あいちトリエンナーレ2019が10月14日に幕を閉じました。不自由展などでクレーム付いたりしましたが、多くの参観者が有り成功裏に終える事が出来ました。
そして、今日「ボランティア等交流会」が有りました。
1つの事業を成し遂げて、その打ち上げ会が有りました。
「ボランティア等交流会」の受付です。
会が始まり、大村知事の挨拶です。
壇上で挨拶する大村知事。
津田監督の挨拶。
そしてボランティアの表彰があり、乾杯に移って行きました。
参加者同士の交流です。
スクリーンにトリエンナーレの様子が映し出されました。
左は平成28年11月3日にホテル 名古屋ガーデンパレス3階 『明倫』 で開かれた 「ボランティア等交流会」の時のものです。この時は会 費が1,000円でした。
右は今回。名古屋コンベンションホール3階 メインホール グローバルゲートで、 会 費:1,500円 でした。
参加費は上がるは、テーブル上の内容は貧弱な状態となっていました。
会期中、尽力してきたボランティアたちですが、どんな内容か知らずに金を払って参加したボランティアに対しては酷い仕打ちではなかろうか。
あいちトリエンナーレのボランティア活動をやっていますが、今回は6回目のボランティア活動です。
今日は愛知芸術文化センターで担当しました。
担当場所のシフト表で担当場所に付きます。
概ね30分毎で次のポストに移っていきます。
(10:05)
今日、最初に担当に着いた部署です。
地下2階のフロアー。
この先がオアシス21で、背の方がエレベーターになっています。
行き先の判らない人に道案内をしたりしますが、早い時間帯で通る人が少ないです。
(11:03)
同じ地下2階のフロアー。
こちらはピア・カミルの作品。
音楽のバンドのTシャツが繋ぎ合わされ、1枚の布になっています。
前回のボランティア時。
布は一番下まで垂れていました。
ミュージアムショップが隠れてしまうと言う事から捲り上げたのだろうか。
(11:33)
10階のエキソニモの作品。
Kissと言うタイトルの作品です。
アップしました。
(11:58)
地下2階へ下りてきました。
12時が交代の時間です。
加藤翼の作品で、この先のリハーサル室とこの右側で錦通りへ上がっていく階段の踊り場に有ります。
階段の踊り場の作品。
三味線と太鼓。事を演奏するアーチストたち。
そんなアーチスト達の腕にロープが結んであり、互いの演奏を牽制していました。
この場所。
オアシス21の上の池です。
(12:31)
朝、一番の担当場所だった地下2階のところです。
相変わらず、人の通りが少ないです。
(13:45)
13時から13時45分までが休憩時間でした。
午後の担当ポストに着きました。
向こうに見えるのが入口です。
来場者への案内が主な仕事。
(14:00)
こちらはdividual inc.の作品です。
ズラーと並んだモニター。
モニターに打ち出される遺書。
そして、カタカタとキーボードを打つ機械音。
人生最後の遺書が何枚ものモニターに打ち出されていました。
〇〇to□□。
それが母から子へだったり、妻から夫宛だったりする。
(14:30)
10階のエキソニモの作品のポストに再び着きました。
ここが今日、最後のポストです。
あいちトリエンナーレの5回目のボランティア活動をしました。今回、ボランティア事務局から名古屋市美術館の人員が不足していると連絡がありましたので、応募しました。
休憩時間や担当場所に置いて撮影しました。
名古屋市美術館
名古屋市美術館の正面です。
青木美紅の作品
朝、一番に着いた担当場所が青木美紅の作品でした。
作品の中央部。青木美紅の実家をイメージして作成した作品です。
四角い箱の中に手製の絵本のような物がモーターで廻っていました。
イギリス旅行で見つけたヒツジのぬいぐるみ。
箱の中の絵本。モーターでページが進んで行きます。
こちらもモーターで廻るページの本です。
青木美紅は18歳の時に人工授精で誕生したのだと告げられたと、説明に有りました。
箱の中の動く絵本は、小山内美智子さんをテーマにしていました。小山内さんは幼くして脳性小児麻痺を患いました。そして、出産するのを制限されました。美紅自身は人工授精で誕生しました。生みたくても生めない。また、生みたいのだが生む制限を受ける。そんな事を訴えていました。
この場所の担当に着きましたが、作品の壁はラメのような糸を沢山使った作品でしたので、来場者が背負っているザックで、作品に傷を生じさせないように気をかけました。
この室内に本が有って自由に手に取って見る事が出来ました。
