皆さまこんばんは。
今夜は家族が出払っておりまして、晩ごはんを作らないでもよいというので、日暮れ前に沢山歩いてきました。日が暮れて暗くなったので帰ってきたのですが、約7Kmほど歩くことができました。
それは良かったのですが、途中、交通量の激しいコンビニ前の道路の真ん中で、白い大きな猫がたぶん車に飛ばされたのでしょう、前足で宙を掻いてもがいていました。あ、と思ったけれど止ることもどうすることもできずそのまま通り過ぎましたが、生きているのにと思うと、ショックで食欲とブログ更新の意欲が消えうせました。
家に帰り着いてから、もう一度行ってみた方がいいだろうかと考えましたが、あの分ではたとえ動物病院に連れて行っても「安楽死」させるしかないかもしれない。とも思い、もう仕方のないことなのだろうと思い定めましたが。
今まで車にぶつかって既に死んでしまっている猫は、道路上で見かけたことは何度もあります。その時は心が痛みますが、成仏を願って唱名を唱えることで終わりにしていました。でも、今回は。。。まだ生きているものに、どうぞ成仏してくださいとは、とても言えないと思うし。
ホトトギス
ほととぎす(杜鵑草)
昔、お寺のお坊さんに訊ねたことがあります。生死の境目をどのようにして見極めるものなのかと。
まだ若いお坊さんは、高僧の死の床を例にとって、弟子たちがどのような感じでお経をあげるかを話してくれました。
意識が無くなる最期の最期まで、「こちらの世界で生きてください」と御祈願するのだそうです。ところが、ある瞬間にこれは涅槃に入られたと高弟が判断すると、お経の調子はガラリと変わって、今度は「向こうの世界に無事にお着きになられますように」と、テンポの速い渾身のお経になるというのです。
生きながら生死の境を彷徨っていた白い猫に、せめて何かをしてあげたい。たぶんもう、冷たくなっていることだろう・・。寝る前に、お経の一説でも送ってあげようかと思っているのです(合掌)。今夜はこのような暗いお話になりました。お気を悪くされた方々がいらっしゃるかもしれませんね。たいへんに失礼致しました。
ホトトギス(不如帰・時鳥)白花
涅槃について考えてみた という方はポチッと

今夜は家族が出払っておりまして、晩ごはんを作らないでもよいというので、日暮れ前に沢山歩いてきました。日が暮れて暗くなったので帰ってきたのですが、約7Kmほど歩くことができました。
それは良かったのですが、途中、交通量の激しいコンビニ前の道路の真ん中で、白い大きな猫がたぶん車に飛ばされたのでしょう、前足で宙を掻いてもがいていました。あ、と思ったけれど止ることもどうすることもできずそのまま通り過ぎましたが、生きているのにと思うと、ショックで食欲とブログ更新の意欲が消えうせました。
家に帰り着いてから、もう一度行ってみた方がいいだろうかと考えましたが、あの分ではたとえ動物病院に連れて行っても「安楽死」させるしかないかもしれない。とも思い、もう仕方のないことなのだろうと思い定めましたが。
今まで車にぶつかって既に死んでしまっている猫は、道路上で見かけたことは何度もあります。その時は心が痛みますが、成仏を願って唱名を唱えることで終わりにしていました。でも、今回は。。。まだ生きているものに、どうぞ成仏してくださいとは、とても言えないと思うし。


昔、お寺のお坊さんに訊ねたことがあります。生死の境目をどのようにして見極めるものなのかと。
まだ若いお坊さんは、高僧の死の床を例にとって、弟子たちがどのような感じでお経をあげるかを話してくれました。
意識が無くなる最期の最期まで、「こちらの世界で生きてください」と御祈願するのだそうです。ところが、ある瞬間にこれは涅槃に入られたと高弟が判断すると、お経の調子はガラリと変わって、今度は「向こうの世界に無事にお着きになられますように」と、テンポの速い渾身のお経になるというのです。
生きながら生死の境を彷徨っていた白い猫に、せめて何かをしてあげたい。たぶんもう、冷たくなっていることだろう・・。寝る前に、お経の一説でも送ってあげようかと思っているのです(合掌)。今夜はこのような暗いお話になりました。お気を悪くされた方々がいらっしゃるかもしれませんね。たいへんに失礼致しました。

