県とは全く違った空気感を感じるのだ。出がけの我が家の辺りは、この時期としては異常に強い冬型の気圧配置となっていて、北アルプスには雪雲がかかり、風花が(雪雲から千切れ飛来するはらはらと舞う雪)今にも舞いそうな雰囲気だったのに、ここ松井田は関東平野を伸び伸びと臨んで、雲のかけらも無い。キリッとした空気、抜ける様な青空が実に爽やかでいい。そんな日だまりの季節、妙義山は紅葉真っ盛りとなっていた。
今回は難路、表妙義を縦走する。朝6時に妙義神社から入山した。辺りはまだほの暗かったので、写真を撮ることが出来無かったが、妙義神社は実に素晴らしい神社だ。岩山を背に急傾斜地に祀られたこの神社は、美しい石段と名刺一枚差し込めない程緻密に組まれた石垣が見事で、そこに朱に似られた建物が整然と配置されて居る。華麗ではあるが過剰に華美ではない。俗界とは一線を画すその神秘的な雰囲気は、我々を静かな気持ちにさせてくれるのだ。またゆっくりと佇んで見たいなと思うのだ。
神社の一番奥まったところから入山すると、ようやく差し始めた朝日が森を通り抜け、まだほの暗い地面をぽっかりと茜に照らしていた。長野県は周りをぐるりと山に取り囲まれているので、朝日や夕日が赤く染まることがない。太陽は黄色いまま登り、黄色いまま山端に沈んでいく。だから関東平野のその先から登る朝日は僕をびっくりさせるのだ。夕日もまた然り、それは厚いスモッグの層を通り過ぎて来た光なのかも知れないが、東京で見る夕日はトマトのように赤く、僕はそれについ見とれてしまう。近代的なビル群に反射する夕日も僕の心をざわつかせるのだ。
急傾斜を登っていく。奥の院ではロープを使う。見晴らしからは、稜線縦走となるが、ビビリ岩、玉石、大覗き、次々と岩場が現れ緊張とそれを繋ぐ登山道での日だまりウォークが真逆な雰囲気で楽しい。稜線は紅葉も終わって木の葉が落ちているから、視線を遮るものはなく見晴らしはすこぶる良い。関東平野を見下ろしながら楽しい登降だ。表妙義の南面は数百メートルの岸壁が屹立して、蒼い空を垂直に切り取っていた。
表妙義は東側を天狗岳や相馬岳と言った小ピークを総称して白雲山と言い、茨尾根を隔てて西側は東岳、中之岳、西岳などで構成されていて金洞山と呼ばれる。茨尾根辺りは、難しくはないが、粘土質の道が不安定で、そこに落ち葉が降り積もり、足でかき分けながら進む。まるで落ち葉のラッセルだ。
垂壁
相馬岳より目指す金洞山 一番手前の岩峰直下が鷹戻し
イワヒバ 盆栽などに珍重される。乾燥するとくるっと丸まって雨を待つ
茨尾根の岸壁をトラバースしていた時ふと見上げたら妙なものを発見した。キノコ?蜂の巣?んーーーーーなんだろ?平たい巨大なキノコの様なものが重なるように整然と並んでいる。
その場では解らなかったが、帰ってから写真を拡大してみて、それが蜂の巣であることに驚いた。一枚一枚の表面にはハニカム構造が見えて、これが明らかに蜂の巣である事が解る。通常このような岩場に巣を掛ける蜂は、キイロスズメバチやトックリバチなどで丸い外殻を作り風雨からその巣を守る。それに対してクロスズメバチや、オオスズメバチなどは外殻を作らず地面の穴や木の洞に巣を掛ける。だからこの巣はおそらくそんな外殻を作らないタイプの蜂で、それは何かと色々考えたが、その色から多分これはミツバチなのでは無いかと思うに至った。岩壁の途中に出来た屋根状の岩窪があたかも洞を感じさせ、ここなら大丈夫、ここにしようとなったのだろう。そして、間違って????ここに巣を掛けてしまったのだ、きっと。とにかくこんなもの見るのは初めてだ。みなさん、見たことあります?関係無いかも知れないが、道すがらにはミツバツツジも狂い咲いていた。
狂い咲いたミツバツツジ
鷹戻し
女坂のルートを分けしばらく行くと、いよいよ核心部の鷹戻しを登る。垂直の岩稜を鎖を頼りによじ登る。雨の日には絶対に行かない方がいいところだと思う。この日の下山後、中之岳神社駐車場にある土産物屋のおばさんが、先週ここで滑落した女性が居ることを教えてくれた。四人パーティーの一人が、力尽きて100メートル滑落死したのだそうだ。ロープなしだったとのこと。腕力の無い方はまごついている間に力尽きる。絶対ロープを使うべき場所。この日数人の単独登山者とすれ違った。これも何処かでひとり滑落してしまえば行方不明となってしまうわけで、慎むべき行動だと思う。金洞山周辺には鷹戻しを初めとして三カ所のややこしい岩場がある。鎖はついてはいるものの失敗は許されない。
鷹戻しを登り切る
垂直の壁を下る、下部7メートルはマジに垂直だ。
遠く浅間山
背後に関東平野
中之岳を越え岩場を一つ下ると、星穴岳へのルートを分け、後は中之岳神社まで穏やかな下りとなる。第四石門への道を遭わせると、ルートは遊歩道という感じになり、観光客の人達がのんびり歩いている。僕らの心も緊張から解放され、達成感で満たされている。程なく中之岳神社にゴールした。
この実はなに?見た目も味もリンゴである。だが猛烈に渋い。口が曲がる。北アルプスでは見かけないこのリンゴのようなもの、なんだろ?
冒頭、妙義神社の奥ゆかしさ、荘厳さについて書いたが、下山した中之岳神社は、それに対向するかのようなインチキ臭さが魅力だ。先ずはなんと言ってもこの大黒様。日本一の大黒様なんだそうだが、僕はこれを見る度に笑いをこらえるのに苦労する。荘厳さとは無縁なお土産物屋や神主の住居とおぼしき建物が建ち並ぶその背後に、金色っぽい(これポイントね)巨大な大黒様が鎮座なさっていて、それはおそらくFRP製である。また、その顔つきがなんか「一発当てたるぜ!」と言ってるようにも見える。これはお客さん全員一致の感想だ。「日本一の大黒様」と書かれた黄色い登り旗が何本も境内にひらめいてそれが陳腐さに拍車をかける。バカにしている訳じゃ無くて、ここまで来るとその不可思議さとセンスに僕は衝撃を受けるのだ。この世には様々な感覚の人達がいると言う事に。
神社入り口周辺には、福田赳夫元総理と中曽根康弘総理の書を刻んだ石碑もあった。それぞれは立派なものであるが、中曽根さんのは、表面をグラインダーが何かでガリガリ削った跡があって、多分これはペンキか何かをぶかっけられたのではないかと想像をかき立てられる。うさん臭くて実に面白い神社だ。皆さん、妙義にお出でになった時は両神社セットでの御参拝をお勧めします。
表妙義の写真