ば○こう○ちの納得いかないコーナー

「世の中の不条理な出来事」に吼えるブログ。(映画及び小説の評価は、「星5つ」を最高と定義。)

「ブラックペアン1988」

2007年12月20日 | 書籍関連
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外科研修医世良が飛び込んだのは、君臨する”神の手”教授に新兵器導入の講師、技術偏重の医局員等、策謀渦巻く大学病院・・・大出血の手術現場で世良が見た医師達の凄絶で高貴な覚悟。
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現役の医師で在り作家でも在る海堂尊氏が著した第5作「ブラックペアン1988」。上記したのは、その帯に記された惹句だ。処女作の「チーム・バチスタの栄光」と第2作の「ナイチンゲールの沈黙」、そして第4作の「ジェネラル・ルージュの凱旋」は「東城大学医学部付属病院の不定愁訴外来に勤務する万年講師・田口公平と、厚生労働省の”火喰い鳥”白鳥」というコンビを軸に据えて、現代の医療現場を描き上げている。「碧翠院桜宮病院を舞台にした第3作の『螺鈿迷宮』」及び「黄金の地球儀奪取を描いた第6作『夢見る黄金地球儀』」は、東城大学医学部付属病院が在る桜宮市を舞台にした話。そして「ブラックペアン1988」の舞台は東城大学医学部付属病院と、筆者は桜宮市を舞台に6作品を書き上げている。桜宮市という大舞台を前提にして、「東城大学医学部付属病院」やら「碧翠院桜宮病院」、「桜宮水族館」と作品毎に小舞台を変え、時代設定を微妙に前後させて来た訳だが、今回読破した「ブラックペアン1988」は「チーム・バチスタの栄光」が描かれた時代よりも凡そ20年前を描いている。田口・白鳥シリーズに登場する人物達の若かりし頃が描かれており、特に「チーム・バチスタの栄光」では東城大学医学部付属病院の病院長を務めている高階がビッグマウスな講師だったりと、”御偉いさん”達の若かりし姿が非常に興味深い。又、他の5作品のエピソードにチラッと触れられている等、”海堂ワールド”にグイグイと引き込む細工が為されているのも心憎い点。

海堂氏の作品はどれも、「これはどういう内容なのだろうか?」という興味を読み手に惹起させるタイトルだと思う。タイトル付けの天才と言えるのだろうが、「ブラックペアンって何?」という興味が今回の作品でも惹起させられた。ペアンとは「手術や外科処置に用いる止血鉗子」との事で、つまり「真っ黒い止血鉗子」。内容が余計に判らなくなり、益々中身が読みたくなる。

医療に従事されている人にとっては当たり前の事でも、ど素人の自分にとっては目新しい事実が多く盛り込まれている。例えば、手術前の外科医が念入りに「手洗い」を行うシーンが登場するが、これが実に詳細に描かれていて面白い。手洗い及び患者の患部を消毒するのに用いられているのが「イソジン」というのも驚きだった。うがい薬というイメージの「イソジン」だが、良く良く考えれば成分のポビドンヨードは消毒剤なのだから、手洗いや患部の消毒に用いられるのもおかしくはない訳だ。

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・ 渡海は、世良に視線を合わせ、言った。世良ちゃん、気をつけな。そいつに溺れるととんでもないことになる。いいか、どんな奇麗事を言っても、技術が伴わない医療は質が低い医療だ。いくら心を磨いても、患者は治せない。外科医にとっては手術技術、それがすべてだ。部屋を出ていくとする渡海に、高階講師が短刀のような言葉を投げつける。間違っている。心なき医療では決して高みにたどりつけません。渡海は暗い眼で高階講師を見つめる。「心なんてなくたって、俺はここまでたどり着けたんだぜ。」その笑顔に挑戦するように、高階講師は胸を張って渡海に言い放つ。「渡海先生、あなたは今度のオペに新しい世界を知ることになる。」

・ 高階講師はにこやかに答える。私は、技術が重要でない、とは言っていない。確かに、リークを減らすためには手術手技を磨き上げるのも大切だが、患者自身の回復力を高めてやることも同じくらい重要なことだ。そのふたつを並行して行うのが、正解だ。神がかりの技術を有した術者が、蜘蛛の糸を縒り合わせるようなアクロバット手術で、奇跡的にリーク・ゼロを達成して来た。佐伯外科では、選ばれし一部の人間しか執刀できないシステムになっている。だが、それでは困る。もし佐伯教授が倒れたらどうなる?桜宮の医療全体の質が、たった一人の外科医の去就に左右されるだなんて、社会システムとしてはあまりに脆弱かつ稚拙だと思わないかい?
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色々考えさせられる台詞が、あちこちに鏤められている。