ホトトギス(不如帰・時鳥)白花




なぜか、思い浮べました。
鳥のホトトギスは「不如帰」つまり「帰るにしかず」と鳴くからだそうです。
中国の蜀の杜宇という王は、故郷を離れ、さまよっているうちにホトトギスに
なってしまいました。そして「不如帰」に鳴くようになったと・・・
徳富蘆花の「不如帰」の「あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう! 生きたいわ!
千年も万年も生きたいわ!」は有名ですね。
生きているものは必ず滅びます。
だから仕方ないこと、こうしている今も、死ぬものがあり、生れるものがある。
などと割り切れないのが、人なのかもしれません、
それは素敵なことなのだろうと思います。
白いホトトギスは、私にはホトトギスに見えません。
イメージの転換とは、大変です。
何か、わけのわからないことを書いたような・・・
今は雨が降っています。あの猫は飼い猫のようでしたから、飼い主が探しに来て、家に連れて帰ってもらったことを祈念しています。で、・・また落ち込みました。一寸先は闇ですね。
白いホトトギスは一株だけ見つけました。キイジョウロウホトトギスという黄色のホトトギスも、昨日写真に撮りました。まだ未整理です。
鳥だと思うのですが、子供のころに母から聞いた鳥の名前が思い出せません。姉が盲目で、悲しい姉妹の昔話があります。何という鳥だったでしょう。・・これだけでは分りませんね。とりとめもなくてごめんなさい。ではオヤスミナサイです~
道路で引かれている猫や犬をみると本当に気の毒な気持になります。
昨日の昼頃、カミさんと買い物に行った帰りに赤と黄色の点滅のある交差点で、赤の点滅を無視(一時停止)して走ってきた車にぶつけられました。
幸い私とカミさん、相手も無事でしたが、後ろのバンパーが吹っ飛び無残な姿になりました。
車を運転して40年以上になりますが、事故は初めての経験です。相手はお年寄りでオロオロするばかりでした。携帯で警察を呼んで事故確認して貰いましたが、こちらも気持がすっかり落ち込んでしまいました。
相手の保険会社が明日来て車をみるそうですが、保険会社もいざとなると対応が遅いようです。
幾ら気をつけていても避けられないことがあることを悟りました。
妹思いの姉は採ってきた芋の美味いところを妹に食べさせ、自分は硬不味く固い所を食べていたのですが、姉は美味いものを食べていると勘違いして妹が姉の腹を切り裂き、腹の中に硬い芋しかなかったため
妹は「ほいじょ立てた(包丁立てた)」と「ホイジョタデダ」と鳴く、ホトトギスに、姉は「ガンコ食った(硬いところを食べた)」から「ガンコ~」と鳴くカッコウになってしまったと・・・
もがき苦しんでいる猫を見たことはありません。
見ればショックでしょうね。
しかし私は、「冷静に」通り過ぎます。
「冷酷に」ではなく、あくまでも「冷静に」です。
ぶつけられたのですね。さぞ驚いたことでしょう。でも不幸中の幸い、車のバンパーの他はたいしたことがなさそうで、とりあえず良かったですね。
どうしても避けられない事件・事故、というものもあります。ある時点で、諦めるしかないのでしょう。と思いますが。。
夜遅くに帰ってきた娘に話しますと、猫は見なかったと言っていました。同じ道を通ったはずですが、、、とすると、飼い主さんに見つけてもらって家に帰ったのかもしれません。そう思えば、少しは救われます。
以前、居なくなった老いた飼い犬を、必死に探し回っている方に声を掛けられたことがあります。残念ながらお力になれなかったのですが。その方は他にも2匹の犬を飼っていて、時々老犬を疎ましく思う気持ちがあったといいます。もしやその気持ちを察して、老犬は自ら姿を消したのではないかと、、、それでずっと(数週間も)あちこち探し続けているのだというお話でした。
お互いに車の運転には気をつけましょう。コメントをありがとうございました
そのお話に、凄く似ています。きっとその物語が、少し変化して伝えられ、私の記憶に残っているのでしょう。
親のない貧しい姉妹は同じです。目が悪かったのは、姉の方だったと記憶しているのですが、妹だったかもしれません。目が見えないからといって、私に不味いものを食べさせているのではないかとの疑心暗鬼から妹のお腹を裂いたら、芋の皮や野菜屑しかお腹の中には無かったと。
姉もしくは妹は、自分に良い所だけを食べさせてくれていたんだ。。。と、激しい後悔で詫び続けたとか。
それ以来、妹にわび続けるように鳴いている鳥がいると。その鳥が分りませんでした。郭公でいいのでしょうか?ホトトギスなのでしょうか。
妹の名前が「かこ」というので、「かっこー!かっこー!」と呼び続けているのでしょうか。←これは、私の想像です・・・
コメントをありがとうございました
今日は寒い上に雨
昨夕の猫は、事故直後だったのだと思います。本当に気の毒でした。しかし、私にはどうしてやることもできなかった
こちらでは、野生の小動物も車に轢かれている姿をたまに見かけます。昨夕から、気持ちがどうしてもブルーになってしまいます。今から、宇都宮まで墓参に行くことにしました。コメントをありがとうございました
この話では、後悔した妹が「固い、固い」となく郭公になりますね。
郭公の声は、ゆっくり鳴くとのどかですが、せくように、
急いで鳴くと悲壮な感じに聴こえなくもありません。
もっとも、あわて者の郭公にもきこえますが・・・
そう感じるのは人の勝手で郭公のしらないことですが・・・
「ガッコ」は固いという意味ですか。
以前「いぶりがっこ」という、たくあんの燻製をもらいました。燻製の香りがプンとして美味しい沢庵なのですが、確かに固かったようです。
『遠野物語』何となく読んだ気がしていたのですが、たぶん読んでいなかったのでしょうね(笑)今度本屋さんに行ったときに、買い求めようと思います。
そういえば、もっと怖いお話も記憶にあります。丑の刻参りとか?きゃぁ~
コメントをありがとうございました。今、夜の散歩から無事帰ってきたところです~