最も原始的な魚様生物というものを考えてみましょう。この生物は水中で生活し、最も単純な運動機能、すなわち蛇行運動によって進むことができます。これは脊椎に添って並んだ筋肉の周期的な収縮によって成り立ちます。一方、通常の魚にみられるヒレを小刻みに動かして進む運動方法にはさらに高次の神経作用、複雑な制御機構が必要です。
この仮想生物の形態としては動物の精子に似たものになります。ウナギの稚魚、鮎の稚魚、シラウオなどは皆このような形をしています。ちょうど今頃河口に行くとウナギの稚魚であるシラスウナギが見られますが、このような不思議な運動をしています。
さてこのシラスウナギに似た原始仮想動物はプランクトンのような栄養物を食べますが、自分の周囲のプランクトンを食べ尽くすと、蛇行運動をはじめ、別な場所に移動します。日中このような探索行動を繰り返すこととすると、夜は損傷した筋肉を再生するために眠ることが必要になってきます。ここに睡眠と覚醒という2つのモードが現れます。
通常はこの蛇行運動だけで必要な行動を充足させることができますが、過酷な自然環境においては、さまざまなリスク要因に出会います。例えば岩と岩のすき間に体が挟まるとか、あるいは別な生き物、例えばイソギンチャク様生物に捕えられそうになるといったことが考えられると思います。そうするとそうした危機的な状況から逃げ出すための仕組みが必要になってきます。原始仮想生物は普段は水を掻くことで進んでいますが、こうした剛体のトラップから脱出する際には、通常よりも強く(実際には「速く」)筋肉を収縮させなくてはいけないことになります(1)。
また、波によって陸に打ち上げられた際にも同じことが言えます。水を掻く時よりも速く筋肉を収縮させ、重力に逆らって体を持ち上げ(ジャンプ)なくては水中に戻れません。
そうした緊急事態では、単位時間あたりに必要とされるATP(つまりカロリー)の量は増えます。一時的に、いつもより多くの量のグルコースや脂肪酸を、作り出し、また、血液中を流れさせなくてはなりません。
してみると必然的に、この原始仮想生物は危険からの脱出のためにもう一つの代謝モードを持つことになるわけです。
つまり、「軟骨魚類を起源として持つ生物系統は必然的に、睡眠―覚醒―興奮という3つのモードを持たなくてはならない」。
そして、猫やトラウトにみられるように、本来危機から脱出するためのモードを積極的に利用して、動き回る餌を捕えるという“離れ業”へと発展させた種もある、ということになるかと思います。
トラウトは水中で生活しているにも関わらず、水面上を飛ぶ昆虫に襲いかかり、そしてタイミングさえ合えば実際に捕まえることも可能です。猫だって負けてはいません。小鳥が餌をついばみに地面に舞い降りてきた隙を狙い一撃で捕まえます。これは考えてみればとんでもない芸当です。
猫やトラウトは餌となる生物を見つけると興奮する、一時的に代謝を上げて瞬発力を出すための準備をするわけです。よりすばやい動きのためには、血圧や体温を上げることも極めて重要になってきます。
まあ、猫やトラウトは極端なケースですが、陸上で生活する生物は、日常的に剛体と重力にじかに接しなければなりませんので、この興奮のモードは生きていく上でのさまざまな局面で有利に働いたと想像できます。人間とて例外ではないでしょう(2)。
けれどもこの身体の便利な仕組みも、何らかのきっかけがなくては機能しません。そのきっかけとは、大雑把な言い方をすると「ストレス」ということになるのではないでしょうか。
ストレスというのは、こんなふうに改めて考え直してみると、睡眠―覚醒―興奮という3つのモードの中におきまして、覚醒から興奮へのきっかけとなる刺激と位置づけることができると思います。つまり、この新しい定義でいくと、なにも天敵の気配を察知することだけでなく、餌を見たり、女性のヌードを見ることも立派なストレスということになります。目の前においしそうなものが置いてあることも、TVに宝石や現金の札束が出てくることも、ブログで大漁の釣果をバーンと出されることも、いやはや大いなるストレスです(笑)。
それが、危険因子なのか、それとも報酬を期待させる“喜ばしい”要因なのかという判断は、扁桃体に代表されるさらに高次の仕組みだと思われます。視床下部が身体の化学反応、化学的なプロセスを管理する機能に比べると、扁桃体に代表される、取捨選択や好みを決定する機能は、生きていく上でそれほど重要ではないからです。
