南の島の土着民風自由人

自分の生活、計画し実行してきましたが、病気や人間関係など思いがけない障害に遭遇しました。

(^_-)-☆荒れた労働者

2012-10-04 22:04:45 | 行きすぎ

 1358 Buruh Mogok労働者が故障したのではなく、デモやストライキのことです。そういうタイトルで、放送されていた。昨日から、この前のデモの様子からして、相当、コントロールが効かない、羽目を外した行動がとられるのを予想して、会社は休みにしなくても日本人や韓国人は出社しない人が多かった。それは、賢明な判断だったと思う。私も会社ではなくゴルフ場に、06:00過ぎに向かった。EJIPの入口の突き当たりの交差点にはテレビ局の中継車が既に待機して、中継の準備をしていた。嵐の前の静けさだったようだ。

 

朝早かったが、従業員出勤バスは、早めに会社へ着かせるために、早めに迎えに行ったのでしょう。既に工業団地に向かう方向は渋滞をしていた。ジャバベカ工業団地方面は出勤者が少ない。休みにした会社が多かったと後で聞いた。賢明である。

ゴルフ場へ着くと、平日にもかかわらず、駐車場の車の数は土曜日曜並みに多かった。そして、受付カウンターの前には平日で一人しかいない受付女性の前で長い列ができていた。そして、皆さん、ちゃんとブッキングしているのです。突然の休みではなく。以前から今日は出勤しないと決めてあったのです。

 

ゴルフをしている最中にも、各会社の従業員から情報が入ってきていた。結論から言うと、MM2100もEJIPも事務局が従業員がデモに参加しないように出勤させて工場内から出ないようしようとしたが、それが裏目に出たようです。休みにしてしまって自宅待機を命じていれば、参加する、あるいは参加させられる人数は、少なかったと思うが、各会社に出勤してきているのですから、デモ隊の思うつぼになってしまった。デモ隊は、会社の門前で大騒ぎをして、中には門を壊された会社もあるほどで、強制的に男性社員はデモに合流させた。今から会社の仕事は止めて男はデモに合流する。女性は返す、という連絡を受けた日本人は多かったともう。

女性は、門の外に出された。多くの会社の従業員はデモに参加しなければならなくなってしまった。かくて、バイクに乗った若者が、工業団地内外を我が物顔で乗りまわした。FJIPの入口には、5000人とも6000人ともいわれるバイクと人が集まったという。

チカランバラットの高速の入口は警察が封鎖して、デモ隊が高速道路に侵入しないように警戒していた。チビトゥンもそのようだったらしい。高速を使いたい人は、解除になる18:00ごろまで両ゲートは使えなかった。デルタマスから入った人は、問題なかったようです。

 

私はどうしたか、何が起こるか分からないが、とにかく、家の方向(EJIPと同じ)に向かった、先ず、ジャバベカ2の中を通過した。マテル(テディベアーで有名)は休業、そのあたりの会社全てが休業、だから、セキュリティーが閉ざされた門扉の内側で外を警戒しているだけで、道は普段より空いていた。メイン道路に出て左折し、高速の入口方面に向かった。何事もない、日曜日のように空いていた。異変を感じたのが、カリマランの川を渡ったころからでした。対向車線勿論、こちらの道の中央寄り車線も対向車がハザードランプを点滅しながらやってくる。これは、前方で閉鎖されていてUターンしてきた車だなと思った。前の車はそのまま前進しているので、行き着くところまで行こうとそのまま南下した。何事もなかった、さっきのUターン車はなぜだったのだろうかと首を傾げながら、私はずっと順調、高速の入口前を通過した。

 

記念に写真を撮った。高速の上を越えて降りた時にいきなり右側の高速道路ジャカルタ方面だけの入口方向からバイクデモの大集団がやって来た。

 

初遭遇である。しかし、対向車線なので私の方は順調そのもの、その対向車線を私と同じ方向、EJIP方面にバイクデモ隊が逆走大行進を始めた。私の車と中央分離帯を挟んで並走して行った。間もなく、その並走とは別れて、私の家の方に入った。無事に何事もなく、ちょっと、物足りない感じで家に着いた。

 

工業団地と言う工業団地は、大小に限らず、デモ隊が威嚇行進をしたようです。そして、仕事をしている会社は軒並み、仕事を辞めさせられて、男はデモに引きずり出されたらしい。その点、ジャバベカ工業団地は、休業させたのが正解だったようです。ゴルフを一緒にやった人の中にも、会社は休みにして土曜日出勤にしたと言う人がいた。それらは中小の会社だが、バイクの集団が何回か前を通過したが、何事も起きていないという、報告が入っていたようです。

 

前回のデモから学んだことは高速道路に侵入させないことでした。それは、成功した。しかし、今回の問題点は、従業員を出勤させたことで、逆にデモ隊の人数が膨れ上がったことでした。そして、デモに参加したくなかった人も参加させられてしまったことでした。

デモ アウトソーシング ベースアップ

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(^_-)-☆闇の組織

2012-10-01 22:01:35 | 行きすぎ

 1355 誰かが危害を受けるわけでもない、破壊されるわけでもない、多くの人が利益を受けると思うことです。迷惑を受けるのは誰でしょうか。インドネシアでは必要なことでしょう。

先日、大学の卒業証書偽造の疑いである組織が摘発された。何故ばれたのかは、確認していないが、就職活動をするために偽造卒業証明書を添えて願書をだしたが、面接担当者から、これは偽造だと指摘されたて、返されたとか。彼は、怒って、偽造組織を訴えたという。滑稽な話で、自分も逮捕されたとか。

