大崎市ひふみ整体院・ヨガ&呼吸法ブログ

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質と量

2010-02-24 13:55:26 | ひふみ日記

今でも心の支えになっていること

いろいろあるけど

空手もそのひとつかな。

 

空手の時の稽古の苦しさを

今現在の自分の境遇に当てはめると

「あのツラサを乗り越えたんだから大丈夫!」

という気持ちが湧き起こる。

 

そのツラサとは

十五人組み手。

 

空手の昇段試験などで試される

試練というかテスト。

 

1人3分で15人と連続で組み手をするというテスト。

時間で約45分。

 

格闘技の経験がある人ならわかると思いますが

3分だけでも背中の筋肉がこわばり

背中は丸くなり

自分の腕の重さでガードが下がり

息が上がり、苦しい。

 

「三分がこれほど長いとは思いませんでした」

とは初心者の決まり文句。

  

15人組み手を経験すると

自分の限界が壊れて、新しいスイッチが入る。

 

「もうだめだ」

「もう座り込みたい」

「なんでこんなことしてんだ自分は」

「もう諦めよう」

 

と心が折れるギリギリのところで

スイッチが入る。

 

息を吹き返したように

腕が挙がる

突きが出る

蹴りが出る

 

それも以前より

スムーズに、最短距離で、効率的に

でもこれは瞬間的なもので

次の瞬間の後には苦しさが戻ってくる。

 

でも、この苦しさの中の、楽な動き

開放されたような動きの経験

はその後の日々の稽古に反映される。

一皮むける。

 

これは

経験者がみんな言うこと

 

連続組み手の荒行を完遂した後の

普段の稽古での組み手が変わる。

 

今まで二・三人で丁度いいなァ

と感じていたのが

 

「全然足りないなァ」

「もっと、どんどん来いよ」

に変わる。

 

効率的・理に適った動きの閃きを

一瞬でも体感したことで

ひとつひとつの技の質も高まる

  

「量と質は反比例する」

とはよく言われるが

これは、技術が備わっている人の話。

 

修行段階では

量を求めて、その先の質の向上を

求めるのが王道。

 

それの応用が空手界では

多人数の組み手。

  

おそらく

十人・十五人・二十人・五十人組み手

ではそれぞれ見える、感じる境地が違うんだろうな

 

五十人組み手を経験した人は

全て感じえるけど

十人組み手だけの人は、その上のレベルの境地は

わからないんだろうな。

話してもわからない感覚、自らが経験しないといけないこと

ましてや、二・三人でいっぱいいっぱいでは

話しても無駄なんだろうな

   

これは、あらゆる仕事でも言えるんだろうな

基本をある程度身につけたら

「量」

「献身」

「それに染まり込む覚悟」

が必要なのかな

 

忙しい中に楽を見出し

平穏無事の有難さを感じれる生活

 

楽の中に楽を見出すのは

果たして本当の楽なのか

 

そんな薄っぺらなものなのかな

そんなインスタントで技術が身に付くのかな

 

「インスタント脳」

これは江原啓之さんが言ってた事

簡単・便利・即行

に慣れて、苦労や手間・時間を掛けることを

忘れてしまった現代特有の思考パターンということらしい。

 

 

それと

多くの経験をすればするほど

その道の深さがわかり

自分の未熟さや知らないこと

対応できない、歯が立たない

ということがたくさんあることに気づいて

多くを語ることを自然と慎むんだろうな

     

まずは

多くの経験。

さらなる経験。

 

    

当たり前の話かな。

私の空手の先生の永塚館長

館長の気持ちが少しだけ理解できた気がしました。

  

  

ひふみゆらゆら

 


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