椅子に腰掛けても良いし、マスコットのヒツジに触れても良かったです。
若い男女のカップルに腰掛けたり触れたりしても良いと伝えましたところ、この場所から去る時に「ありがとう」と声を掛けられました。
些細な事ですが、このような事がボランティアのやりがいに繋がると思いました。
藤井 光の作品
藤井光の作品は台湾で見つかった戦時中の台南を舞台にした「国民道場」のフィルムとその状況を今の若者に置き換えた映像でした。
共同生活をしていて朝の点呼。そして整列して番号。
禊ぎをする場面も有りました。
農業指導を受けたり算盤を習ったりしていました。
ラッパによる隊列行進。
こんな軍国主義を台湾人に叩き込んでいたのです。
古いモノクロフィルムと現代の若者が行進するカラーの場面。
全体を見て、反戦色があると感じました。
全ての作品が撮影OKでしたが、この藤井の作品だけが撮影はダメでした。
この場所で担当に着いていて、3人が撮影しようとしたので注意しました。
バルテレミ・トグォの作品
左が作品を使ったゴミ箱。
右はアフリカ各国の国旗をデザインしたゴミ袋。
モニカ・メイヤーの作品
手紙か、・・・・。
床にも紙が散乱しています。
この作品の場所。
通っただけです。
桝本佳子の作品
陶芸作品です。
こちらも作品の前を通っただけです。
上の左は鳥と壷が一体化していて、上の右は更と車が一体化しています。
下の両側は壷から鴨が飛び出ています。
リアルで凄い作品だと思いました。
あいちトリエンナーレのボランティア。今回は4回目です。
今日は円頓寺商店街・四間道会場が活動の実施場所でした。
スタッフやボランティアの活動拠点となっているふれあい館えんどうじ。
幸円ビル
今日の最初の活動場所。
幸円ビルです。
キュンチョメの作品です。
幸円ビル内にある
こちらもキュンチョメの作品。
会場の前と会場内の担当を15分で交代でした。
作品を見るとか、できる状態では有りませんでした。
作者の意図が判らずにこんな画像が流れていたと言うだけです。
シャトルバスの発着場所
幸円ビルの入口で案内するのとビル内の秩序保持が任務でした。
幸円ビルの北側が栄へ行くシャトルバスの発着場所に成っていて、走っていくのが見えました。
トリエンナーレ模様のプリウスとワゴン車。
正時と30分にスタートしていました。
美濃路ポケットパーク
お昼の休憩時間です。
四間道辺りを散策してみました。
美濃路沿いにポケットパークがありました。
五条橋の説明板が設置して有ります。
堀川に架かる五条橋。
五条橋をしたから見上げました。
四間道界隈
四間道界隈の家々。
案内地図です。
この地図に開慶座跡と言うのが載っています。
ここは、かつては浪曲や女剣戟を遣っていた小屋ですが、カイケイ座と言うストリップ小屋になりました。
そんな小屋も閉じました。
伊藤家住宅です。
この家屋、美濃路に面していて、多くの旅人が往来した事だと思います。
伊藤家は尾張藩の御用商人を勤めていました。
道路を隔てて東側に蔵があり、その先が堀川です。
川を使い水運などを手広くやっていたのでしょう。
伊藤家の内部。
外国人が来ていました。
四間道界隈です。
那古野1丁目長屋
ここが午後に担当した那古野1丁目長屋です。
那古野1丁目長屋の内部。
梁志和(リョン・チーウオーム) と黄志恆(サラ・ウオン)の作品です。
大きな写真が貼って有ります。
中央に置かれたテーブルです。
その上の写真は円頓寺商店街の人たちの協力で写真が提供されています。
そして、その写真を題材に色々のポーズの写真が並んでいました。
役者に触れる女性。
これも、大きな写真にして貼って有りました。
こちらの写真も大きな写真の元となった写真です。
説明では大阪万博うんぬん、と有ります。
今から50年ほど前のこととなります。
中央のテーブルに何枚もの写真が置いて有ります。
その写真を元にしたアーチストの作品。
ウォーリーを探せでは無いですが、テーブルの写真がどのような作品になっているか。
探す面白さが有ります。
こんな風になっているのを知りませんでした。
この場所にはスタッフとボランティアが居ました。
スタッフは優賞で動く人です。人に寄っては椅子に座ったままの人も居ました。
対応に、個人差がある。何とか解消できないものだろうか。
来訪者への対応で、事務局から何も話されなかった。
事前知識として教えて貰っていたら来場者に説明できたと思う。
あいちトリエンナーレのボランティアをやっています。
「あいちトリエンナーレ2019」参加アーティスト、洪松明(ソンミン・アン)&ジェイソン・メイリングのワークショップ『世界を変える歌』の参加者募集がありました。ボランティアで参加する意識で、どのようなモノかシッカリ掴まずに応募しました。