ですから、生物的にみて、主観に基づく「望ましい」のか「望ましくない」のかということは、まったく本質的ではないということです。「辛い」とか「苦しい」といったことも、一部の生物だけが持つ付加的なものに過ぎないということになります。苦しそうにもがいている生き物を見ると人間は「ああしんどそうだなあ、苦しそうだなあ」と考えてしまいますが、実際には必ずしもそうとは限らないということです。
実際に釣りをしていると、魚が、仲間が痛い目に遭っている時に逃げ出すのではなく、いつもより大胆な行動に出るという現象も決して少なくないのです。これは一見ものすごく奇妙ですが、このようなことを考えてみるとうまく説明できると思います。
さて、このような3番目のモード、興奮のモードは、今までの用語で言うと「防衛反応」という呼び方でくくられてきました。これは初めからある程度神経が複雑な、高等な動物を想定した分類な訳です。冒頭の思考実験は、そうではなくて、視床下部を持っていないような原始的な生き物から何か帰結を得たいという主旨です。
防衛反応、要するにストレスに対しての防衛反応ということになるわけですが、ストレスには能動ストレス反応と受動ストレス反応という2種類の対応の仕方があるのだそうです。能動ストレス反応には「闘争」や「逃走」があり、受動ストレス反応には「擬死反応」や「逆説恐怖」があります。そしてこの能動ストレス反応が防衛反応にあたります。能動ストレス反応ではなく「防衛反応」といった場合は、どういう行動をとったかではなく、体の中でどういう変化が起きているのかに注目します。つまり神経科学の考え方でいくと、心臓はドキドキしたのか、血圧や体温は上がったのか、眼がランランと光ったのかというのがストレス反応だということになります。
つまり、ストレスを受けたその動物が激怒しているのか、パニックに陥っているのか、あるいはそれとも物凄い何かを期待しているのかはどうでもいいことなのですね。
そこに先ほどの新しい「ストレス」論を加味しますと、怒りや喜びといった感情さえも、実はストレスによる直接的な反応ではなくて、ストレス反応に対する次の反応だということになります。感情はストレスに対する二次的な反応だということです。実際にはそれらはほぼ同時に起こってしまうので気付かないだけなのです。もし眼や耳からの入力に対して不快な感情が沸き起こるのであれば、そこには何らかのヒントが隠されているはずです。
鹿児島大学の桑木教授はストレスとオレキシンについての論文の中で「…防衛反応の表出に際し、一斉にそのスイッチを入れる神経機構は長らく不明であった」「視床下部を経由して、各要素を一斉に変化させるという脳内の情報伝達のメカニズムがわかっていなかったのである」と、オレキシンの発見がいかに画期的だったのか説明しています。ストレスとそれに対する行動(つまり入出力)については、それらに対応した神経の解明が順調に進んできました。けれどもその「危険だ」という判定やモードの切り替えの仕組みが分かっていなかったのです。
そして教授は実際にオレキシンが「循環・呼吸・鎮痛・行動という複数の出力系を一斉に変化させるマスタースイッチとして機能している」ことを実験により確かめました(3)。
さて、もしオレキシン(細胞)がこのようなスイッチ役をしているとすれば、怒りやすいことも、あるいは恋にトキメキやすいことも、それは大いにオレキシンに関係があるということになります。もちろん情緒不安や感受性の強さ他、あらゆる過敏であること=オーバーコーシャス=は関係してるでしょう。
魚にオレキシン産生細胞があるかは分かりませんが、間違いなくトラウトやシイラなどの種は、こうしたストレス感受性がいい意味で発達した魚種、なのだと思います。
ルアーというのは実はストレッサーだったんです。それもいい意味での…。
してみるとルアーフィッシングというのは、お魚さんの恋心をくすぐってもてあそぶ、実にゆゆしき行為なのかもしれません(むふふ…)。
(昨日のスイッチの説明はイラスト準備のため後日あらためて)
1 タンパク質で形成された水中生物の体を「軟体」と呼ぶことにすると、粘性流体である水と軟体との相互作用で最も効率のよい推進力が得られるのは、剛体と剛体を相互作用させる時よりもかなり「遅い」力の伝達となるはず。柔らかいヒレではゆっくり押し出すことが最も経済的だと思う。結果的に、脱出する時は「速く」筋肉を収縮させ、泳ぐ時は「遅く」収縮させることになる。
2 人間は“道具”を使い、作り、楽しむという生き物ですので(笑)。
