
こんな人材が日本にも欲しかった。オードリー・タン。2020年に全世界を襲った新型コロナウイルスの封じ込めに成功した台湾。その中心的な役割を担い、世界のメディアがいま、最も注目するデジタルテクノロジー界の異才が、コロナ対策成功の秘密、デジタルと民主主義、デジタルと教育、AIとイノベーション、そして日本へのメッセージを語る。本連載はオードリー・タン著『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社)の一部を抜粋し、再編集したものです。
「アジア・シリコンバレー計画」で台湾が激変する
「・」で連結することによって起こるイノベーション
「圏論」という、とくに私が興味を持っている数学の理論があります。これは、一見違うように見えても同じように相互作用しているものについての学問です。「あるものの相互作用の仕方を、他の相互作用の仕方に自然と変換するにはどうしたらいいのか」を考えるのが、「圏論」の特徴です。
たとえば、「社会的企業」という名称は、これまで「社会的」が形容詞であり、「企業」は「社会」という単語によって修飾される名詞であると考えられてきました。しかし、「その考え方は違う」と主張する人たちがいます。「社会的企業とは、社会問題を解決することが本来の姿であり、社会こそが主体なのだ」という論理です。
そこで私は、社会と企業の間に「・」を入れて「社会・企業」という名称を考えました。この「・」は、「社会は社会に帰属し、企業は企業に帰属する」という意味で加えたものです。今、私たちが行っている仕事は、まさにこの中間点が表す「連結(・)」です。社会が企業とつながるこの「・」こそが、イノベーションであるというわけです。

オードリー・タン 台湾デジタル担当政務委員(閣僚)
イノベーションが起こった後の社会は、イノベーションを通じて企業が発明した新しい製品やシステムとリンクされます。こうした力を私たちは社会のために応用でき、企業もまたイノベーションを通じて、新しい社会的価値を見つけることができるのです。
企業も社会に貢献しています。そう考えると、「社会と企業のどちらが主体なのか」ということではなく、両者は真ん中の「・」によって結合されたものであるということになります。さらに、この連結は環境やガバナンスや様々な価値ともつながり、最終的にはひし形になります。たとえどんなイノベーションであっても、帰結するところは同じです。
この方法は、台湾政府が推進する「亜洲・谷計画(アジア・シリコンバレー計画)」の真ん中に「・」をつけたのと同じことです。台湾のシリコンバレー計画は桃園を拠点とし、台湾全土を対象としています。三年半前に計画をスタートさせ、とくにシリコンバレーをはじめとした世界の企業(グーグルやマイクロソフト、アマゾン)が台湾を「市場」にするだけでなく、研究開発の場としてくれることを目指したものです。
それがこの三年半の間にかなり良い成果を生んでいます。たとえば、グーグルのアジア最大の研究開発総本部は台湾にあり、世界の大企業の中には百人以上のスタッフを抱えた研究開発チームを置いているところもあります。
これは太平洋に埋設された光ファイバーケーブルが台湾に直結し、香港にはつながっていないことも功を奏したのかもしれません。このため、「台湾がイノベーションの源泉になる」と言ってくれた人もいます。
シリコンバレーとアジアをつなぐ役割を台湾が担う
台湾には言論の自由がありますが、中国ではグレート・ファイアーウォール(中国本土のインターネットに存在する情報検閲システムと関連する行政機関のこと)によってイノベーションの空間がどんどん狭くなっているからです。香港出身の友人で、台湾に残ってイノベーションを続けている人もいますし、私のオフィスにも、もともと上海で働いていたというスタッフが何人かいます。
それはさておき、この計画はシリコンバレーのものまねをアジアに導入しようとするものではなく、シリコンバレーをアジアに移転させたいわけでもありません。要は、「シリコンバレーとアジアをつなぐ役割を台湾が担いたい」というものです。「シリコンバレーの問題を解決できる人材であれば、アジアの社会問題を解決できるだろう」という期待を込めているのです。
逆から見れば、シリコンバレーで起きた問題をアジアで解決することも可能です。ですから、この場合でもどちらが修飾語という問題ではなく、相互にリンクしていることになります。アジアとシリコンバレーの連結と、社会と企業の連結は、実際にはまったく関係ないものかもしれません。しかし「・」を用いることで、それぞれが形容詞と名詞の関係から名詞と名詞の関係になり、さらにイノベーションによって連結されたこれらの関係は、同等レベルのものへと転換されるのです。
これが「圏論」という学問で、一見まったく関係のないようなテーマを同じように扱うことで、同じように良い結果を得ることを考えるのです。
インクルージョンや寛容の精神は、イノベーションの基礎になる
性質が完全に異なるといえば、化学における反応は物理における基礎で、化学における分子式もまた物理の法則に基づいています。仮に物理と化学がまったく関係ないのであれば、物理の法則を化学者が使うことはできず、化学者の発明したものを物理学者が研究すべきではないということになってしまいます。
しかし、理論物理学は実験物理学から派生したものであり、実験物理学は化学的な方式を用いて物理の理論の検証を行うものです。この場合、実験物理学者は、理論物理学者と理論化学者の中間に立って両者を結ぶ役割を果たしているのです。
生命科学の分野では、現在、新型コロナウイルスのためのワクチン開発が進んでいますが、このワクチン開発にも化学の知識は必要とされます。もし化学の知識がなければ、ミクロの尺度でウイルスの繁殖を妨害したり、新しい化学材料によってウイルスが人体に入り込むのを阻止したりなどできません。
また、マスクは一つの物理の技術によって製造されたものです。マスクは、ファンデルワールス力(分子と分子の間に働く弱い引力)というものを使って微細なウイルス分子がマスク表面にある物理的物質によって吸着され、ウイルスの侵入を防ぐ仕組みになっています。
つまり、生命科学の分野でも、薬やワクチン、マスクそれぞれに物理や化学の知識が必要なのです。それらの知識があってはじめて、どの方式を使って開発するかということが考えられるのです。このように、物理と化学は性質こそ異なっていますが、相互に関係し合っているのです。
