神の手は力ある働きをする。

 主の右の手は高く上げられ、
 主の右の手は力ある働きをする。

(詩篇118編16節より)

あのころはフリードリヒがいた-【3】-

2015年07月29日 | 
【牛舎】マルク・シャガール(オールポスターズの商品ページより)


 さて、今回は『ぼく』の幼馴染みであるフリードリヒくんのことについて焦点を当てて書き進めていきたいと思いますm(_ _)m

 おそらく、この本を読み終わった時、多くの方が――時代がこうでさえなければ、彼はどれほど素晴らしい人間として成長したことだろう!と思われるのではないでしょうか

 物語の中では、フリードリヒが単に「ユダヤ人だから」という理由で、少年、あるいは青年である彼の心を打ち破る事件が次から次へと起きていきます

 1933年――つまり、『ぼく』とフリードリヒが大体八歳くらいのころだと思うのですが、ふたりはドイツ少年団の集まりへ出かけてゆきます。ちなみに、その集まりに誘ったのは『ぼく』のほうで、フリードリヒはそのことを大喜びしていますが、お父さんがそのことに反対なのを知っているため、「内緒にしてくれよな」と『ぼく』に頼んでいます。


 >>「嬉しいな!」フリードリヒがいいだした。「とっても嬉しいよ!――だけど、お父さんにはだまっていてくれよな。お父さんは、ぼくがあそこ(※)へいくの、賛成してくれないんだ。きみたちが旗を先頭に町中を歌いながら行進するのを、ぼく、見たよ。すごいね。ぼくもいっしょにしたいんだ。――だけど、お父さんは許してくれない!――まあ、もう少し待ってみるさ。もしかしたら、考えを変えてくれるかもしれないから」

(※あそこ――1933年当時は、七ないし八歳の子どもでも、ドイチェス ユングフォルク[ドイツ少年団]にはいれた。厳格な編制規則ができたのは、少しあとになってからである。すなわち、あとでは、ドイツ少年団は十歳から十四歳の少年に限られ、十四歳に達すると、少年団から、ヒトラー ユーゲントに配属された)


『ぼく』自身はもちろんのこと、フリードリヒと同じ年代の子どもはみんな、同じような気持ちでこの<ドイツ少年団>に憧れていたのではないでしょうか。

 けれど、フリードリヒはこの初めていった<ドイツ少年団>の集まりで、まだ七~八歳であったにも関わらず、自らのアイデンティティを粉々にされる経験をすることになります

 というのも、この日は地方管区本部というところから>>「ユダヤ人について話すよう」特命を受けてきた男が、少年たちを前にしてこんな話をしだしたからでした。


 >>「総統(フューラー)(注:ヒットラーのこと)のピンプ(※)諸君!」その声は不愉快なほどかん高かった。「自分は、きょう、諸君にユダヤ人について話すよう、特命を受けてきた。諸君はみな、ユダヤ人を知っておる。しかしだ、ほんとうは、あまりにも知らなさすぎるのだ。今から一時間ののちに、それが変わる。一時間ののちには、諸君は、ユダヤ人が、いかなる危険をわれわれに、わが民族に及ぼすかを知るのだ」

 フリードリヒはぼくの隣で、ちょっと身を乗りだしていた。視線を演説者にぴたりとあて、口をわずかに開いて、一語一語のみくだしていた。

 小男は、それに気づいたようだった。まもなくかれの演説は、フリードリヒに集中してなされているかのような様相をおびてきた。かれの話は、しかしぼくたちに浸透していった。そっくりそのまま見えるように描きだしてみせるすべを、かれは心得ていた。

「幅広の、腕の長さほどもあるナイフを持って、ユダヤの祭司はあわれな雌牛に近づいてゆく。そして、のろのろとそのおそろしいナイフ(※)をふりかざす。牛は死の恐怖にかられて、啼き、逃げだそうとする。しかし、ユダヤ人には、情けという感情はない。幅広のナイフを、牛の首にぐさりと突きさす。血が吹きでる。あたり一面血の海となる。牛は暴れ狂う。眼はおびえきってひきつっている。だが、ユダヤ人には慈悲の心がない。牛の苦痛を縮めてやろうとはしない。血まみれになった牛を見て喜ぶのだ。ユダヤ人は血を欲する。であるから、牛が血を流し、ついにあわれな最後をとげるまで、そばにつっ立って見物するのだ。――これが、かれらのやり方なのだ!――ユダヤ人の神は、そういうことを要求するのだ!」