3 http://mitizane.ll.chiba-u.jp/metadb/up/irtoroku1/81-3-109.pdf
この仮想生物の形態としては動物の精子に似たものになります。ウナギの稚魚、鮎の稚魚、シラウオなどは皆このような形をしています。ちょうど今頃河口に行くとウナギの稚魚であるシラスウナギが見られますが、このような不思議な運動をしています。
さてこのシラスウナギに似た原始仮想動物はプランクトンのような栄養物を食べますが、自分の周囲のプランクトンを食べ尽くすと、蛇行運動をはじめ、別な場所に移動します。日中このような探索行動を繰り返すこととすると、夜は損傷した筋肉を再生するために眠ることが必要になってきます。ここに睡眠と覚醒という2つのモードが現れます。
通常はこの蛇行運動だけで必要な行動を充足させることができますが、過酷な自然環境においては、さまざまなリスク要因に出会います。例えば岩と岩のすき間に体が挟まるとか、あるいは別な生き物、例えばイソギンチャク様生物に捕えられそうになるといったことが考えられると思います。そうするとそうした危機的な状況から逃げ出すための仕組みが必要になってきます。原始仮想生物は普段は水を掻くことで進んでいますが、こうした剛体のトラップから脱出する際には、通常よりも強く(実際には「速く」)筋肉を収縮させなくてはいけないことになります(1)。
また、波によって陸に打ち上げられた際にも同じことが言えます。水を掻く時よりも速く筋肉を収縮させ、重力に逆らって体を持ち上げ(ジャンプ)なくては水中に戻れません。
そうした緊急事態では、単位時間あたりに必要とされるATP(つまりカロリー)の量は増えます。一時的に、いつもより多くの量のグルコースや脂肪酸を、作り出し、また、血液中を流れさせなくてはなりません。
してみると必然的に、この原始仮想生物は危険からの脱出のためにもう一つの代謝モードを持つことになるわけです。
つまり、「軟骨魚類を起源として持つ生物系統は必然的に、睡眠―覚醒―興奮という3つのモードを持たなくてはならない」。
そして、猫やトラウトにみられるように、本来危機から脱出するためのモードを積極的に利用して、動き回る餌を捕えるという“離れ業”へと発展させた種もある、ということになるかと思います。
トラウトは水中で生活しているにも関わらず、水面上を飛ぶ昆虫に襲いかかり、そしてタイミングさえ合えば実際に捕まえることも可能です。猫だって負けてはいません。小鳥が餌をついばみに地面に舞い降りてきた隙を狙い一撃で捕まえます。これは考えてみればとんでもない芸当です。
猫やトラウトは餌となる生物を見つけると興奮する、一時的に代謝を上げて瞬発力を出すための準備をするわけです。よりすばやい動きのためには、血圧や体温を上げることも極めて重要になってきます。
まあ、猫やトラウトは極端なケースですが、陸上で生活する生物は、日常的に剛体と重力にじかに接しなければなりませんので、この興奮のモードは生きていく上でのさまざまな局面で有利に働いたと想像できます。人間とて例外ではないでしょう(2)。
けれどもこの身体の便利な仕組みも、何らかのきっかけがなくては機能しません。そのきっかけとは、大雑把な言い方をすると「ストレス」ということになるのではないでしょうか。
ストレスというのは、こんなふうに改めて考え直してみると、睡眠―覚醒―興奮という3つのモードの中におきまして、覚醒から興奮へのきっかけとなる刺激と位置づけることができると思います。つまり、この新しい定義でいくと、なにも天敵の気配を察知することだけでなく、餌を見たり、女性のヌードを見ることも立派なストレスということになります。目の前においしそうなものが置いてあることも、TVに宝石や現金の札束が出てくることも、ブログで大漁の釣果をバーンと出されることも、いやはや大いなるストレスです(笑)。
それが、危険因子なのか、それとも報酬を期待させる“喜ばしい”要因なのかという判断は、扁桃体に代表されるさらに高次の仕組みだと思われます。視床下部が身体の化学反応、化学的なプロセスを管理する機能に比べると、扁桃体に代表される、取捨選択や好みを決定する機能は、生きていく上でそれほど重要ではないからです。