そして、参加OKの連絡がありました。
会場は名古屋市中区栄5丁目の栄ビルB1でした。
ここが栄ビルです。
栄ビルのBFで、地下へ降ります。
入口の案内です。
アノ先の部屋です。
入口です。
世界を変える歌と描かれています。
部屋に入りました。
写した写真。ピンボケでした。
中央がジェイソン・メイリング。右が洪松明(ソンミン・アン)。左はディレクターです。
洪松明(ソンミン・アン)&ジェイソン・メイリングの『世界を変える歌』 ワークショップ・パフォーマンスへ参加しましたが、何をやって良いのか判らないような状況でした。
参加者の飼う猫の「福」をテーマにして曲作りが進んで行きました。
でも、私はここで何も出来ない。
場違いな感じがして退席しました。
そして、14日に愛知県芸術劇場でMUSIC&ARTS FESTIVALが行われました。
あいちトリエンナーレのボランティアです。今日は3回目です。前回は8月28日でした。
今回は豊田会場のボランティアの数が少ないと言う事で応募しました。
会場運営の担当です。
担当場所を移動するときや休憩時間に撮影しました。
豊田市会場の地図です。
今日の担当場所。
豊田駅の周辺が担当場所です。
トリエンナーレのインフォメーションセンター。
ここの裏側がボランティアの控室となっていました。
名鉄の豊田市駅。
駅の下。
その一部がトリエンナーレの会場になっています。
担当場所に向うボランティア。
この先が展示室です。
小田原のどかの作品
TO2a。
小田原のどかの作品が展示してある部屋です。
TO2a。
部屋の内部です。
同じTO2aの部屋の内部です。
矢印は長崎に投下された原爆の位置を示しています。
その場所での米兵達の記念撮影。
こちらはTO2bです。
室内。
ネオン管で矢印を表現しています。
レンタルあかちゃん
しんかぞく。
レンタルあかちやんのチラシです。
会場A。
レンタルあかちゃんのスタートであり、ゴールです。
シティプラザの上階です。
ここが会場Bとなっています。
ここはゆうえんちで赤ちゃんを遊ばせます。
会場C。
会場C。
室内に入ります。
会場C。
先ほど遊んできた会場Bの用紙をトレースします。
ビニールのプール。
ここにトレースした用紙を入れます。
用紙をアップしました。
こちらは会場A。
奥の部屋です。
用紙が壁に貼って有ります。
壁の作品をアップしました。
レンタルあかちゃんのアーチスト。
子供連れで遊ばせたりするのに好いと思いました。
でも、赤ちゃん・・・・レンタル。
レンタルと言う言葉が気にかかりました。
小田原のどかの作品
新豊田駅の東。
新とよパークに設置された小田原のどかの作品。
戦前は騎馬像の台座となり戦後は平和の群像の台座となりました。
そんな、台座。
台座を持ってくることは出来ないので、木製で台座が制作して有りました。
小田原のどかの作品の解説。
Look at the sculptureと言うタブロイド版に載っていた写真です。
左は寺内元帥騎馬像で北村西望の作です。北村西望と言えば長崎の平和像を制作した著名な彫刻家です。
右は菊地一雄の平和の群像です。
騎馬像は戦時中金属供出で取り払われ、戦後に平和の群像が設置されました。
同じ台座が辿った運命。
小田原のどかは先の原爆投下地の矢印と言い、この台座。
平和を訴えたかったのではなかろうか。
喜楽亭
喜楽亭の外観です。
喜楽亭の玄関です。
喜楽亭では1階と2階でホー・ツーニェンの作品の上映していました。
作品を上映していて、撮影が禁じられていました。
その作品ですが、色々の作品が流れていたのですが、目に留まったのは小津安二郎の「秋刀魚の味」と言う作品です。
笠智衆と加藤大介が出ていました。
誰か判らないように顔を真っ白になった笠智衆と加藤大介。
艦長と部下と言うかつての関係です。
流れる軍艦行進曲。
そして曲に合わせて敬礼姿する加藤大介。
ホー・ツーニェンの作品も平和を訴える作品だと思いました。
あいちトリエンナーレのボランティアです。今日は2回目です。前回は8月7日でした。ボランティアの希望を出したのですが、ボランティアをする人が多いようで、希望した日でも割り当てがありません。
今日は円頓寺商店街・四間道会場が実施場所です。
今回の円頓寺・四間道・会場の案内図です。
えんどうじ ふれあい館
えんどうじ ふれあい館です。
この場所、円頓寺商店街・四間道会場のインフォメーションセンターになっています。
チケットの販売をしています。
