今日は職場の部下たちと忘年会。
飲み放題とかでしたが
ま、そこそこで切り上げました。
だってあさってから
またまた土曜の忘年会2連荘。
飲むのは最小限にとどめなくては・・・
ということで
首尾よく一次会で切り上げたのだが
最寄の駅前で知り合いにばったり!
結局二次会でチューハイを
いただいて帰りました。
ま、そういうつきあいは
大事にしないとな。
ようやく開放され
帰宅の電車に乗った。
二人がけの座席が空いてる。
しめしめ~
と座ったのが大間違い。
隣に来たのが、酔っ払いのおっさんだった。
「にいちゃん、忘年会かあ」
ん?にいちゃんとな。
いい人かも?
と思ったのは大間違い。
「わしなんか、もう忘年会なんか
あれへんわ。今日も一人で飲んでたんやあ」
「そらさびしいなあ」
「にいちゃん、話しわかるがな」
「誰でもわかるがな」
「わしはなあ、某企業に勤めとって
肩たたきやあ・・・」
それから、うだうだといっぱい話を聞かされて
挙句に話の途中で寝てしまいよった。
「お前は、井上タツオかあ」と突っ込みたくなりましたが
起きられても困るので
そっと寝かしておいた。
無事、doironは目的の駅で
そろ~と降りたが
そのおっさんの降車駅はどこなんやろ。
電車は御坊行きだ。
目が覚めたらびっくり仰天も
ありえるよなあ。
ここはどこ?私は誰?
ってなるに違いない。
いくら、のんきに暮らしてるったって
ああはなりたくないもんじゃ
今日は車で移動する仕事だったのだが
急遽だったので、借りれる会社の車がなく
軽四の荷台のある貨物、
いわゆるミニダンプでの移動となった。
これがいわゆる「オートマ」ではなく
クラッチのついた車であった。
うひゃー、久しぶりの
マニュアル車だ。
10年くらいは乗ってなかったかなあ。
ちょっと不安を覚えながら
運転席に座って
えーっと、エンジン始動時には
クラッチを踏むんやったっけ?
あれっ、ブレーキも踏むのだったか?
頭で考えると
軽く混乱を覚えてしまう。
こりゃいかんと思いつつも
なんとなく、
身体が覚えているような気がして
大きく深呼吸をし
何も考えずに
エンジンを始動したら
いともたやすく始動した。
そして動き出したら、最初の信号待ちは
ちょっと緊張したが
それ以外はほとんど違和感もなく
運転できたよ。
そうですねえ、頭ではなく
身体が覚えてるんですねえ。
こんな経験は、以前
スイムで感じたものと同じだ。
夏のトライアスロンが終わると
春まで一度もプールに行かずに
ランばかりしていた時代がある。
そして春に初めてプールに入水するとき
「泳ぎ方を忘れてないだろうか」
と、よく心配したものだ。
そもそも、昔はまったく泳げなかった
doironだったから
そういう思いは人一倍強かった。
でも、プールの壁を蹴って
一度蹴伸びをしたら、
かつての泳げないdoironに戻っていたってことは
これまで一度もなかったなあ。
初めて、泳げるようになったとき
「財産を手に入れたような気がする」
と思っていたとおりに
一度覚えた水泳は身体が覚えていて
ちゃんと一生の財産に
なっているようだ。
う~ん、
頭ではなく、身体で覚えるというのは
どんな場合もかなり有効なようであるにゃあ。
そうかあ、夜になったら
身体が勝手にパソコンを開いて
ブログに向かってしまうのも
そういうことなのかもしれないなあ。
あ~あ、今年はここまで忙しく
doironの最大の楽しみである
高校駅伝の戦力分析が全然出来ていない。
通常なら都道府県予選からだけでなく、
インターハイの長距離あたりから
追跡をし始めているのに
今年は各都道府県の代表校さえ
わかっていないところも多いという状態だ。
昨年はかなりデータを蓄積し
その展望を予想していた。
都大路へ実際に見に行こうと思っていたからだ。
ところが、直前のあの宝塚の出来事が
doironの上京の楽しみを奪った。
それでもあきらめきれずに
病室のベッドで予想した
優勝校は男女とも見事に的中したんもんね。
展開もほぼ予想どおりであった。
今年は唯一、風の便りに聞くところでは
今年の仙台育英男子の強さが
際立っているということくらいだ。
本番まで、あと6日。
今年は用事で行けなさそうだが
テレビの前にオッチンして
しっかり鑑賞するよ。
テレビでパブリックビューイングだ。
スポーツバーの開店だ!