ですから、生物的にみて、主観に基づく「望ましい」のか「望ましくない」のかということは、まったく本質的ではないということです。「辛い」とか「苦しい」といったことも、一部の生物だけが持つ付加的なものに過ぎないということになります。苦しそうにもがいている生き物を見ると人間は「ああしんどそうだなあ、苦しそうだなあ」と考えてしまいますが、実際には必ずしもそうとは限らないということです。
実際に釣りをしていると、魚が、仲間が痛い目に遭っている時に逃げ出すのではなく、いつもより大胆な行動に出るという現象も決して少なくないのです。これは一見ものすごく奇妙ですが、このようなことを考えてみるとうまく説明できると思います。
さて、このような3番目のモード、興奮のモードは、今までの用語で言うと「防衛反応」という呼び方でくくられてきました。これは初めからある程度神経が複雑な、高等な動物を想定した分類な訳です。冒頭の思考実験は、そうではなくて、視床下部を持っていないような原始的な生き物から何か帰結を得たいという主旨です。
防衛反応、要するにストレスに対しての防衛反応ということになるわけですが、ストレスには能動ストレス反応と受動ストレス反応という2種類の対応の仕方があるのだそうです。能動ストレス反応には「闘争」や「逃走」があり、受動ストレス反応には「擬死反応」や「逆説恐怖」があります。そしてこの能動ストレス反応が防衛反応にあたります。能動ストレス反応ではなく「防衛反応」といった場合は、どういう行動をとったかではなく、体の中でどういう変化が起きているのかに注目します。つまり神経科学の考え方でいくと、心臓はドキドキしたのか、血圧や体温は上がったのか、眼がランランと光ったのかというのがストレス反応だということになります。
つまり、ストレスを受けたその動物が激怒しているのか、パニックに陥っているのか、あるいはそれとも物凄い何かを期待しているのかはどうでもいいことなのですね。
そこに先ほどの新しい「ストレス」論を加味しますと、怒りや喜びといった感情さえも、実はストレスによる直接的な反応ではなくて、ストレス反応に対する次の反応だということになります。感情はストレスに対する二次的な反応だということです。実際にはそれらはほぼ同時に起こってしまうので気付かないだけなのです。もし眼や耳からの入力に対して不快な感情が沸き起こるのであれば、そこには何らかのヒントが隠されているはずです。
鹿児島大学の桑木教授はストレスとオレキシンについての論文の中で「…防衛反応の表出に際し、一斉にそのスイッチを入れる神経機構は長らく不明であった」「視床下部を経由して、各要素を一斉に変化させるという脳内の情報伝達のメカニズムがわかっていなかったのである」と、オレキシンの発見がいかに画期的だったのか説明しています。ストレスとそれに対する行動(つまり入出力)については、それらに対応した神経の解明が順調に進んできました。けれどもその「危険だ」という判定やモードの切り替えの仕組みが分かっていなかったのです。
そして教授は実際にオレキシンが「循環・呼吸・鎮痛・行動という複数の出力系を一斉に変化させるマスタースイッチとして機能している」ことを実験により確かめました(3)。
さて、もしオレキシン(細胞)がこのようなスイッチ役をしているとすれば、怒りやすいことも、あるいは恋にトキメキやすいことも、それは大いにオレキシンに関係があるということになります。もちろん情緒不安や感受性の強さ他、あらゆる過敏であること=オーバーコーシャス=は関係してるでしょう。
魚にオレキシン産生細胞があるかは分かりませんが、間違いなくトラウトやシイラなどの種は、こうしたストレス感受性がいい意味で発達した魚種、なのだと思います。
ルアーというのは実はストレッサーだったんです。それもいい意味での…。
してみるとルアーフィッシングというのは、お魚さんの恋心をくすぐってもてあそぶ、実にゆゆしき行為なのかもしれません(むふふ…)。
(昨日のスイッチの説明はイラスト準備のため後日あらためて)
1 タンパク質で形成された水中生物の体を「軟体」と呼ぶことにすると、粘性流体である水と軟体との相互作用で最も効率のよい推進力が得られるのは、剛体と剛体を相互作用させる時よりもかなり「遅い」力の伝達となるはず。柔らかいヒレではゆっくり押し出すことが最も経済的だと思う。結果的に、脱出する時は「速く」筋肉を収縮させ、泳ぐ時は「遅く」収縮させることになる。
2 人間は“道具”を使い、作り、楽しむという生き物ですので(笑)。
3 http://mitizane.ll.chiba-u.jp/metadb/up/irtoroku1/81-3-109.pdf