the HIATUSのこの新譜「A World Of Pandemonium」を聴いて
こんな音楽初めて出会ったって思った人や
なんて新しいんだろうって思った人や
なんて懐かしいんだろうって思った人や
もうついてけないやって思った人や
やっぱり大好きだって思った人など
いろんな感じ方が交差したんだろうし
今もしているんだろうなって思う。
私はその中で言うなら、懐かしい感じがした人。
それはかつて聴いた音楽っていうのではなくて
かつて感じた空気がそこに感じられたっていう。
私は海外ではイギリスにしか住んだ事はない。
でも、そこで出会った北欧の人たちや
アイルランドの人たち、スコットランドの人たちとの
時間を思い出した。人は時としてその国の空気をも
持ち込んでくるし、人は過ごした国の空気をも持ち帰る。
思い出という箱に入れて、時にそこで聴いた音楽に
しおりのようにはさんで。
このアルバムの全体のイメージを言うなら
「ムーミン谷」だ。
怒られちゃうかもしれないけれど
あのフィンランドの人が私にくれた空気が
そこにある。
あるいは「やかまし村のこどもたち」だ。
あるいは「ロッタちゃん」だ。
あるいはレイ・ブラッドベリが滞在した
アイルランドの空気だ。
ロックファンに怒られそうだけれど
その空気感をどうしても感じてしまった。
でも、それを細美さんは願っているような気がしている。
それは東北で今も大変な暮らしをしている
被災者の方に向けてのつかの間になるかもしれないけれど
その曲を聴いている時は感じられるぬくもり。
まだ寒い時に被災し、また寒い季節が訪れた東北。
そこに温かいものを
少しでも少しでも感じられるようにという
そんな思いを感じたアルバムだった。
1曲1曲についてはまた書くけれども
ひとつひとつの曲に彼が実際に
ボランティアとして行ったその場所で
感じたことや思うことが投影されているように
感じて、北欧の冬のように感じる歌が
福島や宮城の歌でもあるんだなって思った。
あえて、違う世界のように感じることで
人はやすらぐこともある。
私はこのアルバムを聴いて
旅している気持ちになった。
まるでthe HIATUSに
この世界のいろんな人たちが
強い生命力をもって
今と立ち向かっているところに
案内されているような
そんな気持ちになった。
電気を通さなくても
再現できるような
生音をたくさん
取り入れた曲。
ドラムがロックドラムというより
オーケストラの打楽器のように響き
アコースティックギターが
弦楽器であることを思い出させる。
ピアノは鍵盤楽器あるいは打楽器としての
もともとの顔を出し、
歌は空へ向かって放たれるようだった。
音が電気によっていろいろな音に変わって行く今の世の中で
あえて、その音をもとの原始の音に戻そうとしてるんじゃないかって
思うほど、ひとつひとつの音がくっきりと素のまま聞こえる気がする。
もちろん、いろいろ加工も重ねてはいるけれど、だからこそミキシングの
腕前というのかほんとすごいと思う。
すごい物質を取り出すために不純物を見事にとりのぞく
科学者のように。
私はこのアルバムを聴いていたら
いわゆるナショナルジオグラフィックのような
壮大な自然を感じるし、時にはビルディングの
立ち並ぶ都市の風景も感じはするけれども、
そこにも青空や太陽の光がうつるのが見えてくる。
もちろん、これは私の感じ方。
他の人はまったく違うかもしれない。
なんかわからないけれど
いつか細美さんは本当に
東北地方の人たちにとっての
サンタクロースになるんじゃないかと
思ってしまった。
彼はきっと東北が本当の本当に
再生する日までずっと自分を
注いで行くんだろうなって
感じるし、彼はそういう人なんだと
思う。
WAKE UP
それが何度も出てくる言葉。
「目覚める」
自分自身が目覚める。
希望に目覚める。
町が目覚める。
国が目覚める。
世界が目覚める。
そして、あなたが目覚める。
そんな祈りもここに感じた。
それも私の感じ方。