(※ピンプ=ドイツ少年団員の正式呼称)

(※ナイフをふりかざす=このユダヤ教の儀式は、中世以来、くりかえしユダヤ人攻撃の機会を与えてきた。そしてユダヤ人を中傷するために、しばしば、真実を曲げて、いわれた。これは、モーセ第五書[申命記]、十二章二十三節、二十四節、「ただ堅く慎んで、その血を食べないようにしなければならない。血は命だからである。その命を肉と一緒に食べてはならない。あなたはそれを食べてはならない。水のようにそれを地に注がなければならない」に基づいている。
 この儀式を行うものは、完璧な専門的、宗教的知識を持っていなければならない)


 ここは少し、わかりにくいところですよね(^^;)

 わたしもユダヤ教には詳しくないのですが、それでも簡単に言えばこれは<宗教的処理がなされた肉>というふうに解すると、わかりやすくなるのではないでしょうか。

 旧約聖書を読むと、他に<食べていいもの・いけないもの>、<清い食べ物・汚れたもの>といった神さまから定められた規定が出てきます。中には、今日わたしたちが普通に食べているものもありますし、このあたりの記述は「え?なんでそれが汚れた食べ物?」といったように現在のわたしたちには理解不能な感じかもしれません(^^;)

 けれど、ユダヤ人は先祖たちからの言い伝えを厳格に守ってきた結果として――現在もそのように処理がされなかった牛の肉は宗教的な意味では汚れている……ということなのではないでしょうか。ただ、ここで地方管区本部の男性が言っているような、>>血まみれになった牛を見て喜ぶといったことはないと思うんですよね。そうしたあたりの物言いというのは、「だからユダヤ人は排斥せねばならんのだ!」ということに繋げるための、ただのこじつけといっていいと思います。

 こうしたモーセの時代から伝わる先祖からの言い伝えを、ユダヤ民族の方々は厳格に守ってきたと思うのですが、これに対するキリストの教えというのは、>>「外側から人にはいって、人を汚すことのできる物は何もありません。人から出て来るものが、人を汚すものなのです」というものでした。また、新約聖書の福音書には、「弟子たちが手を洗わずにパンを食べている」として、パリサイ人らが咎めるシーンがあるのですが、ここで問題視されているのは、衛生的な概念というより、宗教的・儀式的概念といっていいと思います。

 けれど、キリストはそうした<儀式的細部>に拘るよりも、もっと他に大切なことがある、あなた方はそうした細部に拘り、厳格に守ろうとするあまり、本当の神への信仰を見失っているとして、パリサイ人ら宗教権威者を断罪したのでした。

 ええと、ようするに何が言いたいかというと――イエス・キリストはユダヤ人でしたし、彼を十字架につけたのもユダヤ人でした。そしてこのユダヤ民族はその後、イエス・キリストを十字架につけた民族であるとして、ずっと迫害を受け続けるわけですよね。

 でも、この地方管区本部の小男さん(笑)が>>「ユダヤ人の神は、そういうことを要求するのだ!」という言葉は、やっぱりそれ自体が矛盾したものだとわたしは思うのです。何故といって、ユダヤ教の神さまもキリスト教の神さまも、どちらも同じ方を<父なる神>と呼んでいるわけですし、イエス・キリストがお生まれになった民族を迫害するということ自体が新約聖書を読んでみてもかなりおかしいことだと思うんですよね(^^;)