或る方がネット上で「医療現場を描いた作品は概して『悪と善』という対比になりがちだが、この作品では結果的に誰もが悪では無かった。」といった書評を書いておられたが、これは正鵠を射ていると思う。確かに派閥争いやら妬みといった、人間界の嫌な部分は描かれている。だが医療という物に対して、その方向性は個々人によって異なるものの、強い心で向き合っている者達ばかりが登場しているのだ。時代設定は1988年。バブル景気の真っ只中に在り、国民の多くが「好景気の終焉」なぞ頭に無かった時代と言えよう。当時の世相もチラッと盛り込まれているが、その軽佻浮薄さが情けなくも在り懐かしくも在る。

総合評価は星4つ

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4 コメント

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イソジンの細胞障害性 (tak)
2007-12-20 09:04:59
おお★4つですか!
え~ちなみにイソジンは術前の手洗いや切開する部位の消毒には使われますが(最近は手洗いも水道水のみでやる大学病院もありますが)、患部には使うべきではないと考えられています。もちろんうがい薬のイソジンうがい薬は百害あって一理ありません。薄めたポピヨンヨードは細菌にはまったく効かず(てか細菌なんて合って当然なんですが。)口腔内粘膜の障害性のみがのこっています。
詳しくはこちらをご覧ください。
http://www.wound-treatment.jp/

え~話が横にそれましたが、多分リーク云々って話なので消化器外科のお話なのかな。まあどんな名医でも縫合不全は時々はありますよ。患者が糖尿とか喘息でステロイドを長期に投与されていると、もうリークは必然かも。もちろん外科医は技術がまず第一ですが、それが優れている外科医に心が無いという描き方ならそれはあまりにもステレオタイプなレベル。でもこの小説はそうではなさそうですね。
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>tak様 (giants-55)
2007-12-20 13:51:58
書き込み有難う御座いました。この件に関しては、現役の医師で在られるtak様の御意見を是非頂戴したいと思っておりました。

”ヨード”が付く物として自分がパッと思い浮かぶのは、幼少時に傷口に塗られて脳天が痺れる程に痛かったヨードチンキ。ヨーチンなんて呼んでいましたが、最近は余り使われていない様ですね。イソジンも患部に使われるべきではないという風に考えられているというのは勉強になりました。

海堂尊氏は現役の医師だけあって、医療現場に於ける様々な出来事を「悪と善」という単純な切り口で描いていないのが特徴だと思います。喩えは妙かもしれませんが、「ブラックジャック」でブラックジャックのオペの素晴らしさに感嘆する一方で、ドクターキリコの発言を100%否定出来ない自分が居るのと同様に、医療という物に対して真摯に立ち向かえば立ち向かう程、それぞれに懊悩する気持ちが湧いてしまうのだと思います。
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ブラックペアンというタイトルから (江戸っ子さち)
2007-12-29 08:22:04
 いつも拝見させて頂いてます。
初めてコメントさせて頂きます。
 
 正直今までブラックペアンって見たことないんです。
ただね、黒い医療器具って結構あるんですよ。
オペ室では、顕微鏡を使った細かい手術などは、銀色だと光が反射してしまい見えないとの理由で黒い手術器具があるんです。

 ただペアンくらい大きくなると黒い必要はない感じがします・・・
それともドクターの趣味 かな?(笑)

 今年もお疲れ様でした。
来年もブログ更新楽しみにしています。
  
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>江戸っ子さち様 (giants-55)
2007-12-29 11:55:02
初めまして。書き込み有難う御座いました。初めましてと書かせて貰いましたが、ハムぞー所長様のブログ等でしばしば御名前を拝見しておりますので、初めてという感じが全くしません。

手術器具というと、やや寒々しさを感じてしまう銀色の物がパッと頭に浮かぶのですが、黒いのも結構在るんですね。その理由にはなるほどと思わされました。自分とは異なった分野に従事されている方と話をさせて貰って楽しいのは、未知なる事柄を知る事が出来るから。本当に為になります。

「ブラックペアン」は或る人物が或る事柄をずっと心に刻んでおく為に、使われないままの状態で登場します。最後に”種明かし”がされるのですが、個人的には「ブラックジャック」の逸話とオーバーラップする所が在りました。

稚拙なブログでは在りますが、来年も宜しく御願い致します。良い年の瀬を御過ごし下さいませ。
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