及び腰と二の足 (PART 1)

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デンマンさん。。。 質問があるのですけれど。。。

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及び腰と二の足の意味がわからないのですか?
そうです。。。 よく分かりましたねぇ~。。。
だってぇ、ジューンさんがタイトルを言い出したのですよ。。。 いったい、どこで見つけたのですか?
次の本を読んだら出てきたのですわ。。。

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コロンタイはペトログラードに到着するなり、レーニンの「遠方からの手紙」を『プラウダ』に送りつけた。
妥協を許さないこの文書は、及び腰の同志たちを啞然とさせ、震え上がらせた。
編集者たちは最初の手紙以外の内容を発表するのに二の足を踏んだ。
そしてその極左的な表現に度を失い、せっせと大幅な削除改変を行った。
(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)
137ページ 『オクトーバー物語 ロシア革命』
著者: チャイナ・ミエヴィル 訳者: 松本剛史
2017年10月5日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 筑摩書房

ジューンさんはロシア革命に興味があるのですか?

そうです。。。 いけませんか?
日本語の本でロシア革命を勉強するなんて すごいじゃありませんかァ!
魂の食べ物ですわァ~。。。
何ですか? その“魂の食べ物”ってぇ~?
人間は食って寝て、食って寝てばかりいてはダメなんですってぇ~。。。 肉体の食べ物と魂の食べ物。。。 つまり、車の両輪ですわァ~。。。 好きなものだけを食べて、太っても、心の糧(かて)になるような書物を読まないと、心が、要するに精神がダメになって、片方の車が外れてしまう。。。 つまり、人間として廃車になってしまうということですわァ。。。
ジューンさんは見かけによらず哲学的名な事を言うのですねぇ~。。。
意外ですか?
美人はオツムの方は空っぽの人が多いのですよ。。。 ジューンさんは、オツムの方も見かけによらずしっかりしているのですねぇ~。。。
わたしは、よほど馬鹿に見えるのですわねぇ~。。。 うふふふふふふ。。。
いや。。。 改めてジューンさんの教養を見せ付けられた思いですよ。。。 だったら、僕に尋ねるよりもGOOGLEで調べた方が早いでしょう!
でも、それではデンマンさんが記事を書けないでしょう!?
つまり、僕が記事を書けるように、わざわざ質問するのですか?
そうですわ。。。 そのためにデンマンさんはわたしを呼び出したのでしょう!?
そういう楽屋裏の話は黙っていて欲しいのですよ。。。 僕だって、やる事は同じですよ。。。 GOOGLEで調べるのだから。。。 次の検索結果を見てください。。。

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あらっ。。。 「1. やや腰をまげ、手を伸ばして物を取ろうとする、不安定な姿勢。 2. 比喩的に、自信ややる気のない態度。」 つまり、安倍首相のような「及び腰の外交」ですわねぇ~。。。

ジューンさんは、飲み込みが早いですねえェ~
英語で言うと、shilly-shallying とか、half-hearted とか wishy-washy ということですわねェ~。。。で、「二の足を踏む」というのはどういうことですか?

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二の足を踏むの「二の足」とは、二歩目を意味するのですよ。。。 一歩目を踏み出し、二歩目を踏み出すのに思い悩んで足踏みすることから、物事を進めるのに思い切ってできないことの たとえとして使われるようになったのです。。。

なるほどォ~。。。 英語で言うと、have second thoughts about、 とか hesitate to do とか、 jib at, balk at, recoil from, flinch from, ... ということですわねぇ~。。。
さすがは日本語と英語に精通しているジューンさんですねぇ~。。。
でも、やっぱり日本語は母国語でないので、まだ、まだ、知らない単語がたくさんありますわァ~。。。
。。。で、上の本を読んで、なにか魂の糧(かて)になるものがありましたか?
ありましたわ。。。 上の本にも出てきた アレクサンドラ・コロンタイ女史ですわ。。。
アレクサンドラ・コロンタイ

