1860年代、サント・ブーヴが火曜日に開くマニー亭の晩餐会に作家や文学者が集い、文学について語り合っていた。サンドもこの晩餐会に出席していたが、ノアンを中心に居を構えていたため、すべての晩餐会に出ていた訳ではないと思われる。当時の文学者たちのサンド評価についてゴンクールは、次のように描いている
1863年5月11日マニー亭晩餐会の日である。
新人二人、テオフィール・ゴーチエとエツェル。(......)
話がバルザックに触れるとそこで停滞した。
サント=ブーヴが攻撃する。
「あれは真実じゃないね。バルザックは真実の作家とは違う・・・おっしゃりたければ、天才ではあるさ。でもあれは化け物だ。」
「そうはおっしゃるけど、おれたちはみんな化け物ですよ」
とゴーチエはいう。(....)
そこでわたしが「でも一体どの小説に真実味があるっていうのですか。ジョルジュ・サンド夫人の小説ですか」と訊く。
「まあねえ」とわたしの隣にいたルナンがいった。
「ぼくはバルザックよりサンド夫人のほうに真実が多いと思いますよ」
「へえ!本当ですか」「むろんですよ。万人に通じる情熱がある」
「情熱ってものは元来が万人に通じるものじゃありませんか」
「それにバルザックにはある種の文体があるよ」とサント=ブーヴが猛然と言った。「ねじくれたような」とか「ひもを撚った」文体といった感じのね」
「三百年もすれば」とルナンはいった。
「サンド夫人が読まれるようになりますよ。」
『ゴンクールの日記』より
齋藤一郎編訳 岩波文庫 2010