【 晩春の暮方、二人は石に腰掛け、海棠の散るのを見ていた。花びらは死んだ様な空気の中を、まつ直ぐに間断なく、落ちていた。樹蔭の地面は薄桃色にべっとりと染まっていた。あれは散るのじゃない、散らしているのだ、一とひら一とひらと散らすのに、屹度順序も速度も決めているに違いない、何んという注意と努力、私はそんな事を何故だかしきりに考えていた。驚くべき美術、危険な誘惑だ、俺達にはもう駄目だが、若い男や女は、どんな飛んでもない考えか、愚行を挑発されるだろう。花びらの運動は果しなく、見入っていると切りがなく、私は、急に厭な気持ちになって来た。我慢が出来なくなって来た。その時、黙って見ていた中原が、突然「もういいよ、帰ろうよ」と言った。私はハッとして立上り、動揺する心の中で忙し気に言葉を求めた。お前は、相変らずの千里眼だよ」と私は吐き出す様に応じた。彼は、いつもする道化た様な笑いをしてみせた。 】 (小林秀雄「中原中也の思ひ出」より)
小林秀雄・中原中也ファンクラブ南関東支部の幹事である私は、毎年この時期になると頻繁に鎌倉を訪れます。小林と中原が眺めていたという花海棠の咲き具合をチェックし会員の皆様に報告するというミッションを果たすためであります。
で、本日も比企谷(ひきがやつ)の妙本寺に行ってまいりました。
これが妙本寺の山門。棟にあしらわれた金色の笹竜胆が眩しい。
境内の桜はまだ5,6分咲きというところでしょうか。本堂の前のピンク色に見えるのが花海棠です。この寺はもともと観光寺院ではなく、平日に訪れる人はあまりいなかったのですが、近年は人力車に乗った着物姿の若い女性をよく見かけます。
ちょうど今頃からが見頃ですね。濃いピンク色の蕾もかなり残っているので当分楽しめそうです。
近県の方はぜひ一度お立ち寄りください。
※注 「小林秀雄・中原中也ファンクラブ」なるものは存在しません。念のため。