これは、偽造、証明書のほんの一例に過ぎない。ほとんどの会社は就職条件として高卒以上、というのがある。また、アカデミーやユニフェスタスで専門知識を学びたくても、高卒でなければ、それらの学校に入れない。

地方から、職を求めて、あるいは専門学校へ進むために、ジャカルタ近郊にやってきた若者の中には、高校を卒業していない人も大勢いる。KTPを持っていない人も大勢いる。 

なので、そこは、インドネシア。住みついた下宿屋の環境にはそういう先住者が大勢いて、彼らから、偽物を作る手段を教えてもらうのも当たり前です。各高校には卒業証書を発行するための営業担当者がいて、ラマダンが終わった時などは、営業活動が忙しくなるとか。帰省した人達のUターンと一緒に田舎から出てくる若者が多いからだ。今、丁度、忙しい時に当たる。

 住民票も自分で必要事項を書いたり、書類をまとめて申請すれば、新たな場所でも作ることはできるが、厄介なので、エージェントに頼む人が多い。エージェントは役所の営業担当者に頼んで作ってもらう。お金は個人の懐に入る。市場規模がかなり大きいらしいから、一人一人からの金額は少なくても纏めれば大きな金額になる。当たり前だが、警察もこの組織に係わっている。これらの多くのお金が、かかわっている人達、係わっている組織に配分され、個人の懐へ入る。

私が以前住んでいたコンプレックスは警察の上層部の人の所有、経営だった。アルソックの相談役もしていた。そこのセキュリティーに頼めば、そういうたぐいのことは直ぐに対応してくれて、本人が出かける必要があれば、セキュリティーがバイクで送ってくれて、役所の中の手続きも、彼の後をついて行けば良いだけである。私はその時の金額的な手伝いは何人かにしてやっている。

かくして、その土地辺りで生まれて、その土地の高校を卒業したという若者が誕生する。地元出身者採用が何十パーセント以上という規制をしているエリアも多いが、それも問題なくなる。

KTP(Kartu Tanda Penduduk)や高校卒業証書だけでなく、技術専門学校や大学の終了証書も頼めば手に入れりことができる。

 

学校へ行くお金が無い、多くの若者を救う必要な組織なのだとインドネシア人は納得している。日系企業を欺くことは罪だと思っていない。日本人が想像できないほど、あらゆる方向で、相当な広範囲で、様々な、偽装や偽造が行われている。疑い出したら切りがない。そしてその疑いは当たっているのです。それが、インドネシア。

 

 救済 組織 偽造

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(^_-)-☆新興工業団地

2012-09-28 22:11:53 | 行きすぎ

 1352 ある日本の方から、進出するに当たり、ジャカルターチカンペック高速道路沿いの工業団地の現状を教えてほしいという頼みがあった。多くの人が知っているように、チビトゥン(MM2100)が、一番ジャカルタから近く、その東の各インターチェンジに広大な工業団地がある。チカランバラット(ジャバベカ、デルタシリコン、EJIP,ヒュンダイなど)カラワンバラット(KIICほか)カラワンティムール(スルヤチプタなど)チカンペック付近(ブキット インダー、インドタイセイなど)全てではないが、高速道路から見える場所にある。MM2100,KIIC,スルヤチプタは高速道路を出ると、直ぐに、工業団地に入る。

ほとんどの工業団地の様子は知っているが、ただ、デルタマスの工業団地については、持っている情報が少なかった。デルタマスに住んでいたことはあるがその当時には、まだ、その気配が感じられなかったので、気にしていなかった。高速道路から南に1Km以上なので、沿線から見ることはできない。

最近、頻繁ではないが、時々、進出を決めたとか、土地を購入したとか、営業を開始したなどのニュースに触れるようになった。

グーグル マップには影も形もない。

 

そこで、どんな様子か、見に行ってみた。Greenland International Industrial Center (G.I.I.C)KIICと一字違いだ。検索すると、多分、KIICの間違いではないかと、出てくると思う。最近になって、ジャから多方面から、デルタマス(チカラン プサット)インターの手前、1Kmくらいに、GIICはデルタマスを出てから1Kmと言う看板が現れた。インターの出口は、南にしかない、そのまま、真っすぐ進むと、両側に様々なルコと分譲住宅地が並ぶ、その先に、ブカシ県の県庁、総合庁舎がある。まだ、真っすぐ進むと、間もなく、広大な荒涼とした空き地が見えてくる。ここまでが、1kmである。

 

ただ、ひたすら広い、向こうの端が見えない。1000Haと言うから、4Km×2,5Km、何だか、それ以上に広いような気がする。その中のほんの数Ha以内で工場の建設をしている。従業員が通ってきて、稼働したり、営業をしたりしている会社は二三社しか確認できなかった。アストラ オートパーツが一社だけ目立っていた。

広い道なりに1Kmほど入ると、オフィスと言う表示が無いが、オフィスらしき建物が右側に在った。しゃれたデザインである。

 

 グリーン?確かに二年ほど前までは、丘がうねった広大なグリーンに覆われていた。牛や羊や山羊の放牧には最適な場所だった。しかし、今やブラウンランドである。乾季の今、荒涼たる大地に砂塵が舞い上がっている。雨季になれば、恐らく、ドロドロの広大な沼地になることが予想される。