それに、裏側ではボランティアスタッフのステーション的な役割も持っていました。
なごのステーション
今日。
1番の担当場所、なごのステーションです。
ここで、監視や会場運営、質問されたら応じるなどを努めます。
洪松明の作品の説明です。
映像作品で音声が流れます。
来場者の女性。
撮影可でして、カメラで撮ってました。
同じシーンが繰り返され、ズーと音声が続きました。
単調な作品。
何を訴えかけようとしているのだろうか。
那古野一丁目長屋
こちらは那古野一丁目長屋です。
古い建物で屋根神様が上がっています。
滅多に来る機会の無い場所です。
こう言う歴史的文化も併せて眺めると面白いでしょう。
本日。2番目の担当場所です。
梁志和+黄志恒の作品の説明です。
室内に大きな写真が展示して有ります。
それらが作品です。
子どもが母親につれられて来ていました。
女性の後姿。
オバサン(失礼)のように見えます。
こちらも女性二人。
どんなポーズなのでしょう。
四間道・円頓寺界隈
那古野の住居表示です。
位置的に堀川の西側です。
この辺り。
空襲の被害を受けていないみたいです。
何軒も戦前の家屋が並んでいました。
確か、番地が名古屋城を中心にして付番されていたと思います。
自分が今居る場所。33番地。〇〇番へ行きたい時は良く判ります。
でも、新しい住居表示で古い〇〇町と言う町名は無くなってしまいました。
便利になる反面、昔のモノが無くなっていきます。
四間道の通りです。
石垣で少し高くして有ります。
ここの東側に堀川が流れています。
堀川が高い位置になっているのだと思います。
円頓寺銀座街店跡
本日、3番目の担当場所。
円頓寺銀座街店跡です。
ここは葛宇路の作品の場所です。
かつては「みゆき」「ふじ美」と言う小料理屋だったようです。
葛宇路の作品の説明です。
画像。
無名の路に、葛宇路が、葛宇路と名付けて道路標識にプレートをつけました。
葛宇路のプレート。
撤収された葛宇路のプレート。
道路に自分の名を付ける。
こんなのも現代美術のだろうか。
たまたま、アーチストが葛宇路で「路」が付ていた。
こんな事。日本では考えられない事象です。
円頓寺本町
17時で仕事を終えました。
帰路。
円頓寺本町商店街で何人か、歩いて来る人を見かけました。
テレビカメラを持った人も居るグループでした。
何のグループなのだろう。
更に、歩いて来ると若い人たちが集まり、列を作っています。
こちらも撮影に関係が有ったのでしょう。
メーテレと描いたバッグが見えました。
感想
雨が降る天候で、来場者は多く有りませんでした。
なごのステーションや那古野一丁目長屋の入口の戸が閉まっていました。
来場者が入りやすく感じるように戸を開け放って置いてはどうだろうかと思いました。
作品的に映像のものが多いと思いました。
あいちトリエンナーレ 2019 は既に8月1日から始まっています。無理をしない程度で、週1回程度のペースでボランティア活動をやって行こうと考えていました。
これまでに、トリエンナーレのボランティアとしての活動するため、事前研修を受けたりしました。
今日はボランティアとしては初仕事でした。愛知芸術文化センターで会場運営で、来場者を案内する役目でした。
会場では、ほとんどが写真撮影OKです。それに手を触れて良いもの、悪いもの。それらの監視です。お客様から質問を受けた時は応じます。
今回のトリエンナーレ。「表現の不自由展」で色々と話題になっていました。もう、そのコーナーは撤去となっていました。
あいちトリエンナーレ 2019のパンフです。
今日からボランティア活動の開始です。
渡されたボランティアのTシャツを初めて着ました。
割り当てられた担当の場所です。
8階の入口で来館者を迎えました。
こんなシーンがありました。
私、休憩に入るタイミングでした。
大村知事と芸術監督の津田大介氏が会場を廻っていました。
中学生を案内しているガイドボランティアと談笑しています。
こちらは韓国から来たKBCの取材チームです。
今回、少女像を撤去と言う事態になりました。
日本人はこの事態をどの用に受け止めているか、インタビューをしていました。
ボランティア活動の拘束時間は15時まででした。
拘束が解けたところで、会場内を鑑賞させて貰いました。
ここが入口で、これから入ります。
今村洋平の作品。
袁廣鳴の作品。
台北の街なのでしょう。
ドローンから撮影しています。
ドローンから見下ろした映像が流れていきました。
この場面。
高速道路で車が1台も走っていません。
ワリード・ベシュティの作品。
フェデックスのダンボールに透明の容器が乗っています。