寛容の精神がソーシャル・イノベーションを促進
一方、宗教の中には、人と人との違いを奨励する宗教もあります。しかし、仏教ではすべての生物の平等を語っていますし、道教の観点から見れば「人の数だけ神がいる」ということになります。これらは比較的インクルーシブな宗教と言えるでしょう。というのは、「私の信じる宗教の神とあなたの信じる神のどちらか一方しか選べない」というような状況にはならないからです。
実際、道教の後期には、どんな神も道教の中に入ってくることができるようになりました。つまり、既存のどんな宗教も道教を否定することなく、道教と相互に共存することができるのです。民間の宗教を信仰する友人の中に、ローマ法王と議論する目的でバチカンに行った人がいますが、ローマ法王が一神教の信仰しか認めないという頑なな態度であれば、議論は難しいでしょう。
台湾にはインクルージョンあるいは寛容の精神があります。だからこそ、精神や信仰といった面においても、人々と協調し、発展することができるのです。また、自分とは異なる神を信仰している人を敵とみなすこともありません。他の宗教の神について知らないだけかもしれませんが、そうした別の信仰についても「知ろう」と思う態度を持つことが、よりインクルーシブな社会へと進むカギになるのではないでしょうか。
これは日本人の考え方にも似ているように思います。日本人は一つの物、場所、概念、果ては言葉にまで、「神が宿る」という考えを持っていたはずです。道教で信仰の対象となるのは、人間が多い(関羽や月下老人など)のですが、台湾の民間信仰では、日本と共通した部分が非常に多くなります。それこそ一つの石に願掛けをして、願いが叶えばその石を神様として崇めるというようなこともあります。
こうした点で、日本と台湾は似ているように思います。「人間として優れているから、神として奉られる」のではなく、「どんな物であっても、人間の心を感動させたり、何かを感じさせたりすれば、それで精霊が宿る」という考えです。
こうした考えは、インクルージョンあるいは寛容の精神によって支えられています。それがあることによって、ソーシャル・イノベーションがより進みやすくなるということも言えると思うのです。
オードリー・タン 台湾デジタル担当政務委員
Taiwan changes drastically with "Asia Silicon Valley Plan"
Innovation caused by connecting with "・"
There is a mathematical theory called "category theory" that I am particularly interested in. This is a discipline about things that seem different but interact in the same way. The characteristic of "category theory" is to think about "how to naturally transform the way one interacts into another way of interaction".
For example, the name "social enterprise" has traditionally been thought of as an adjective "social" and a noun modified by the word "society". However, some people argue that "the idea is different." The logic is that "a social enterprise is the original form of solving social problems, and society is the subject."
Therefore, I came up with the name "society / company" by putting a "・" between society and the company. This "・" is added to mean "society belongs to society, and companies belong to companies." The work we are doing right now is exactly the "connection (・)" that this midpoint represents. This "・" that connects society to companies is innovation.
Audrey Tang Taiwan Digital Minister Without Portfolio
After innovation, society is linked to new products and systems invented by companies through innovation. We can apply these powers for society, and companies can also find new social value through innovation.
Companies are also contributing to society. If you think so, it does not mean "Which is the main body, society or company?", But it means that both are connected by the "・" in the middle. In addition, this consolidation also connects with the environment, governance and various values, eventually forming a diamond. The consequences of any innovation are the same.