 新興 投資 近未来

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(^_-)-☆ゴムの木

2012-09-25 22:12:15 | 行きすぎ

 1349  ゴミではなくゴムの木の話。ほとんど人がいないエリアなので、ゴミは全く落ちていない。空気が澄んでいて清々しい。

グリーンキャニオンのもっと西に、20kmくらい行くと、道の両側がゴム園になる。行けども、行けどもゴム園である。800Haと言うことは、道程は13kmだったので、道も両側、奥行き300mずつになる。130×6で約800である。広大なゴムのプランテーションである。1Ha、一年1tonのラテックスを収穫できるという。だから、この広大な土地からたったの600tonしか収穫できないらしい。

ジャカルタの近くでは、チプララン高速道路のプロワカルタを出てスバンに向かう途中の道路の両側にある。ここも広大で、道の両側では2~3Kmしかないが、奥行きは両側とも5~6kmはあると思う。ムディックの時、スバンへ行こうとしたら、その幹線道路が向こうからの一方通行になっていて、行きの道は逸れて、ゴム園の中を延々と走ったことがある。

小学校のころから、ゴムの木の存在は知っていたが、実際にこの目で見たのはインドネシアへ来てからである。木に斜めに傷を付けて、そこから垂れて出てくる白いねっとりした樹脂をコップで受ける絵も見ていて知っていた。その実際を始めて見た時にはラフレシアに初めて会った時と同じくらい感激した。インドネシアなど東南アジアの各所にある風景だが、田舎、山地へ行かなければ見ることはできない。インドネシアでも同じことです。人があまり住んでいないようなところです。

http://otaenplaext.net/newpage0.html

http://otaenplaext.net/newpage34.html

 

ゴムの木を見たくて、わざわざ、探して訪ねて行く人はいないでしょう。私もそうだ。目的地へ向かう途中で、思いがけなく出会うことがある。パームトゥリーのプランテーションも同じことです。教科書で知っているが、日本では全く見られない環境にいつの間にか飛びこんでいるのです。ちょっとした、快感です。カカオやコーヒー園に遭遇した時も同じ感覚を味わうことができます。旅の一つの楽しみでもある。

楽しみ 南国 懐かしい

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(^_-)-☆孤軍奮闘

2012-09-21 22:21:45 | 行きすぎ

 1345 遠出の旅に出るつもりだったが、一昨日から飛び入りの断れない用事が入ってしまって、変更せざるを得なかった。日本からの装置、機械は太田化工から離れた。インドネシアへ飛びに出発した。

ということで、予定を変更して、手軽なパンガンダランへまた来ている。12:00にカラワンで用事を済ませて、そのまま、こちらへ向かった。18;00前に着いた。外は雨である。

一昨日のことがまだ尾を引いている。今どうされているのだろうかと考えると切りがない。

倒産した会社の一部だった、利益が上がっていた事業所の後を継いで、それも、当時の精鋭を直属の部下としたのだから、軌道に乗らないわけがない。と、言ってしまえば、誰だって、うまく立ち回ったと思うだろうが、実は、大きな困難があった。組合のことと、借入のことだった。外から見ていて、その困難さは、私には到底対処できないと思われるものだった。家族にもかなりの負担を掛けたと思う。

軌道に乗ったころには次々と色々な手を打った。打つ手が早すぎるじゃないの?と、見ていたが、それぞれの打つ手が好手なったようだ。外から見ていると、あれよあれよという間に会社の規模が大きくなっていった。それに伴い、人材の募集にも先端的に手法を使っていた。当然、そこまで、大きくなると、歪も、生じてくる。この数年は、何とか、押さえこんでいるという感じで、このまま、順調に発展する気配が薄れてきたように感じていた。バブルがはじけても、10年くらいは、世間の沈み具合とは逆に,上昇傾向に遭った。世間では、この会社を注目するようになった。知名度も急上昇した。全ては、この方が主役を演じていた。

 

私が、理解できないことが一つある。何故だ?と思う。上場を止めてしまったことです。私には株のことは分からないが、その後、この方の周囲の面々が会社の仕事を知らない人になってきた。製造業ではなく金融業に転じたのではないかと思うような布陣に鳴っていった。これは、違うのではないかと思った。

 

朝の露店の7:00頃、賑わっている。

インドネシアらしい風景。

 孤立 外観 中身

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(^_-)-☆物思い

2012-09-20 22:25:27 | 行きすぎ

 1344 一日、ボーっと物思いにふけっていた。昨日のホテルの部屋へ戻る後ろ姿が焼きついて離れない。まだ、信じられない。早朝インドネシアから離れえると言っていたので、今は、どこにいるのでしょうか、中国でしょうか、日本でしょうか、それとも、他の国でしょうか。

 「これからは、仕事のことを考えなくていい。世界のあらゆる動き、日本の政治そんなことも考えなくていい。全てから解放されて、一週間前から、良く眠れるようになった。色々なことを思い巡らせて、眠れない、眠っても、夢の中に仕事のことが出てきた。それが、今は、何も考えないからぐっすり眠れる。人間の脳というものはこんなにガラッと精神状態によって左右されるものかと、今わかった。太田君も、もう仕事を止めて日本に落ち着きなさいよ」

 「奥さんに話したら、喜んでいた。家族一同、集まってもらった。全員で8人だ。間もなく、孫が増えて9人になる、全員に集まってもらうような、何十年もこういう機会は作らなかった。これからは、夫婦で旅をしようと思う。ゴルフも最低5年はできるだろうから、付き合えよ。お前が死んだら、俺が弔辞を読んでやるからな。」そんなことを、何度も何度も繰り返していた。死んだら,弔辞に関しては、数年前から、繰り返して言われていて、その度に、「逆でしょ」と、返していた。

