*********************************
夏木林太郎(なつき りんたろう)は、一介の高校生で在る。「夏木書店」を営む祖父と、2人暮らしをして来た。生活が一変したのは、祖父が突然亡くなってからだ。面識のなかった伯母に引き取られる事になり、本の整理をしていた林太郎は、書棚の奥で、人間の言葉を話す虎猫と出会う。虎猫は、「本を守る為、林太郎の力を借りたいのだ。」と言う。
*********************************
「神様のカルテ・シリーズ」で、人気作家の仲間入りを果たした夏川草介氏。現役の医師でも在る彼が、「神様のカルテ・シリーズ」以外で初上梓した長編小説「本を守ろうとする猫の話」を、今日は紹介させて貰う。
売れ筋の本では無く、そうは売れないけれど、心を揺り動かされる名作を取り揃えた「夏木書店」。祖父が営む此の書店で2人暮らしする林太郎は、見掛けも頭も決して冴えないけれど、本に対する愛情は誰にも負けない高校生。そんな彼が、祖父の急死によって、不思議な迷宮に足を踏み入れる事になる。突然現れた人間の言葉を話す虎猫から、「本を守る為、力を貸して欲しい。」と頼まれたからだ。
「『此れ迄に、5万冊以上の本を読んだ。』と、読了数を増やす事だけに血道を上げ、読了した本は硝子張りのケースに鍵を掛け、“閉じ込め”ている男が住む迷宮。」、「少しでも多くの本が読める様、“極限の粗筋作り”の為、本を切り刻み続けている男が住む迷宮。」、「売れる本だけを上梓する男が住む迷宮。」、そして「此れ等の男達が林太郎と出会った後、どういう“現実”に直面しているかを見せ付け様と、待ち構える女性が住む迷宮。」の4つが登場する。
“本に対する意識”は、人によって異なるだろう。何の意識が正解で、何の意識が誤りというのは、数学の答えの様に、バシッと1つに決まっている訳では無い。「本を読みたいのだけれど、読む時間が無い。」という人は、“極限の粗筋”に魅力を感じるだろうし、「良い本だけを上梓しろと言っても、売れなければ営業は続けられない。」というのも判らないでは無いし。
一番心に残ったのは、第2章の「第二の迷宮『切りきざむ者』」だった。最近は「〇分で判る名作集」みたいな本が、結構人気だと言う。「過去の名作を読みたいのだけれど、読む時間が無い。」という人達に向けて、出来るだけ短い粗筋を載せた本だ。本好きの人間としては、「粗筋を読んだだけでは、作品の全体像が掴めても、本質的な部分は判らないだろうに。」と否定的な考えを持っている。(作品を実際に読む前の取っ掛かりとしてなら、「在り。」だとは思うが。)
だから、第2の迷宮に住む男が、「走れメロス」の“極限の粗筋”として、冒頭に書かれている「メロスは激怒した。」の一文を挙げているのには、思わず笑ってしまったのと同時に、「極限の粗筋となると、こうなってしまうのだろうな。」という苦い思いも。
*********************************
「安っぽい要約やあらすじがバカみたいに売れる。」。(中略)「ただただ刺激を欲しているだけの読者には、暴力や性行為の露骨な描写が一番。想像力のない人向けには“本当にあった話”なんて一言添えれば、それだけで発行部数は数割アップ、売り上げは順調に伸びて万々歳。」。(中略)「どうしても本に手が伸びない人のためには、もう単純な情報を箇条書きにすればいいだけ。成功するための五つの条件とか、出世するための八か条なんてね。そんな本を読んでるから出世できないなんてことには、最後まで気づかない。でも本を売るという最大の目的は無事達成というわけです。」。
*********************************
「夏川草介」というペン・ネームは、彼が大好きな作家の名前を並べただけの物なのだとか。「『夏』は夏目漱石氏、『川』は川端康成氏、『介』は芥川龍之介氏、そして『草』は夏目氏の『草枕』から取った。」と。本に対する深い愛情が伝わって来る逸話だが、そんな思いが、此の作品には溢れている。
総合評価は星4つ。