ミセスdoironにも
そのときは用事も一切しないからと
すでに告知済みだ。
だからそれまでネットも駆使して
できるだけデータを収集し
しっかり展望を固めておこう。
え?そんな予想はよそう?
いやいや、こういうのも
駅伝鑑賞の楽しみ方の
ひとつなんじゃて。
この勉強は無駄にならんよ。
将来の箱根駅伝や実業団駅伝の
展望へとタスキをつなげていく
まさしく、”駅伝”的な楽しみ方なのであーる。
もうすぐクリスマスですねえ。
今年も残すところあと2週間。
もう1年が終わった気でいた昨年は
このあと大変なことになったっけ。
気を緩めてはいけませんね。
怒涛の忘年会が続き
少々胃に疲れを感じる今日この頃ですが
飲みに行かない日は
お家でスローフードを、ということで
ちょっと撮りためた食べ物の
フォトネタを少々。
これは義母さんの手作りによる
湯葉(ゆば)
手作りですよ、手作り
これだけのものを手作りとなると
大変な手間ひまがかかるだろうに~
義母さんが夜なべ~をして
ゆ~ば~を作ってくれたあ
(ああ、語呂が悪い)
でも、ほんとにねっとりとおいしくて
疲れた胃が癒やされます。
そして、これは最も身近な地産地消。
庭のめだかの鉢の中に植えてあった
「くわい」
めだかのフンで育ちました。
いつもならおせちにおいておくのですが
今年は採れた数が少なかったので
これを炊き込みご飯にしてみました。
クリご飯もおいしいが
このくわいご飯も
実がホクホクとしてなかなかのものでした。
最後に、本日の料理当番で
生まれて初めて作った
麻婆豆腐
先日、ジュニアdoironが送ってきた
ラー油も活用し、
見よう見まねで作った作品です。
これはメチャうまでした。
ああしかし、それにしても
食べ物ばかりに目が行くとは
いよいよ
胃が悪くなる兆候かもしれませんなあ。
あしたは、おかいさんにしときましょ。
今夜は忘年会第8弾。
村の祭り関係者の集まりで
河豚を食べに行った。
河豚?
そうつまり「ふぐ」ですね。
祭りの集まりということは
幼馴染の寄り合いということで
子どもの頃から今までの間の
思い出というと尽きることはありません。
今はみんなしたり顔して生きているが
子どもの頃の、いたずら
悪行の数々、恥ずかしい出来事も
みんな共有しているから
みんな素に戻ります。
お互いを「ちゃん」付けで呼び合い
大笑いや、悪気の全然ない
怒号の数々が飛び交います。
なので、ご馳走を前に
食べるのに夢中になりながらも
話もめちゃめちゃ弾みました。
祭りのある地域はええもんじゃて。
そして、そんな集まりの中で最終決定が・・
doironが来年の年番長ということになりました。
あ~あ、来年はだんじりについて回ることもなく
本部テントに浴衣を着て座り
見守るだけの役割です。ぐすん
そして祭りまでは、
寄り合いを主催しつつ
各種寄り合いに顔を出さねばなりません。
大変だ~
でもこれも一生に一度の経験。
誰にでも出来ることではない。
みんなに請われておだてられて
大変な役割だけど
経験できることを喜ばねばならない
のかもしれないな。
最近、飛行機チケットの激安販売記事がよく報じられる。
ある航空会社では成田-沖縄が
座席数限定ながら100円
というチケットを販売したとのこと。
また昨日は、
Z日空系の格安航空会社P社から、
関空から九州・北海道の航空券が
片道250円、往復500円のキャンペーン価格が発表された。
自動車の普及、
九州新幹線の開通など
鉄道網も発達していく中で、
飛行機復権を目指した
各社の取組なんだろう。
たしかに、安くなるのはありがたいことである。
現代の景気回復のカギは、
輸送費の緩和だとdoironは見ている。
高速道路無料化を
一般ではなく貨物に限定すれば、
輸送コストも下がるし、
物流も活発になることで、
経済の活性化が図れると思うのだが
どうだろうか。
そんな中での、
激安航空機運賃の設定である。
不当廉売と言われる
ダンピングにはならないのだろうか
と懸念されるが、
堂々と報道発表しているところをみれば、
