公立高校で教員をしていたときのことです。
かなりレベルの高い進学校で、「一浪してでも志望校を目ざす」という生徒が少なからずいました。
Aくんもそういう生徒のひとり。
卒業翌年の3月、週刊誌でAくんの名前を見つけました。
「大学合格者数(高校)ランキング」という特集記事の中で。
この記事では、東大・京大レベルの大学に限って、高校名の他に合格者名も載るのです。
Aくんの名前は、理工系ではトップレベルの某国立大のところにありました。
「Aくんすごいじゃん!やったね!」
職員室で、同僚とも喜び合いました。
その夜、おめでとうを伝えたくてAくんに電話しました。
今から30年もまえの話です。
携帯電話などありません、電話と言えば家電(イエデン)です。
お母さんと二人暮らしのAくん宅。
電話には誰も出ませんでした。
まいっか。
また週明けにでも電話しよう。
2〜3日後に電話すると、今度はAくんにつながりました。
「おめでとう、良かったね!」
「え?何のことですか?」
何と!!
Aくんはトップ国立大の合格を知らなかったのです!!
どうせダメだと思い、発表を見に行かなかったとのこと。
「だ、だってさ、合格通知が届いたでしょ?」
薄いペラっとした封書で届いたから、やっぱりダメだと思い、封も開けていないとか。
あわててその封筒を取りに行って、電話口で開封するAくん。
「あ、ほんとだ!合格って書いてある!」
喜びと失望が同時にやってきました。
入学手続きの期限が過ぎていたのです...。
つらい経験でした。
わたしは何度も自分を責めました。
「なぜ、週刊誌を見たあの日に、もう一度電話しなかったんだろう?」
「その翌日でも間に合ったかもしれない」
でももちろん、いちばんつらい思いをしたのはAくんだったはず。
けっきょくかれは、滑り止め的に合格していた中堅私大に進学しました。
このエピソードを、最近たびたび思い出します。
わたしがあのときのAくんだったら、と想像するのです。
「何で何で」と果てしなく繰り返し、
時間を何百回も何千回も巻き戻し、
そのうち頭がぐちゃぐちゃになって、
前に進めずその場にうずくまってしまう。
わたしはつねに自分の能力を過信して生きてきたけれど、じつはこんなにも脆弱な部分があったんだと今更に気づきました。
過去を吹っ切る能力。
未練を断ち切って前を向く能力。
これがわたしには決定的に欠けているのでした。
つまりかんたんに言うと、
わたしは、ろう学校に関する判断ミスから、いまだに立ち直れないのです。
どういう角度から考えても、今年一年はろう学校に通いつづけたほうが良かった。
どうしてその適切な判断ができなかったんだろう?
3月まで時を戻したい。
ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ...。
そして、そのつらさが行き着くところは、「そもそも引っ越しさえなかったら」という埒もない繰り言です。
じつにもう情けない体たらくです。
そんな状態ではありますが、次記事から少しずつマメの近況を書いていきます。
自分の気持を奮い立たせるためにも。
ちなみに、メガトン級の判断ミス(というかうっかりミス)をしたAくん。
そのミスを吹っ切れたのか。
吹っ切れていませんでした。
直後に会ったときも、数年後に会ったときも。
その後はどうだったのか。
思い出すたびに胸が痛いです。