 

 とにかく、今言っていることと、本当の気持ちとは違うことが分かる。現状を受け入れられないので、心境と逆のことを何度も繰り返して言うのです。私もそうだが、本人はその何万倍も悔しいはずである。「ブルータスお前もか」だと思う。

 

 そう遠くない時期に自叙伝をしたためるでしょう。その中には、普通の人間では思いもよらない発想と行動で会社を発展させ、従業員やその家族に安心をもたらせてきたか、そんなテーマでも話が多くなるのだと思う。

 

 太田君のような生き方だできるならやってみたかったが、できない、性格だからな、太田君が僕のような生き方はできないと同じ事だよな。私も、そう思う。私が面倒をみることができる人数は50人止まりです。それ以内の人だったら、全員を幸福感に浸れるようにできるがそれ以上は無理だ、が、私に考えだから。

 

目立たないが、良く見ると、一人前の形と色合いをして、美しきひそやかに咲いている花。5mmくらいです。

 現実 まさか 受け入れ

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(^_-)-☆頭上の蚊

2012-09-09 22:11:25 | 行きすぎ

 1333 もう、五カ月も雨が降っていない地域が在る。インドネシア中各地で雨乞いの儀式が盛んに行われ出した。

60何年前、もっと以前のことは、韓国人は無視できないという気持ちは分かるが、現在の韓国の技術は、日本の資金や技術に依るところが最大だという事実も、否定できない。なんだかんだと言っても、今でも、韓国の産業は、肝心な部品や製造装置を日本からの輸入に頼っている。韓国の方が大幅な貿易赤字です。それらの部品の輸入をやめたら、ほとんどの産業で、物作りができなくなる状態だということも否定できない。

また、日本の企業をリストラされたり、早期退職したりして、韓国企業を手伝っている人も多い。その人たちは、日本並みの品質で物作りができるように指導していることも否定できない。

何かにつけて、ヒステリックな言いがかりをつける韓国に対して、彼らの企業を手伝っている日本人は、やめてほしいと思う日本人は少なくないと思う。

そういう、負い目があるから、韓国は日本に追い付け追い越せで、日本を無視できないが、他を見る余裕がなく、日本だけを意識して見ている。しかし、彼らにとって肝心な日本は、韓国をワン オブ ゼムにしか見ていない。だから、なお、韓国人はいらいらする。

頭の上をブーン、ブーンと舞うような蚊のようなもの、全く、わずらわしい。そう思う日本人も少なくないと思う。

 

両国のスポーツの試合でも、どう見ても、韓国人の方が暴力的に接して来る。応援の雰囲気も、日本以外の国との試合と明らかに興奮状態が違う。

 

親日派と思われる韓国人を犯罪者扱いする国の雰囲気を異常と思わないのでしょうか。中世良^ロッパの魔女狩りの世界です。ここに至っては、韓国を情勢を気の毒に思うばかりです。外から何を言っても解決しない。自分たちで気付いてほしい。日本人と同じレベルで話をしましょうよ。

そんな昔のことで、恨み辛みを言っていても仕方がないでしょ、こだわってばかりいたら、いつまでたっても、韓国の人は日本と対等な意識ないでしょ。

 

踏切で遮断機が上がった瞬間です。踏切の上は一車線しかないが、その一車線に向けて90度以上の角度から割り込みあいである。その中にバイクも参加する。

 

チカランゲートからリッポチカランへの道、チカラン トレーディング センター(TCT)の前、歩いて道を渡るには一旦、道の中央のちょっと高くなっているところまで渡り、車が来なくなるのを待つ。両方の車は、その中央ラインギリギリのところを走ってくる。ちょっとで、足を踏み外したら、大変なことになってしまいそう。人を見ても止まってくれる車は絶対無い。

 

ジャバベカ2のちょっと奥の方、MATERやRS,HARAPAN KELUARGA(ルマーサキッ、ハラパン クルアルガ)の通り、06:00頃、ちょうど日の出の時でした。

 

 頭上の蚊 足元のゴキ わずらわしい

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(^_-)-☆納得しないが

2012-08-30 22:16:43 | 行きすぎ

 1323 車の保険に加入しているが、先日の事故の修理代やレッカー車使用量は全く貰えなかった。修理の手続きが間違っていたそうです。保険が効く修理屋だったのですが、走らせることができないのだから、二日後には運転して家の戻りたかったことと、日曜日の朝だったので、急いで修理をしてほしくて、私が払って、後で自分で申請するから、とにかく早く走れるようにしてほしいと頼んだ。病院の保険は保険が効かない病院でも領収書とともに申請すれば払ったお金は戻ってくる。それと同じようにできると思った。また、今まで、二回保険を使って修理したことがあるが、その時、走ることができる状態だったので、翌日会社へ行ったときに総務に頼んで修理やへ出してもらっていたので、問題は無かったが、その時に、修理屋が呼んだ保険屋の人がその車の様子をチェックして、修理をして良いという許可を出して始めて、修理屋に保険会社から支払われる、ということを、知らなかった。

 

私が日本へ帰っている間に私が払ったお金は帰ってきていると思ったが、担当者によると、申請は無効だったという。事前に審査されない修理は保険会社は支払わないと言われてしまった。レッカー代も駄目かと聞いたら、駄目だと言われた。その担当者は、それで、納得してしまった。

 