「正当な理由」をつけてのことなんだろう。
いずれにしても消費者には、
短期的にありがたいことではあるが、
これが命をゆだねる航空機の運賃となると、
手放しでは喜べない部分もある。
まさか、このチケットの座席が
パイプいすだったり、
飛行機の一部がはりぼてであったりすることは
ジョークというものではあるが、
飛行機の経費削減を図りすぎるあまりに、
安全がおざなりにされている
なんてことはないのだろうか。
搭乗スタッフも、
一人で何役もこなしながら、
ぎりぎりまで削減を図っているだろう。
あまりに乗務が煩雑すぎて、
ドアをきちんと閉め忘れたり、
安全運航に支障が出るようなところが
見逃されていたりすることはないだろうか。
そんな心配が脳裏をよぎるわけだ。
実際にあった話だが、
ある人が某スーパーで野菜を買ったら、
一部が腐っていて、
苦情を言ったら、
「安いのがわかって買ったのだから
文句を言うな」といわれたとか。
この論法で行くと
「安いチケットを買ったんやから、
乱気流で頭にたんこぶ作ったくらいで
文句を言うな」となるのだが、
まさかそんなことはないだろう。
何度も言うけどモノの値段が安くなることは、
消費者としては大歓迎なのだが、
そのことで将来負担が増えたりとか、
要らぬリスクがかぶさってくる
なんてことは、
絶対避けてほしいと、
激安記事を見るたびに思う今日この頃だ。
今日は忘年会第7弾。
まあ、普段ほとんどご一緒することのない
職場関係の人たちとの飲み会であった。
仕事で今回の質問に対する答弁で
かなり目立ったdoironに対し
日本うだうだ会の会長さん
(わかる人にはわかりますよね)も
こちらからお酒を注ぎに行く前に
向こうから来ていただいた。
まったく恐縮である。
仕事でなければ
そんなおエライ人たちと飲む機会も
ないのだが
今夜はなかなかの経験を
させていただいた。
袖すりあうも多少の縁と
申しますが、かなり濃密なご縁で
ございました。
実は、最近、今新聞をにぎわしている
事件と、袖すりあったという
経験がありました。
11月5日の夕方、
67歳の女性が堺市内の
ショッピングセンターから連れ去られ、
昨日その犯人とおぼしき男の供述で
遺体の一部が滝畑ダムで
見つかったというニュースが流れた。
それを目にしたとたん
むむむむむ~とdoironの脳が動いた。
待てよ、たしかdoironが
雨上がりの滝畑ダムを
散策したのもその頃ではなかったかと
ブログをひも解いてみた。
BINGO
その日の午後、doironは
滝畑ダムの周りを歩いている。
それも山の中ではなく
車が通れるような山の車道を歩いているのだ。
さらにさらに
そのニュースの映像を見ていると
な、なんと
doironがホコリタケがありそうだと
思って、道沿いの藪の中を
ごそごそと探していた
まさにその場所が
遺棄現場のようなのである。
記憶をたどってみると、
ダムの駐車場の閉まるのが
午後四時で、それに何とか
間に合うように帰ってきたわけだから
まさにまさに、犯行時刻の頃に
犯人がその後出かけたであろう場所を
doironは散策していたのである。
一日ずれたら
遺体発見者となっていたかもしれない。
きわどいタイミングであった。
もうちょっとで
犯人と袖すりあうところなのであった。
ま、ただそれだけのことやけどね。
いよいよ佳境に入って参りました。
忘年会。
明日は第7弾。
そして、しあさっては第8弾。
身体に気をつけないとなあ。
でもねえ、集まるメンバーごとに
いろいろ語り合うことになって
ついつい遅くなってしまうんだよなあ。
とっとと寝ます
やっぱり「絆」でしたねえ。
今年の漢字。
これ以外ないよなあ。
ある政党の会見時の
PRバックボードに
大きく書かれてあるのは
ちょっと気になるけど、
大方の予想はこれだったでしょう。
これまでこの漢字は
一般の人が目にする機会は
少なかったように思うけど、
今年はかなりの頻度で目にしたもんなあ。
でもねえ、マラソンを趣味にしている人には、
