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見知らぬ女性からの留守電、真実を告げる椿の花、不穏に響く野鳥の声・・・些細な事から平和な日常が暗転し、足元に死の陥穽が開く。
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2年前、57歳の若さで病死した作家・今邑彩さん。訃報に接した際の記事「限りあれば 吹かねど花は 散るものを 心短き 春の山風」で記した様に、自分は彼女の作品が大好きだった。「良い作品を書くのに、知名度が低いのは残念。」とずっと思っていたので、注目を集める様になった時には本当に嬉しかったのだが、其れから数年での死は残念でならない。
元々、寡作な作家なので、24年の活動期間にしては、作品数は決して多く無い。平均で言えば、「1年に、1冊刊行。」といった感じだ。自分が最後に読んだ彼女の作品は、2008年に刊行された「鬼」で、「此れが、彼女の最後の作品なんだなあ。もう新作が読めないのか・・・。」と思っていたのだが・・・。
アンソロジー形式では在ったものの、今邑さん個人の短編集としては未収録の過去の作品を集めた「人影花」が、昨年刊行された。ショートショートを含め、9つの作品が収録されている。
「鬼子母神と柘榴」に関する不気味な話の様に、植物には興味深い話が結構在ったりする。今回の「人影花」で初めて知ったのだが、椿には「人影花」という別称が在るのだそうだ。
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「なんでも、そこにいる人の数だけ、花を咲かせるからだとか。ものの本にそう書いてあった。」。
私は、ある昔話のことを話した。鬼に妻を奪われた男が、妻を取り返しに行く話である。男は鬼の住み家に行き、妻に再会するが、逃げる前に鬼が帰ってきてしまう。妻は慌てて夫を隠す。ところが、鬼は、一つ増えていた椿の花を見て、誰か隠れているのではないかと疑う。妻は夫を助けるために、とっさに「妊娠したのよ。」と嘘をつき、喜んだ鬼が酔って寝てしまったすきに、隠れていた夫が鬼を殺して、妻を奪い返すという話である。
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此の昔話が紹介されていた事で、「人影花」という作品がどういう展開をして行くか、早い段階で見当が付いた。しかし、結果的に其の見当は大外れ。多くの読者をミスリードさせ、どんでん返しの後に更なる大どんでん返しを設けている所なんぞは、流石で在る。
初期の作品が多い事も在り、出来の良い作品とそうじゃ無い作品が混在している。個人的に面白かったのは「疵」、「人影花」、「もういいかい・・・」、「鳥の巣」。ショートショートの「もういいかい・・・」には、星新一氏の作品に似たテイストが感じられた。
単行本未収録の今邑作品は、判っているだけでも8作品残っているが、ショートショートが大半なので、1冊の単行本として刊行する分量では無いと言う。何とかして、残りの作品を読んでみたいもの。
総合評価は、星3.5個。