ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

西国三十三所 伏見の上醍醐寺2

2018年09月05日 21時16分51秒 | ウォーキング

この国の特別史跡・特別名勝
となっている庭園は
醍醐の花見の時に豊臣秀吉が
基本設計をしたものです。

大きな複雑な形の池の周りに
島や滝や多くの石を配置した庭で、
彼の想いがいろんなところに
名所として刻み込まれています。

一番最初に庭を見たときに、
パッと目についたのが
一番近いところにある3つの石です。



庭の説明はどこにもかかれていないのですが、
doironは事前の説明を見ていたので
すぐにわかりました。

これが京都の街中を流れる
賀茂川の状態を表す

「賀茂の三石」だそうです。



向かって一番左端が、
賀茂川の速やかな流れを表す石です。



断層になってる白い部分が
川の流れの急流部分を表してますねえ。
なんかうまい具合に層になって、
浸食されていますねえ。

一昨年賀茂川を歩きました。
上賀茂神社から下鴨神社への歩き旅です。
賀茂川に沿ってずっと歩きましたが、
この川は生活排水が流れ込んでいないので
とてもきれいな川でしたねえ。

いろんなところで段差もあって、
水が勢いよく流れているところもありました。
そして真ん中の石が賀茂川の流れが
よどんで滞留している状態を
表しているそうです。



川魚も結構いそうな感じでしたねえ。

そして一番右端の岩が、



流れがぶつかってはじけている
状態を表すそうです。
まあそういわれれば
そんな感じもしますねえ。

でもねえ、これらの三石は
どこから持ってきたのでしょうか。
そしてどういう石なんでしょうか。
こういうことはネットにも
ほとんど書かれていませんねえ。

また折に触れて勉強しておきましょう。

今doironが庭を眺めているところは
三宝院の表書院というところで、
なんとこの建物は国宝です。



その前には蘇鉄が植わっています。

日本の庭に蘇鉄が植えられるのは
南蛮の雰囲気を出すためだそうです。
古くからそんな風に扱われていて、
蘇鉄が登場する日本の文献では
過去三番目に古く、
ここに蘇鉄が植えられたと
記載されているようです。

まあここにあるこの蘇鉄は
植え替えられたものかなあ。
そんなに古くないもんね。

そして池の中には島が二つあります。
ひとつは「鶴島」。



二つの島の向かって右側がそうです。
橋に架かった水路なんかで
鶴が飛び立つさまを表しているとか・・・
ふ~んて感じやなあ。

古い五葉松が植えられた島です。

そしてむかって左側が「亀島」
ここも古い五葉松が植えられています。
足元の岩がちょっととんがっていて
亀の頭のように見えるかなあ。

そしてここに架かる橋は
色々と工夫が込められ、
苔の色づいた橋になっているようです。

そして庭の片隅にあるこの
「唐門」も国宝なんだそうです。



黒い門に金色の模様が刻まれています。
さあこうして庭の周りや庭の中に
様々なものを見てきましたが、
最後にこの庭に置かれている
様々な石の親分について
書いていかなくてはなりません。

これが全体図で、



この中で一番目立つ石、
と言えばもうわかりますよね。
この石は「藤戸石」といわれています。



長い歴史と天下人との交流が
ぎっしりと詰まっている石です。

もともとこの石は瀬戸内海の
岡山県倉敷の「藤戸」という
ところにありました。
ここで源平合戦が行われたのですが、
この時源氏方の佐々木盛綱が
海を渡って戦をするために、
水深の浅いところを探したのです。
そこを馬で渡って攻めていこう
というものです。

するとある漁師から、
海の中に「浮洲岩」が経ってるところが
浅くて馬で渡れる
ということが知らされました。

それを聞いた盛綱は、
その話をした漁師を
「ばれないように」と、
殺してしまうのです。

この話は色々と位置付けられて
その漁師の物語は
「藤戸」として謡曲になったり
平家物語で歌われています。

続く