丁度5000Km点検だったので、私が日本にいる間に点検と修理不足の場所を修理しておいてほしいと頼んでおいた。その車を買った場所の修理やへ持っていたので、なお修理を必要な部分が在って、それは修理したそうです。それは保険が効いたそうです。しかし、私には、どこを修理したのか分からないので、担当者にどこを修理してそれには修理代がいくらかかったのか聞いたら、そんなことは知る必要が無いから、聞かなかったという。ところが、はっきり目に見える、破れてしまって使えないタイヤが車の下に取りつけているのではなく、後ろに荷台に置いてあった、また、予備と交換した車にホイルカバーが付いていない。それらは、取りつけてもらうように頼んでおいたが、そのまま、になっていた。定期点検は五つの車を全く点検しないらしい。追加の修理はどこをしたのでしょうか。会社の担当者も、修理屋も、本当かどうか疑いがあるが、もし、保険屋の人が点検して、修理をOKしたのなら、三者全員が一体、何を見たのでしょうか。バンドゥンの修理屋から修理前と修理後、また、壊れた部品などなどの写真を取り寄せようともしない。不思議な話です。

 

保険会社の日本人と直接,話をする手もあるが、私のインドネシアの一カ月の生活費くらいで、たいしたことはない?ので、あきらめた。

 

 こんなことになる日本人は他にいないでしょうが、とにかく、保険に入っているなら、直接でも間接でも、保険屋に相談してから、修理をし、自分でお金を払ってはいけないということです。どんなに急いでいても、どんな僻地にいても保険屋が来てくれるのを待たなければならないことが分かった。もう一つ、定期点ではタイヤの状態はチャックポイントになっていないということも分かった。日本ではそんなことは無いでしょうが、インドネシアではそうでした。

 

 道端の売れ残りの瓜売りと私が行きつけのヘアーサロン、カットとカラーリングで8万Rp(約700円)です。向かい側にベチャが待機しています。

 

 点検 車両保険 修理許可

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(^_-)-☆ディルガハユ 

2012-08-18 22:11:42 | 行きすぎ

1311 Dirgahayu  Merdekaディルガハユ ムルデカ(万歳、独立)

67回目の独立記念日 スカルノさんとハッタさんが連名で独立宣言をしたのが、日本敗戦の二日後でした。

今年も独立記念日の式典はジャカルタ、大統領宮殿前をはじめ全国各地で行われたが、ムディックがポークに達していて、関係者だけが参加し、その他の国民は、ほとんど関心を示さなかったと思う。テレビでは、この日だけ、独立記念日特集を組んでいたが、67年も昔のことだし、日本なら一般庶民、兵士、政治家などの膨大な記録が残されているし、フィルムも日本、アメリカの物がまだまだ埋もれているほどたくさん残っているが、インドネシアには、記録が何も残っていないので、記録フィルムは毎年同じものを流すだけで、後はバラエティ番組になってしまう。

独立戦争の過程の記録もほとんどない。撮影もしていなかった。

 

インドネシアはとっくに独立をしたが、自立をしていないと思う。インドネシア自身で自立の定義を決めて、その定義を満たすようにしてほしい、そして、満たした時を自立宣言をして、その後は自立記念日として祝ってほしいと思う。

ムルデカ~~~(Merdeka~~)ではなくて、マンディリ~~~(Mandiri~~~)と言ってもしいものです。

 

チカンペックまでのムディック渋滞は、今日、昼過ぎに解消したと思う。しかし、確認はできないが、高速道路を終わって、一般国道へ出てから先、テレボン、インドラマユ。テガールなど、中小都市が北海岸沿いに連続してある。それらのあちこちで大渋滞はまで消えていないと思う。ジャカルタ近郊の渋滞は無くなっても、地方の渋滞は明日の夕方まで続くと思う。明日18日がプアサの最終日、ほとんどの人が故郷(Kampungカンプン)の家に到着するでしょう。

私は、2009年、三年前なので、9月20日がプアサ明けでした。その時のレバラン休みにムディックの真っ只中に紛れ込んで、ロンボックまで一人で車を運転して行った。

その時の記録

http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/page0408.html

http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/pageo407.html

その時の写真

http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/page0406.html

その時の元気というか、無鉄砲さと言うか、カラ元気というか、そういうものは、今は使いたくないので、去年から毎日ゴルフをやることにした。今年も今日からスタートした。体力が持つ限り、一緒に回ってくれる仲間が続く限り、26日まで挑戦してみようと思っている。費用は一日四千円と見て四万円くらいでしょうか。05;30頃、家を出て、戻るのが、遅くても14;00前、これを、約、十日続ける、できるでしょうか。

ゴルフ場は普段の土日の三分の一以下の車しか、駐車していない。今日は、コレアン方が多かった。

 

独立 自立 故郷

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(^_-)-☆雰囲気は年の瀬

2012-08-16 22:05:46 | 行きすぎ

 1209 日本はお盆休暇の真っ最中ですね。既にラマダン休暇に合わせて日本へ帰った人も多いと思う。日本への便は今日あたりがピークだったのではないでしょうか。

インドネシアは慌ただしい年の瀬のようです。

17日は独立記念日です。インドネシア中の学校で記念式典が模様されます。その予行演習が一カ月ほど前から始められ、今、追い込みです。

今日で仕事が終わりと言う会社も多いと思う。あした明後日がムディクのピークになりますね。この三日四日はインドネシア人にとって何かとザワザワした日々になるでしょう。大事故が無ければいいと思う。