 なんにしても、歴史的経緯等を書きはじめると長くなるので、お話を先に進めましょう。


 >>フリードリヒは、今にもベンチからずり落ちるのではと思うほど、前のめりになっていた。顔は蒼白で、息づかいも荒く、両手は膝の上でけいれんしていた。

 小男は、キリスト教徒の子どもが殺された話、ユダヤ人の犯罪、戦争のことなどを話しつづけた。

 ぼくは聞いていて、身の毛がよだった。

 ようやく話が終わりにきた。

「最後に一言、諸君の脳裏にこの一言をたたきこんでおきたい。くりかえしいうからよく聞け。耳にたこができるまで、自分は諸君にこの一言をくりかえしいうぞ。よいか。ユダヤ人は、われわれの災いのもとだ!くりかえすぞ。ユダヤ人は、われわれの災いのもとだ!もう一度。ユ ダ ヤ 人 は、わ れ わ れ の 災 い の も と だ!」

(第8章 とめ輪(1933年)より)


 フリードリヒはこのあと、この小男に、「ユダヤ人はわれわれの災いのもとだ!」と言えと強要されます。そこでようやくのことで「ユダヤ人は――あなたたちの災いのもとだ!」と言って、集まりの中から出てゆきます。

 まだたったの七~八歳くらいの子にとって、これはアイデンティティを粉々にされる出来事だったに違いありません。そしてフリードリヒにはこのあとも、成長の過程で「ユダヤ人だから」ということが、次から次へと重くのしかかってくるのでした

 この出来事があったのと同じ1933年、フリードリヒとぼくとが、並んで道を歩いていた時――ぼくが不注意にも、ボールである家のガラスを割ってしまうということがありました。当然フリードリヒは何も悪くありません。けれども、この家に住むおばさんが気違いっぽく「フリードリヒがやった」と決めつけ、騒ぎだしたのでした。


 >>「このユダヤのがきだよ!」

 女は物見高い人たちに説明しはじめた。

「うちのショーウィンドウを割って、中の品物を盗ろうとしたのさ」

 それから、またフリードリヒの方に向きなおった。

「そんなことをしようったってだめだよ。またしくじったじゃないか。ちゃんと見張ってるんだからね。あんたの顔は覚えてるよ。逃がすものかね。あんたたちユダヤ人のならず者は、根絶やしにしてやらなくちゃ。ばかでかいデパートなんかおっ建てて、個人の店を潰しておいてさ。まだ足りなくてそのうえ盗みまでするんだから!なあに、待ってりゃいいさ。そのうちにヒトラーが眼にもの見せてくれるから!」

 女は手荒くフリードリヒをゆさぶった。

「だけど、フリードリヒがしたんじゃないんだよ!」

 ぼくが口をはさんだ。

「ぼくがボールを投げたんだ。ぼくがガラスを割っちゃったんだよ。ぼくたち、盗もうとしたんじゃないよ!」

(第9章 ボール(1933年)より)


「ユダヤ人だから」という理由で、子どもですら容赦されないとは、なんていう残酷な世の中なのでしょうか

『ぼく』がいくら、「ぼくがやったんだよ、おばさん!」と言っても聞き入れてすらもらえず、ついには警官までがやって来て、こんな話の流れになってしまいます。


 >>「罪をかぶってやって友情を示そうと、きみは思っている。だがね、いいかい。あの子はユダヤ人なんだよ。大人にはよくわかってるんだが、ユダヤ人というのは信用できないんだ。悪ぢえがあって、ずるい。あのユダヤ人の子がここでなにをしようとしたか、あのおばさん以外には見ていた者はいないんだよ……」

「だって、あのおばさん、見てなんかいなかったよ!」

 ぼくがさえぎった。

「いたのはぼくだけなんです。そして、ぼくがしたんです!」

 警官は眉を吊りあげた。

「きみは、おばさんをうそつきだときめつける気か?」

 ぼくはさらにいおうとしたが、警官はとりあってくれなかった。

(第9章 ボール(1933年)より)


 ――結局のところ最後には、フリードリヒのお父さんがガラス代を支払うということでこの話は終わるのですが、こうした世の中の<傾向>のようなものは、フリードリヒが大きくなるにしたがい、さらにひどくなる一方だったのでした。

 では、次回もまたこうしたフリードリヒの<受難の運命>について、引き続き書いていきたいと思いますm(_ _)m

 それではまた~!!



※本文の引用箇所はすべて、岩波少年文庫の「あのころはフリードリヒがいた」(ハンス・ペーター・リヒターさん著/上田真而子さん訳)からのものですm(_ _)m





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