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昭和38年、北海道礼文島で暮らす漁師手伝いの青年・宇野寛治(うの かんじ)は、窃盗事件の捜査から逃れる為、身一つで東京に向かう。東京に行きさえすれば、明るい未来が待っていると信じていたのだ。一方、警視庁捜査1課強行班係に所属する刑事・落合昌夫(おちあい まさお)は、南千住で起きた強盗殺人事件の捜査中に、子供達から“莫迦”と呼ばれていた北国訛りの青年の噂を聞き付ける。
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奥田英朗氏の小説「罪の轍」は、東京オリンピック開催の前年、即ち昭和38年の日本を舞台にしている。昭和20年の敗戦でどん底を味わうも、昭和31年には「最早、戦後では無い。」という言葉が流行する等、驚異的な復興を遂げて来た日本。東京オリンピック開催に向けて、インフラ整備に邁進していたのが昭和38年。国としては高度経済成長を続けていたが、一般市民の生活は「三丁目の夕日」でも描かれている様に、豊かとは言い難い状況。自分が幼かった頃も、そんな雰囲気が残っていたっけ。
奥田氏の小説「オリンピックの身代金」は、「罪の轍」より1年後、即ち昭和39年の日本を描いた作品。当時の世相が適度に描かれ、「行間から“昭和39年の匂い”が読み手に伝わって来る。」感じなのだが、「罪の轍」も(昭和38年に発生した)「吉展ちゃん誘拐殺人事件」を思わせる事件が登場したり、当時の状況が色々描かれていたりと、“昭和38年の匂い”に触れる事が出来る。
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・昌夫は何だろうと思いながら、岩村を先に行かせ、刑事部屋で警電を手に取った。他府県にかけるときは最初に九番を回し、三ケタの選別番号と部署の三ケタ番号を続けて回す。盗聴を防ぎ、有事の際にも警察だけは回線を確保する目的で設けられた、全国を網羅する専用回線である。遠方であるせいか、つながるのに三分ほどかかった。
・昌夫は、今さらながら時代の変化を痛感した。交通と通信網の発達は、一人の犯罪者をまたたく間に有名にする。
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携帯電話なんか、影も形も無かった時代。家庭用電話(黒電話)ですら、設置している家が珍しかった時代なので、外出先の刑事が本部と連絡を取るのも、公衆電話が使われている。又、「上野から稚内に電車で移動する場合、上野~稚内間の国鉄運賃は2,340円、特別急行の二等料金1,200円、青函連絡船の二等料金290円と、1人で片道3,830円必要。電車の場合は待ち時間を含めて役30時間掛かるが、飛行機の場合は約3時間。でも、速い分、運賃は何倍も高い。」という情報等、当時の事情が判って、非常に興味深い。
“昭和38年の匂い”が感じられるのは良いのだけれど、問題は“真犯人当て”の部分。捻りも何も無く、「誰もが真犯人と思う人間が、実際に真犯人だった。」という結末は、ミステリーとしてどうなのだろうか?「2019週刊文春ミステリーベスト10【国内編】」で2位、そして「このミステリーがすごい!2020年版【国内編】」で4位に選ばれる等、“ミステリーとして高く評価された作品”とは思えない出来だ。
総合評価は、星3つとする。