 

 ところで、独立記念日の催しの予行演習中、直立不動で整列させられている。しかし、このカンカン照りの中、まともに30分も立っていられる子供は少ない。プアサだし、ピグサン(気絶)で倒れる者が続出、それを見込んで、救急車がある組織は救急車をスタンバイさせているし、それができないまでも、救護班、医者や看護婦がテントの下に控えている。そして、次々とそれらに運ばれてくる。そこまで行かなくても、直立どころか、帽子やジルバブを脱いでしまって、煽いでいる者、座り込んで仕舞っている者、寝転がってしまっている者などがいる。それでも、演壇で何かをしゃべっている人がいるし、国旗の掲揚の儀式の演習も進められる。

 当日はもっと直立不動で頑張ってしまう者が多くなるだろうから、気絶してしまう子供が増えるでしょう。日本でこの時期に何かの行事をするなら、冷房の利いた体育館か講堂でやるだろうが、インドネシアではそんな施設のある学校はゼロでしょう。

 

 毎年のことなので、何とか、行事のシステムを工夫すればいいと思うのだが、昔から同じ進行だ。昔は栄養失調でピグサンだったが、今は、体力的にひ弱になっていてのピグサンではないかと思う。それに、プアサだから、なおのことである。

 

 日本以外のアジアの大部分の国々はこの時期ほとんど同時に独立記念日や植民地からの解放記念日になっている。全国民が同じ気持ちで祝う日だ。日本だけ終戦記念日になっていて、複雑な感情が個人個人で異なっている。おりしも、韓国も中国も厄介なことをしてくれるなと思うのが、一般的な日本人でしょう。どちらの国も内政に何か不安があるのでしょうか、そういうときの指導者は日本を敵のようにして国民の関心を日本への怒りに向けようとする、常套手段ですね。日本の民間から登用された外相の発言は当たっている部分も多いと思う。感情的になってはいけません。

 

長距離列車のティケット(ボーディング パスと言っている)を見せて改札を入るときにKTPなどの身分証明になるものも示さなければならなくなっている。それを知らないで、他人から譲られたり、買ったり、または、名前のアルファベットが違っていたりして、乗車を拒否されている人がいる。ダフ屋行為の撲滅を図るための措置だが、テレビのインタビューに答えていた勘違いの人をどう扱ったのでしょうか、そこまでは知らない。

 

 日本から出発 千葉県上空から

 

お盆休み レバラン休暇 どこへも行かない方、インドネシアの雰囲気に浸ってみてはいかがでしょうか。

http://otaenplaext.net/newpage1.html

http://otaenplaext.net/newpage2.html

http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage%20top%203.html

http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage229.html

 

気絶 救護班 終戦日

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(^_-)-☆意識過剰

2012-08-12 22:04:58 | 行きすぎ

 1305 サッカー日本は残念でした。大山鳴動して、結局、手ぶらでしたね。私の期待以上に日本選手はよくやったと思う、ただ、なでしことのバランスもあって、次第に期待を多く持たれるようになってしまったのが、彼らにとって不運でした。残念でしょうが、切実さが違う。徴兵を免れることができるなら、少々のラフプレーは当たり前でしょう。

韓国は日本戦を念頭に主力選手を休ませた?それを指摘するのは変でしょ、なでしこジャパンは公言して、やっていたのですから。

 それにしても、日本の選手は韓国と試合をするのが苦手と言うか,嫌なんでしょうね。これは、サッカーに限ったことではなく、なんでもそうでしょ、バレー、女子の三位決定戦も日本選手は、本当は韓国とやりたくないと思っていると思う。こちらは勝っておめでとう。女性だから、徴兵とは無縁だから、それほど、向きになる必要もないし、体がぶっつかるスポーツではないから、韓国人の気がいをぶっつけられないので、サッカーに比べれば、日本にとってはやりやすい。

 それにしても、韓国は。どうして、日本に異常なほどの対抗意識を持つのでしょうか、日本人は、それほど対抗意識は持っていないと思う。日本に勝った韓国の喜びようと、韓国に勝った時の日本人の喜びようでは、かなり違うと思う。日本人は韓国人ほどは喜ばない。韓国以外の国に勝って時と変わらないと思う。

 韓流は世界に、はびこっているし、金メダルは沢山取っているし、竹島へ日本から上陸しようとは思っていないのだし、プロスポーツも韓国人選手が日本で活躍しているのですから、もうそんなに、向きにならなくてもいいんじゃないの?そんなに敵対心を持たなくてもいいんじゃないの?日本は、韓国だけを見ているのではないのだから、韓国も他の国とやるときと同じような気持ちで、あまり、感情的にならないで試合の望んでもらいたいものです。そうならなければ、精神的対等にはならないでしょう。韓国さん、もう、いいんじゃないの、充分、貴方の国の方が勝っていますよ。

 竹島だか独島だか知らないが、日本に勝って領有を主張することは無いでしょう。日本が勝ったとしても、わざわざ、領有を主張しないよ。韓国は、日本に対して、感情が過敏すぎるように思う。日本は韓国をそんなに意識していないよ。ワン ノブ ゼムですよ。

バレーボールで韓国が勝ったら、やはり、領有権を主張したのでしょうか。それなら、韓国は負けてよかったと思う。オリンピックを政治に利用してはいけない。憲章に反するはずである、以前に、モラルの問題でしょう。

 

日本にいる時には、5~7歳と遊ぶ機会が多かった。インドネシアでは、今日から平均年齢70歳くらいの人々と遊び始めた。

韓国 日本 意識過剰

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(^_-)-☆プアサ?