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誕生:ユリウス暦1872年3月19日(グレゴリオ暦3月31日)
死去: 1952年3月9日
アレクサンドラ・ミハイロヴナ・コロンタイ(Алекса́ндра Миха́йловна Коллонта́й、Alexandra Mikhailovna Kollontai、旧姓は、ドモントーヴィチ、Домонто́вич、Domontovich)は、ロシアの女性革命家、共産主義者。
当初、メンシェヴィキに所属するが、1914年にボリシェヴィキに転ずる。
ソビエト政権樹立後は、1919年に政治家としてヨーロッパ最初の女性閣僚(人民委員)となった。
レーニン没後、スターリンが権力を掌握すると、メキシコ、スウェーデンおよびノルウェーに外交官として派遣されるが、一方でこれは実質的にはソ連国内を追放されたに等しかった。
人物と評価
アレクサンドラ・コロンタイはソ連史上、非常に特異な存在である。
多くの「オールド・ボリシェヴィキ」がスターリンの大粛清によって一掃された中、彼女自身もレーニンや共産党に対する批判者としては著名であったにもかかわらず、生命を保障された上に外交官として海外で顕職を歴任した。
しかし、その一方で地位は保障されたものの、コロンタイには、ソ連の国内政策や党活動に対して実際的な影響力は皆無であり、その意味では政権側にとっては効果を充分に計算した追放であったと言えよう。
フェミニストとしてのコロンタイは、自由恋愛を強く主張したことから反対者から指弾されてきた。
しかし、コロンタイの自由恋愛論は、単なる放縦な男女の性交を奨励したものではない。
実際、彼女は社会主義の下で男女間の不平等な上下関係、男性による女性の搾取が解消すると考えていた。
コロンタイは真の社会主義の成立が、セクシャリティーの急進的な変化なしでは成し遂げられないと見なしていた。
巷間、コロンタイは「性的な欲求の充足は、一杯の水を得ることと同じくらい単純でなければならない」と言ったとされるがこれは彼女の言では無いにしろ、性の問題を深く見つめ、性的な関心が飢餓同様、自然な人間の本能によるものであることを捉え、女性の解放を急進的に実現しようとした。
結婚と家族に関しては、共産主義社会では自由恋愛の下、解体されると主張していた。
伝統的な結婚と家族は、家父長制による個人への圧制的な仕組みであり、財産権の継承による個々のエゴの集積化されたものであるという見解を持っていた。
そこで来るべき共産主義社会においては、男女両性は相互に労働をすることで互いを支え合い、家族ではなく社会によって子供の養育・教育が成されると説いた。
こうしてコロンタイは、真の解放のために、男女両性とも本来自然に持っている伝統的な家庭生活に対するノスタルジアを放棄するよう促している。
コロンタイが著した小説「紅い恋」は当時の日本でも流行し、西條八十作詞の「東京行進曲」は、当初歌詞中に「紅い恋」を引用していた。
出典: 「アレクサンドラ・コロンタイ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

多くの「オールド・ボリシェヴィキ」がスターリンの大粛清によって一掃されたにもかかわらず、レーニンはコロンタイ女史を抹殺できなかったのですわ。。。

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どうしてですか?

彼女を抹殺したら、さらにスターリンに対する風当たりが強くなると思ったのでしょう! それだけコロンタイ女史を支持する人たちがいたようですわ。。。 だから、スターリンはコロンタイ女史が目の上のタンコブだったけれども、殺さずに 当たり障りのないよう外交官として海外に飛ばしたのだと思いますわ。。。
なるほど。。。 で、コロンタイ女史のどういうところがジューンさんには新鮮な驚きと映ったのですか?
1910年代に性の問題を深く見つめ、性的な関心が飢餓同様、自然な人間の本能によるものであることを捉え、女性の解放を急進的に実現しようとしたところは、将来を見つめる目があったということですわ。。。
なるほどォ~、当時の人よりも かなり先を歩んでいたということですね。。。
そうですわ。。。 50年先、100年先を見つめていたのですわァ~。。。
ジューンさんもコロンタイ女史に見習って将来を見つめているのですか?
そうしたいと思っていますわァ。。。

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