This method is the same as adding a "・" in the middle of the "Asia Valley Plan (Asia Silicon Valley Plan)" promoted by the Taiwanese government. Taiwan's Silicon Valley program is based in Taoyuan and covers the whole of Taiwan. The plan was started three and a half years ago, with the aim of not only making Taiwan a "market" but also a place for research and development, especially by companies around the world (Google, Microsoft, Amazon) including Silicon Valley. is.
That has been quite successful in the last three and a half years. For example, Google's largest R & D headquarters in Asia is in Taiwan, and some of the world's largest companies have R & D teams with more than 100 staff.
This may have been due to the fact that the fiber optic cable buried in the Pacific Ocean is directly connected to Taiwan and not to Hong Kong. For this reason, some have said that "Taiwan will be the source of innovation."
Taiwan plays the role of connecting Silicon Valley and Asia
Taiwan has freedom of speech, but in China the Great Firewall (the government agency associated with the information censorship system that exists on the Internet in mainland China) is narrowing the space for innovation. I have a friend from Hong Kong who stays in Taiwan to continue to innovate, and my office also has some staff who originally worked in Shanghai.
Aside from that, this plan does not seek to introduce Silicon Valley impersonation into Asia, nor does it want to relocate Silicon Valley to Asia. The point is, "Taiwan wants to play a role in connecting Silicon Valley and Asia." The expectation is that "human resources who can solve the problems of Silicon Valley will be able to solve social problems in Asia."
On the contrary, it is possible to solve the problems that occurred in Silicon Valley in Asia. So, even in this case, which is not a modifier issue, but is linked to each other. The connection between Asia and Silicon Valley and the connection between society and businesses may not really be related at all. However, by using "・", the relationship between adjectives and nouns becomes the relationship between nouns and nouns, and these relationships connected by innovation are transformed to the same level.
This is the discipline of "category theory," and we think about getting the same good results by treating seemingly completely unrelated themes in the same way.
The spirit of inclusion and tolerance is the basis of innovation
Speaking of completely different properties, reactions in chemistry are the basis of physics, and molecular formulas in chemistry are also based on the laws of physics. If physics and chemistry are completely unrelated, then the laws of physics cannot be used by chemists, and physicists should not study what they invent.
However, theoretical physics is derived from experimental physics, and experimental physics uses chemical methods to verify the theory of physics. In this case, the experimental physicist plays a role of connecting the theoretical physicist and the theoretical chemist.
In the field of life science, vaccine development for the new coronavirus is currently underway, and this vaccine development also requires knowledge of chemistry. Without knowledge of chemistry, it is impossible to prevent the virus from propagating on a microscopic scale, or to prevent the virus from entering the human body with new chemical materials.
Also, the mask is manufactured by one physical technique. The mask uses a van der Waals force (a weak attractive force that acts between molecules) to adsorb fine virus molecules by physical substances on the mask surface to prevent the invasion of viruses.
In other words, even in the field of life science, knowledge of physics and chemistry is required for each drug, vaccine, and mask. Only with that knowledge can we think about which method to use for development. As you can see, physics and chemistry are different in nature, but they are interrelated.
A spirit of tolerance drives Social Innovation
On the other hand, some religions encourage the difference between people. However, Buddhism speaks of the equality of all living things, and from a Taoist point of view, it means that there are as many gods as there are people. These are relatively inclusive religions. This is because you will not be in a situation where you can only choose between the god of religion I believe in and the god you believe in.
In fact, in the latter part of Taoism, any god could enter into Taoism. In other words, any existing religion can coexist with Taoism without denying it. Some of my friends who believe in private religions went to the Vatican to discuss with the Pope, but it would be difficult to discuss if the Pope had a stubborn attitude of admitting only monotheistic beliefs. ..
Taiwan has a spirit of inclusion or forgiveness. That is why we can cooperate and develop with people in terms of spirit and faith. Nor do we consider anyone who believes in a different god to be an enemy. You may not know about the gods of other religions, but having an attitude of "knowing" about those other religions may be the key to a more inclusive society.
I think this is similar to the Japanese way of thinking. The Japanese must have had the idea that "God dwells" in one thing, place, concept, and even words. In Taoism, many people are the objects of worship (such as Guan Yu and Yue Lao), but Taiwan's folk religion has a lot in common with Japan. Sometimes it is like making a wish for one stone and worshiping that stone as a god if the wish comes true.
In this respect, I think Japan and Taiwan are similar. The idea is not "because you are excellent as a human being, you are served as a god", but "whatever you do, if you impress the human heart or make you feel something, then the spirit will dwell." ..
These ideas are supported by a spirit of inclusion or forgiveness. I think it can be said that it makes social innovation easier.
Audrey Tang Taiwan Digital Minister Without Portfolio