それほど馴染みの少ない漢字ではない。
マラソンを走っているのは
健常者ばかりではありません。
車椅子マラソンという
壮絶な競技はあるにはあるが
それはまあ、それなりに
選ばれし人のスポーツであるから
除くとして
目の悪い人や
心や頭に障害がある人も
最近は、一般の人と同じように
マラソンを楽しんでいる。
盲人の中には、驚くべき速度で
フルマラソンを駆け抜ける人もいる。
そんな盲人が走るとき
横で伴走する人と
一本のロープでつながっている光景を
見たことがあるでしょう。
あのロープのことを
「絆」
と呼ぶのです。
一本のロープを頼りに
フルマラソンを走りきる人の
伴走の人に寄せる思いや信頼は
いかばかりだろう。
下手をすると、選手生命どころか
命そのものさえ失いかねない状況下で
ロープにすべてをゆだねる。
これぞ「絆」やねえ。
亡くなった山田のこーちゃんも
晩年はこの絆を持って
盲人の伴走をしていたっけなあ。
盲人でなくとも
人一人が生きていくうえで
絆はなくてはならないものだよねえ。
家族の絆
友達の絆
恋人の絆
仲間の絆
目に見えないロープで
僕らはいつだって
支えられているんだ。
「絆」に象徴されるこの一年を
doironは二度と忘れないだろう。
そして生き続けよう。
いただいた命を
今度は誰かの絆に代えて。
たまにこのブログに登場するのが
職場の先輩であり
マラソンの先輩であり
広報の先輩でもあるKさん。
この人もdoironと同じく
ブログをされている。
その中では、自分のことを
「のん」と自称されているので
これからはこのブログでも
「のんさん」と呼ぶことにしよう。
そののんさんは自らのブログで
「団塊世代の定年ライフ」と称して
日々の出来事を綴っておられるのだが
その文章が、往年ののんさんの語り口同様
とても流暢なのだ。
そんな、ブログを読むことは
とても文章の勉強にもなるし、
もう定年もすぐそこに見えてきている
doironにとっては
定年ライフの過ごされ方が
これまた大先輩としての
お手本のようなものであると思っている。
日々、ブログを読ませていただきながら
「僕も早く定年が来ないかなあ」
なんて考えてしまうほど
いろいろと課題を抱えながらも
ひょいひょいと生きておられるお姿が
ある意味とてもうらやましく思えるのだ。
ところで、話は変わって、
doironが最近行ってるジムは
いつもがらんとしていて
たまに混んでも来ている人は
とっくに定年されて、
一線から退いている人がほとんどだ。
doironも最近はジムでも
せいぜい本を読みながら
バイクを漕いだり
トレッドミルでスロージョグ、
あるいはプールでも
泳いだり歩いたりの
健康スポーツを楽しみながら
おじさん風に過ごしている。
なので、まわりのそんなぬる~い雰囲気が
とても心地よいのだ。
ロッカールームでの話も
キロ4分がどうであるとか
バイクで100キロ超のロングライド
なんて話は皆無なのである。
それどころか、話しているのを
聞いていると、ここは病院の待合室か
と思うほどの病気自慢であったり、
能天気の集まりかと思えるほどの
のんきな日々の話であったりするわけだ。
例えば、「おい、最近淀川でうなぎがえらい
獲れてるらしいぞ」
「なら、明日行ってみよか」
「よっしゃ、ほな今からうちの家に来て
一杯飲みながら、仕掛けを考えよう」
であるとか
「今年はキャベツの巻きが悪いなあ」
「俺は来年は白菜にするわあ。鍋にも使えるしなあ」
なんて会話が飛び交ってるわけだ。
こちらは、最近は日々大変な目に会いながら
仕事をしているのだが、
そんな彼らの会話は、まるで
戦火の中を、ヒラヒラと舞う
蝶々の姿を連想させるように優雅で気ままだ。
doironも来年で56歳。
こうして様々な人間模様に囲まれて暮らしてると
のんさんのように、生き生きと
そしてジムのおじさんたちのように
のんきに悠々と生きる定年ライフを目指して
徐々に高度を下げていき
着陸地点に向かっていかねばと
しみじみ思ってしまう、今日この頃なのである。