ラベンナに是非でかけたくて、飛んだ。 初めの2週間は時差できつくて、思うように情報もとれない。 本当に暑く、冷たい物も摂らないのに
おなかもまずく、高温の状況では、特別に食べなくてもおなかは微妙に反応するのだと、自分の体を知った。
多くの在住・旅人から届くように、「日本(に)は(チリが落ちていなくて、)Beautiful ! Clean ! 大好きよ」とのごとく、narita で、至福の感慨にひたりました。
ボローニャ・ラベンナと、街には趣があり、人で混んでいませんでした。
ボローニャの駅は、かつてテロの被害を受けたことがあり、駅の時計は当時のまま残され、時間は止まっています。
ツアーとは違って不経済で苦労もあるけれど、自分の脚と目口を頼りにマイペースで交通機関に乗ったり、歩いたり、お目当てに合いに出かける。
ラベンナでは、ネットからのみ知る映像が、教会遺産に並んでいた。古書に記載されていたのがきっかけで、著者は、大正13年生まれの医師。
時差のため、 目が多く影響を帯びて、その場でITによって知識をえるのは難しい。 若者の時間はスピーディーで、旅を後になってから整理するのは
年齢ならではのペースといえるだろう。
今、改めて[美術の物語]を開くと、時空が飛び交い、本の活字や写真がいっそう読みやすくなる。さて、この本が何を語ろうとしているのだろうか・・・・
ここ二晩、訪問しただろうか?と思われるような敷地の館がおしげに夢に登場している。続けてふた晩も。現地に到着した当初には、母や姉が登場していた。
映像の夢は、観光よりも自分の体を優先した惜しさが私に残っているのだろうか。それとも旅の感慨が私に空夢をとどけているのだろうか。
夢の映像をも、こうして語るにしても楽しめる。幸せなことだ。