2012-08-11 22:14:52 | 行きすぎ

 1304 サッカーなでしこ、残念でしたね。しかし、良くやったと思う。佐々木監督が予選リーグで小細工をしなければアメリカに勝ったかもしれない。銀を取ったのだから、本人も満足だし、多くの日本人も大満足だと思うので、私の様な批判をする人はいないし、いたとしても大ぴらには言いにくい。そういうものです。分かる人は分かるが、ジャカルタを通りすぎる時、グロゴールを選ぶか、アンチョールを選ぶかです。どちらも渋滞が激しい、今までの自分の経験や知っている人のアドバイスを参考にして、どちらにするかを決める。どちらを選んでも、結果、あっちを選んでいれば、遥かに遅くなったかもしれないが、もっと速かったかもしれないと思う。確認することはできない。これとは比較にならない重大なことだったが、悔いは残るはずだ。

 

先日、高速道路ですっ飛んだタイヤは、破れてしまって修理しようがない。私が日本にいる間に、交換してくれてあると期待していたが、その気配が無い、ホイールキャップも、無くなったままだった。タイヤ屋を探すことと、MM2100へ向かったときに反対車線の帰り車線の渋滞がひどいことを見ていたので、一般国道ではなく、久しぶりにカリマランの土手通り(ジャラン カリマラン)を使った。最後に通ったのは三カ月ほど前である。その時は、凸凹が酷い状態だった。アスファルトに穴があき、それがどんどん大きく深くなっていた。避けようが無いほど広がり、数キロに渡ってどうしようもない道が続いていた。ところが今回は快適、コンクリート10cm以上に厚さできれいに舗装されていた。大型トラックは進入禁止だからか、ガラガラだった。タイヤを新品に交換してカルフールで買い物をしたが、渋滞にはまることは無かった。MM2100、チビトゥンからジャバベカ方面へ向かう時はジャラン カリマランをお勧めします。ただし、朝晩の通勤、退勤時間はバイクが道いっぱい占領します。事故を起こさないように注意。

 

 昼休みになると、各工場からバイクが一斉に出てくる。金曜日はブルジュンマッ(Berjummat)と言って、普段、近くのモスジッドへ行って大勢の人と一緒にお祈りすることが義務づけられています。大部分のモスジッドが小さい会社の社員は会社の外のモスジッドへ出かけて行ってお祈りし。戻ってきて、会社の食堂で食事をします。このプアサの時期、金曜のお祈りはいつもと同じように外にでて、戻ってきて、何も食べず、飲まずで、休み時間一杯、居眠りするのが普通です。

 ところが、今日の様子はかなり違う。工業団地の周りのワルン、レストラン、カキリマは大繁盛、その周りには車やバイクが普段より遥かに多く駐車している。駐車禁止の道路でも、金曜日のモスジッドの付近は交通法規より、お祈りの方が優先なので、渋滞になっている。しかし、今日はモスジッドの前の車より、ワルンの前の車の方が多くて渋滞を作っていた。早く、食べる場所へ行かないと、一杯になってしまうので、お祈りは省略しているのです。

 最近の女性従業員は弁当を持ってきている人も多い。

カリマラン ブカプアサ ブルジュンマッ

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(^_-)-☆レバラン休暇

2012-08-01 22:21:23 | 行きすぎ

 1294 ラマダンに入って10日以上過ぎた、もう、インドネシアのイスラム教徒のほとんどは、プアサの継続は止めて、断続になっているはずです。そして、今年は独立記念日とレバラン休日が連続しているので、8月16日から長期休暇になる、そして、26日まで休みにする企業が多いし、役所、公務員も同じ期間、仕事をしないでしょう。

 期間中は日本人の半数以上は帰国するかインドネシア国外から出るでしょう。その為の予約は一カ月以上前のとっくにしてあるはずです。家族同伴の人の100%近くはインドネシアから出ます。

インドネシアにいても国内旅行は、めちゃくちゃ混雑していて、旅にならないし、かといって、アパートに閉じこもっていて近くのレストランやカラオケやマッサージを利用しながらゴルフ三昧、というのも、ゴルフの仲間のほとんどはいなくなってしまうし、レストランやカラオケ、マッサージは全部と言っていいほど、クローズですから、不可能に近い。それでも、若干の日本人はインドネシアに留まっています。いったい、何をして過ごすのでしょうか。多分、何となくでしょう。

そういう私は、多くの人とは全く過ごし方が違います。レバランの時のインドネシアから出たことはありません。何をしていたかというと、やはり、旅です。この時期、一緒に旅をする友達はいないし、いたとしても、誘う気にはならない、というのは、かなり、背連の度になるからです。ムディックと言う、帰省ラッシュのまっただ中へどっぷり漬かりこんで東へ向かうので、非常に疲れるし、予定より倍くらいの時間がかかってしまう。それでも、私は、車を一人で運転して行きます。東ジャワへは何度も言っているし、ロンボクまでも車で行って、リンジャニ山にも登っています。帰省ラッシュとUターンランシュは耐えなければなりませんが、その間は、道はかなり閑散としているので、移動が速いし、プンギナパン(安宿)も空きが多いので旅をしやすい。ということで、旅をします。旅をしなければ、ゴルフに付き合います。インドネシアへ残る人は少ないので、そういう人はメンバー探しに苦労をします。だから、私が入るといえば、喜ばれます。

