ば○こう○ちの納得いかないコーナー

「世の中の不条理な出来事」に吼えるブログ。(映画及び小説の評価は、「星5つ」を最高と定義。)

「月下上海」

2013年07月28日 | 書籍関連

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昭和17年10月12日、八島財閥令嬢にして当代の人気画家・八島多江子(やしま たえこ)は、戦時統制日本を離れ、上海遣って来た。其処で彼女は、招聘元で在る日文化協会に潜入していた憲兵大尉・槙庸平(まき ようへい)から、民族資本家・夏方震(シャー・ファンチェン)に接近し、重慶に逃れた蒋介石政権通じている証拠を捜す様に強要される。「協力を断れば、8年前の事件の真相マスコミに公表する。」と。

 

8年前、多江子が夫・奥宮瑠偉(おくみや るい)と其の愛人美作志津子(みまさか しづこ)によって、殺され掛ける有名な事件が起きた。志津子は取り調べ中に自殺し、瑠偉は証拠不充分釈放されたものの、親元伯爵家から除籍され、満州へ追われた。そして奇跡的に一命取り留めた多江子は、スキャンダルを武器に、人気画家へ伸し上がった。だが、其の真相は、愛人と外地駆け落ちし様とした瑠偉を許せなかった多江子が、他殺に見せ掛けて自殺を図ったのだった。槙は何故か、其の秘密を嗅ぎ付けていた。

 

不本意乍らも夏方震に近付いた多江子は、其の人間的な大きさに惹かれて行く。夏も又、首と心に大きな傷を持った多江子の強さと孤独に惹かれ、心から愛する様になる。

 

軈て夏の求愛に心を開いた多江子は、槙にきっぱり任務を断り、夏の胸に飛び込み、共に生きる決心をする。だが、多江子の何気無く漏らした一言からヒントを得た槙は、工作員を捕え、夏をスパイ容疑で逮捕してしまう。

 

多江子は槙の利己主義付け込み莫大な謝礼と引き替えに、夏を憲兵隊本部から連れ出す取引をする。そして夏を実家の八島海運貨物船密航させ、上海から逃がす。だが、成功に油断した多江子は、槙に犯されてしまう。

 

槙の真の狙いが八島海運に在ると察した多江子は、命懸けの対決を余儀無くされる。そして・・・。

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今年の5月、「第20回(2013年)松本清張賞」の受賞作「月下上海」が発表された際、其の著者山口恵以子さんに注目が集まった。受賞会見では、「苦節25年、真っ暗闇を手探りで歩いていた様だった。(受賞で)遠くの方にぽつんと明かりが灯って、1本の蜘蛛の糸を握らせて戴いた。此れからも、面白い小説を書いて行きたい。」と語った彼女。「苦節○年」とは丸で演歌歌手の様な発言だが、其の経歴を知れば「『苦節25年』というのは、其の通りだなあ。」と思うだろう。

 

「1982年に早稲田大学文学部を卒業し、就職した会社が倒産した事で、30代から派遣会社に登録。派遣社員として働き乍ら、松竹シナリオ研究所で学び、2時間ドラマのプロットを多数作成。11年前からは丸の内新聞事業協同組合の社員食堂に勤務し、小説を執筆し続けて来た。」というのが彼女の経歴。其の事から、「社員食堂の小母ちゃんが、松本清張賞を受賞!」と大きく報じられたのだ。

 

「月下上海」は、第二次世界大戦中の1942年から、終戦の翌年で在る1946年迄の日本と上海を舞台にした作品。財閥令嬢で在り乍ら、男勝りの八島多江子が、出逢った男達によって、波乱万丈な人生を送る事になって行くのだが、其のキャラクターに加え、「失って初めて、其の人が自分にとって掛け替えの無い存在だった事に気付かされる。」というのが、大好きな映画「風と共に去りぬ」の主人公・スカーレット・オハラと非常に似ている感じがした。(“東洋マタ・ハリ”と呼ばれた川島芳子如き活躍を多江子が見せるのかと思いきや、其れは無かったのが残念。

 

西欧列強や日本によって支配された当時の中国の光景が、丸で目の前に在るかの様に、実に生々しく描かれている。「支配によって齎された華やかさ」の一方で、「支配された事による影」が存在。「当時の資料に、相当当たったんだろうなあ。」と感心してしまうと共に、筆力鼎を扛ぐ」という故事成語を思わせる程、文章力の素晴らしさ痛感

 

此の作品の世界に、もう少し長く浸っていたかったなあ。」という思いも在るが、冗長さの無い、“腹八分目”といった感じの今の長さが、結果的にはベターなのかもしれない。

 

総合評価は、星4つ


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