すべての人はまた違う。
だから音楽は素晴らしい。
こんな音楽初めて出会ったって思った人や
なんて新しいんだろうって思った人や
なんて懐かしいんだろうって思った人や
もうついてけないやって思った人や
やっぱり大好きだって思った人など
いろんな感じ方が交差したんだろうし
今もしているんだろうなって思う。
私はその中で言うなら、懐かしい感じがした人。
それはかつて聴いた音楽っていうのではなくて
かつて感じた空気がそこに感じられたっていう。
私は海外ではイギリスにしか住んだ事はない。
でも、そこで出会った北欧の人たちや
アイルランドの人たち、スコットランドの人たちとの
時間を思い出した。人は時としてその国の空気をも
持ち込んでくるし、人は過ごした国の空気をも持ち帰る。
思い出という箱に入れて、時にそこで聴いた音楽に
しおりのようにはさんで。
このアルバムの全体のイメージを言うなら
「ムーミン谷」だ。
怒られちゃうかもしれないけれど
あのフィンランドの人が私にくれた空気が
そこにある。
あるいは「やかまし村のこどもたち」だ。
あるいは「ロッタちゃん」だ。
あるいはレイ・ブラッドベリが滞在した
アイルランドの空気だ。
ロックファンに怒られそうだけれど
その空気感をどうしても感じてしまった。
でも、それを細美さんは願っているような気がしている。
それは東北で今も大変な暮らしをしている
被災者の方に向けてのつかの間になるかもしれないけれど
その曲を聴いている時は感じられるぬくもり。
まだ寒い時に被災し、また寒い季節が訪れた東北。
そこに温かいものを
少しでも少しでも感じられるようにという
そんな思いを感じたアルバムだった。
1曲1曲についてはまた書くけれども
ひとつひとつの曲に彼が実際に
ボランティアとして行ったその場所で
感じたことや思うことが投影されているように
感じて、北欧の冬のように感じる歌が
福島や宮城の歌でもあるんだなって思った。
あえて、違う世界のように感じることで
人はやすらぐこともある。
私はこのアルバムを聴いて
旅している気持ちになった。
まるでthe HIATUSに
この世界のいろんな人たちが
強い生命力をもって
今と立ち向かっているところに
案内されているような
そんな気持ちになった。
電気を通さなくても
再現できるような
生音をたくさん
取り入れた曲。
ドラムがロックドラムというより
オーケストラの打楽器のように響き
アコースティックギターが
弦楽器であることを思い出させる。
ピアノは鍵盤楽器あるいは打楽器としての
もともとの顔を出し、
歌は空へ向かって放たれるようだった。
音が電気によっていろいろな音に変わって行く今の世の中で
あえて、その音をもとの原始の音に戻そうとしてるんじゃないかって
思うほど、ひとつひとつの音がくっきりと素のまま聞こえる気がする。
もちろん、いろいろ加工も重ねてはいるけれど、だからこそミキシングの
腕前というのかほんとすごいと思う。
すごい物質を取り出すために不純物を見事にとりのぞく
科学者のように。
私はこのアルバムを聴いていたら
いわゆるナショナルジオグラフィックのような
壮大な自然を感じるし、時にはビルディングの
立ち並ぶ都市の風景も感じはするけれども、
そこにも青空や太陽の光がうつるのが見えてくる。
もちろん、これは私の感じ方。
他の人はまったく違うかもしれない。
なんかわからないけれど
いつか細美さんは本当に
東北地方の人たちにとっての
サンタクロースになるんじゃないかと
思ってしまった。
彼はきっと東北が本当の本当に
再生する日までずっと自分を
注いで行くんだろうなって
感じるし、彼はそういう人なんだと
思う。
WAKE UP
それが何度も出てくる言葉。
「目覚める」
自分自身が目覚める。
希望に目覚める。
町が目覚める。
国が目覚める。
世界が目覚める。
そして、あなたが目覚める。
そんな祈りもここに感じた。
それも私の感じ方。
すべての人はまた違う。
だから音楽は素晴らしい。