今年も、レバラン前のプアサ中にインドネシアへ戻り、レバラン明けまで、仕事をしても意味が無いので、8月末まで、自由に過ごすつもりだ。だから、旅とゴルフを楽しもうと思う。

 インドネシア人の帰省ラッシュは16日から18日でしょう。Uターンラッシュは25日26日だと思う。その間、ほとんどの会社は休みになるが、ナショナルホリデーだけしか休まないという頑固な会社もある。しかし、そういう会社も年休を取って個人的に休んでしまう人が多いので、稼働は限定的になる。客先はやっていないので、在庫の生産になるでしょう。

 朝市で売られていたもの

 レバラン 長期休暇 大混雑

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(^_-)-☆自分のためだけに

2012-07-31 22:05:06 | 行きすぎ

 1293 30日、ここまで、日本人の金メダルが無かったが柔道でとった。こんなことを書くと、憤慨する人がいるかもしれないが、取ると予想された人が、取れないという例の方が多い。メダルの予想は直近の成績、記録を参考にしているのだろうが、ひいき目と言うか、期待度と言うか、第三者の冷静な目で客観的に判断をしていない面がある。

オリンピックというのは独特な雰囲気の中で、思いがけない記録や力が出るし、逆に力が出せない人もいる。柔道の選手はほとんど全員がメダルをとってもいい実績を引っ提げて参加しているが、期待通りの成績は上げていない。水泳も今のところ、期待はずれ。だいたい、期待するなと言っても無理だろうが、期待しない方が、結果が良くなる可能性が高いように思う。体操もかなり、気分を変えないと惨憺たる状態になる可能性もある。過去の例から、思いがけない人が取ってしまうことは少ないが印象に残る。

 

メダルの数の予想すること自体に疑問がある。意味が無いと思う。日本でトップの選手たちのメダルを予想すること自体、失礼だ。なぜ、誰もかれも、予想したがるのでしょうか、選手を送る側も予測する、何のためでしょうか。国別で何位などと言うのは本当にナンセンス。マスコミも賭け率の発表をして、倍率が少ないなどと喜んでいるが、全く、意味が無い。

 

 ここまでくれば、勝負は時の運、日本代表の選手は悔いのない戦いをしてほしい、メダルなんかどうでもいい。自分が満足できればそれでいい。

 

用宗(モチムネ)海岸の様子、インドネシアの海岸とは別の世界だ。

コンディション 時の運 自分

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(^_-)-☆プアサ2012

2012-07-23 22:05:03 | 行きすぎ

 1285  20日からプアサに入ったインドネシア、来月の17~8日に開けるはずである。と言うのも、入りも開けもその日の前日にならないとはっきりしない。何故なのか良く分からないが、そういうものらしい。勿論、時間は地方によって違う。発表は、どこと、其のあたりが今開けた、という言い方をする。Jakarta dan sekitarnya(ジャカルタとその辺り)という。静岡はどうか、間違えているかもしれないが、浜松にこの辺りのモスレムの牧師長がいて、彼が、時刻表を発表しているらしい。それに従って、プアサを実行している。今は12時間を遥かに超えている。

南極近くや北極近くはどうするのかと、くだらないことを聞くなと言うことを有名な朴氏が質問会で答えていたのがおかしかった。

 

 私が経験したのは16年前、一年に10日ずつ前へ来るので、160日、5カ月と10日前に来たことにある。今年のレバランが8月19日ごろだから、2月の初めごろだった。当時は、まじめにプアサをする人が多いうえに、栄養が足りていなかった。プアサでなくても、プアサをしているような若者が多く、この時期には、腹ペコで、疲れてしまっていて、仕事の能率が明らかに落ちた。10時のパンや牛乳代と昼食代は現金で毎日支給していた。

 これは今も同じだが、通常勤務の人は昼休みを半分にし、その分、早く終業にしていた。

 

そして、十年数も経て、今の様子はどうかと言うと、断食にあまり気を使っていない。食事や飲み物に対してはかなり自由に取っている。要するに、かなり、いい加減になっているということだ。会社としては昼食は支給せずにいるが、自分たちでかなり自由に食べている。外へ出てワルンやカキリマで食べたり飲んだりしている。断食の時に昼間のワルンやカキリマが忙しくなる。変な現象です。

二週間過ぎたころには、男の50%、女はほぼ100%昼食を食べるようになり、プアサが終わるころにはほぼ100%の人がプアサを解禁してしまっている。だから、日本人もそれほど彼らに気を使う必要は無い。一緒にプアサに参加するもよし、普段通りに自由に食べたり飲んだりするのもよし、彼らは日本人の行動や気使いを気にしないというか、眼中にない。

期間中私は何回か従業員とともにブカプアサ(ブカブルサマ)に参加した。それも、別に、参加しようがしまいが、気を使うことは無い。サフールというのは、早朝、もうすぐプアサの時間になるから、起きて、今の内の食事をしましょう、ということです。夜回りならぬ、朝廻りをして、町内に呼び掛けるのです。”サフール、サフール“と言いながら。

http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0101.html

昔と違って、プアサの時期だから、腹が減っていて力が入らず、仕事の量も減るし、能率が上がらない、ということは無い。逆に、生活のペースが乱れ、寝る前に大量に食事をするので、体重が増える人の方が多いし、睡眠不足の人が多くなるということで、動きが悪くなることはある。これからも、この状態は変わらないでしょう。人は生活に余裕ができれば、宗教心は薄らぐ。

 

 ブカプアサ サフール ブカブルサマ

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