神の手は力ある働きをする。

 主の右の手は高く上げられ、
 主の右の手は力ある働きをする。

(詩篇118編16節より)

日本の米は世界一♪

2024年09月11日 | キリスト教

 

 >>自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。いのちは食べ物よりたいせつなもの、からだは着物よりたいせつなものではありませんか。

 空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。

 あなたがたのうちのだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。

 なぜ着物のことで心配するのですか。野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。

 しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。

 きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。

 そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。

 こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。

 だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。

 だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。

 

(マタイの福音書、第6章25~34節)

 

「神さま~、そうは言っても米がねえだ、米が……オラたち日本人の主食のコメがよおォ~ッ!!」というくらい、令和の米騒動で困ったわけではなくても――それは、「もうすぐ新米が出てくる」、「もうちょっとの我慢」といったようにわかっているからであって、今後ともどのくらい供給できるかは不透明だ……と言われたとしたら、メルカリなどに出品されているお米はもっとびっくりするくらい高額か、そうしたオークションサイト等でも取引が一切なくなるくらいのものなのではないでしょうか。

 

 あ、ちなみにわたし、メルカリなどは「善意によって」出品されてる、「困ってる方に少しでもお分けしたい」……といったように思ってます。実際、少しの間お米のないのを補うくらいであれば、送料含め比較的良心的なお値段で出品されてる方のほうが多いのではないでしょうか(あくまで、数日前にわたしがちょっと見た時の印象ですm(_ _)m)。

 

 それで、クリスチャン的にはこういう時、黙示録に書かれていることや、イエスさまの行った五千人の給食の奇跡のこと、あるいは旧約聖書に記された、神さまが天から降らせてくださったマナのことなどを連想的に思い浮かべるわけですが、今回のわたしの小さな証しは、米がなくなったところ、その数日後に届いたということだったりします(^^;)

 

 もちろん、誰か人に頼めば分けてくださったでしょうし、「まあ、あともう少しの我慢だしな~」とか思っていたところ、前にAMZNに頼んでいたお米が届いたのです♪いえ、「お米がない~」とか、言われはじめた頃、まだわたしの周囲というか、ドラッグストアやスーパーその他、少しくらいはまだ売っていたと思います。でも、AMZNに頼んでいたのが届くかもしれないし……どうしようかなと思っていたところ、その前日まで他に頼んでいた商品と一緒に「輸送中」みたいに表示されてたので――「いやこれ、届くってことだよなあ」と思っていたわけです。

 

 が、届かず、当日だったかその翌日だったかにキャンセル扱いになってました。「一時的に品切れとなったため、再び送れるようになったらメールで連絡します」的な表示があって、わたしが思ったのはまあ、「そんなことになると思ったよ」ということでした。なんにしても、お米が届かなかったことを神さまに感謝し、「なんとかなるだろう」的になんとなく思っていたというか。

 

 で、結局その数日後届いたわけです。いえ、「そんなの神さまに祈った」とか「感謝した」とか全然関係ねえよ、と言われてしまえば、そうなのかもしれません。わたしもそんなに本腰入れて、「困った、困った。お米がねえだよ、神さま~っ!!」みたいに祈ってたわけではないので……でもまあ、AMZNのカスタマーセンターあたりに電話して、「届くって表示があったからよォ、こっちはそれを信じて待ってたってのによォ、そうとわかってりゃ前の日にスーパーで見かけた米をこっちゃ買ってんだよォ、それなのに、キャンセル後にスーパーいったらもう売ってねえんだよォ、どうしてくれんだよォ、責任とれんのかよォ、ウォウォ」ってなってても、まあ不思議はないと思ったわけです、自分的に(笑)。

 

 わたしにしても、気持ちに余裕があったのは間違いなく、お米がゼロになっても、近いうちに新米が出回るのは間違いないと思っていたからですし、でもそんなわたしの小さな感謝と祈りをすぐにも聞いてくださってありがとうございます、神さま――という、今回の記事はそんな短い証しの記事です

 

 まあ、神さま云々よりAMZNの素早い対応に感謝しろよォ、という意見もあるかもしれませんが、それはさておき、このことでも自分的に反省しました。いえ、以前に地震でブラックアウトになった時、電気も水道も落ちて駄目になってしまったわけですが、被災地の大変さに思いを馳せるとともに、携帯を充電してなかったので、すぐ切れてしまったんですよねのみならず、充電器がその時その瞬間を見計らったかのように壊れたという……いえ、そのことで特に困ったとか、そうしたことはなかったのですが、ようするに自分の「備えのなさ」をその時にも反省したわけです。だって、まるで聖霊の油を用意しておいた娘五人と、それとは違って油がなくなってしまったので買いにいったらその間に神さま(イエスさま)が来られていた娘五人の比較のようで、明らかに自分は後者だなあ~なんて思わされたからなのです。。。

 

 本当に、あらためて被災地や戦争だけでなく、他のことでも食べるものがない・飲むものがない・着るものがない……という生活に困っている方のためにお祈りをする重要性について考えさせられました。それと、お米作るのってほんとに大変なので!農家のみなさまにも本当に心から感謝・感謝です♪

 

 それではまた~!!

 

 

 

 

 

 


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