この作品。選択研修の際に画像で映し出されたものです。
画像を見て、何を感じるかと提起されました。
アート・ブレイクランド。
ダンボールで遊ぶ部屋。そんな感じの場所でした。
ダンボールに入った子ども。
それを見守るお婆ちゃん。
子どもはこう言うのが好きですねる
10階へ上がってきました。
エントランスから大きな声が聞こえました。
何人かの警官。
二人の人。一人はヘルメットを被っていました。
作品撤去の事で文句を言っていたのだろうか。
ウーゴ・ロンディノーネの作品。
カラフルな衣裳のピエロたち。
色々の所作を現しているのだそうです。
私は酩酊して、壁にもたれかかっているように見えました。
10階のエントランスへ出てきました。
何人かの人が床を拭いています。
先ほどの2人。
何かを撒き散らしたのだろうか。
地階のピア・カミルの作品。
黒いTシャツを繋ぎ合せて大きな布にしています。
作品をアップで。
首の部分にスピーカーがセットして有ります。
感想
今日からボランティアの開始です。
あいちトリエンナーレのボランティアは2010年。2016年に続いて、今回で3回目のボラティア活動となりました。
ボランティアを応募した人が沢山いるのかも知れませ。この日に活動すると応えても割当てが無い日が有りました。
2010年の時は芸文と長者町の間を行き来する草間弥生の水玉プリウスが走っていましたし、2016年の時は輪タクスタイルのベロタクシーが運行していました。
今回、映像の作品が多いように感じられましたし、何となく規模が縮小したように見えました。
それに少女像のゴタゴタも有りました。
第4回全体研修が開かれました。この研修ですが、ボランティア活動を行うための必修の研修です。 今日、その研修を受けてきました。 会場は今回も愛知県図書館となっていました。
今回は、最後の全体研修のです。
その研修の後、円頓寺会場の場所を確認するという事から現地へ向かいました。
愛知県図書館に来ました。
5階の講堂です。
まだ、研修が始まる前。
研修が始まりました。
配布された資料の確認。
そして、研修の流れの説明がありました。
車椅子の対応の研修です。
段差のある場所で、ボードを使います。
段差へのボードの掛け方。
車椅子の操作の説明がありました。
円頓寺会場へ向かいます。
五條橋の上です。
前方に円頓寺会場のアーケードが見えます。
円頓寺会場へ来ました。
「ふれあい館えんどうじ」。
ここがインフォメーション・チケットカウンターで、ボランティアが活動する基地になります。
株式会社コングレの社員が説明します。
そして、ここで解散となりました。
後は、自由に円頓寺会場を見て廻ってと言われました。
前の人に続き、円頓寺会場の中を歩いてみました。
スナック。そしてベトナム食堂やイタリア食堂が並んでいます。
本通へ出てきました。
ここが円頓寺で、円頓寺地区の名のもとです。
工事中の壁。
ここも、やがて作品となるのでしょう。
江川線の交差点。
四角に像が設置して有ります。
火縄銃を持った信長。
三方ケ原の戦いで負け戦となり、逃げ帰ったときの家康の像。
そして、秀吉と水戸光圀の像です。
円頓寺本町の通りです。
通りを歩いていて、金のシャチホコを見かけました。
そして、七夕まつりのポスターも見かけました。
7月31日から8月4日となっています。
トリエンナーレの内覧会が7月31日です。
そして、8月1日から幕を開けます。
この円頓寺が会場となっていることから、まつりの期間を広げているのかも知れません。
それにしても、64回とは歴史ある「まつり」になっています。
そ
この夏。あいちトリエンナーレ 2019 が開かれます。
そのボランティアとして活動します。
第3回全体研修が開かれました。この研修、第3回ですが、ボランティア活動を行うのに、必ず受けなくては成らない研修です。
その研修を、今日。受けてきました。
会場は愛知県図書館でした。
愛知県図書館へ来ました。
これから館内に入ります。
5階の講堂が研修会場に成っていました。
ボランティア活動について話しをする会田大也キューレーター。
トリエンナーレの会場は名古屋市と豊田市です。
名古屋市は愛知芸術文化センターと名古屋市美術館。それに四間道、円頓寺となっています。
対話型鑑賞体験の研修です。
並んでいる椅子で、前の人と一緒になりグループを作ります。
私のグループは5人でした。
スクリーンに映し出された作品。それはFedexのダンボールと透明アクリルケースが映った写真で、クリード・べシュティの作品です。
この作品を見て、どう感じるかグループ内でディスカッションしました。