ヒャッキンのフライパン洗い

2018-02-28 20:02:37 | 日々思うこと

ずいぶん以前のことだけれど,斜向うのお宅の奥さんが「今、ヒャッキンで

スリッパや籠を買ってきたところ」と。

わたくしは「えッ、ヒャッキンって?」「百円均一で何でも売っているところよ」

当時ここに来る前から友人と2人、毎週カナダ人に英会話のレッスンを受けていたので

2人でランチとおしゃべりして(英会話は身に着かなかったが)、その後高島屋で

買い物をして帰っていた。

洋服は勿論、スリッパ、タオル、サニタリー用品など何でもずっと高島屋であった。

ヒャッキンでスリッパが買えるなどとは思えなかった。

その後中国へツアー旅行した時、同じテーブルの1人が何の話の時だったか

「僕はまずヒャッキンに行ってそこにない物だけほかの店に行く」と言ったのだ。

すると添乗員の女性が「このクリアファイルも全部ヒャッキンですよ」とその束を見せた。

美術展に行くたびにクリアファイルを買って来てルノアール、モネ、ゴッホ、若冲など

の絵が印刷された(あまりクリアではない)ファイルを使っているので「へぇー、

そんなものも売っているんだ」と興味深かった。  そして・・・

2年ほど前、モーニングの後マーケットに寄ってその中にある「ヒャッキン」の

一角で仲間が「これはお芋が吹きこぼれない優れものよ」と勧めるのでそれと

台所洗剤を購入した。その夜、さっそく里芋を煮てみたけれど吹きこぼれるではないか。

すぐ不燃ごみのかご行きである。それ以来ヒャッキンは信じていなかった。

ところが・・・である。新聞に「そばに置きたい優れもの」として「ダイソーのフライパン

洗い」が載った。植物繊維パキンで作られたブラシである。

わたくしはこういうものにめっぽう弱い。おっちょこちょいである。

弟に頼んで3本も買って来てもらった。

フッ素加工のフライパンには使えないけれどざるやまな板洗いにはよさそうである。

今までもトング、計量カップなど評判の良いものを購入してお気に入りのものは多い。

昨日は「家電批評」でべた褒めの「バルミューダ・スチームオーブントースター」が

届いた。今まで使っていたものは少々汚くなったので不燃ごみ行きである。

まだ届いていないけれど「三角枕」も実はベッドで本を読むのに最適と書かれているのを

読んだから。

「使い勝手が良い」と聞けばすぐほしくなるこの子供じみた性格は母親譲り。

そろそろ卒業しなければと思うのだけれど・・もう遅すぎるか。

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本を聴く・・そして三角枕

2018-02-26 13:49:13 | 日々思うこと

  スノードロップ。お花は季節を忘れないで

         律儀に咲いてくれる。

 

本を聴く。

キンドルにいれた本をiPhoneで聴くことができるようになった。

ベッドの中で体を横にしないで本を読めるのは楽かなぁと少し

魅力を感じる。

でも、最近三角枕なるものを京都の布団やさんに注文したばかりである。

天龍寺御用達の京座布団のお店。2色の組み合わせの色は自分で

好きなものにできる。注文を受けてからの手作りなのでまだ

届いていない。6千円。消費税、送料を入れると7,128円の買い物が

役に立つか無駄になるかは今のところ分からない。

わたくしたちはセミダブルのベッドを二つ並べて寝ていた。(当然1台は廃棄)

最初はセミダブル用の長い枕を2人とも使っていたけれど

何時しか違う種類の枕をそれぞれベッドに2個置くようになった。

今、わたくしは低反発クッションの大きめの枕と津軽に行ったとき

購入して送ったヒバのチップの枕を2つ並べて寝ている。

三角枕はどちらかの枕を駆逐することになるのか、居間のソファー

のクッションんを追い払うことになるのか・・きてみてのお楽しみ

である。

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伊豆半島を横断

2018-02-24 15:57:37 | 日々思うこと

伊豆半島の東側伊東から西の土肥まで横断する旅から昨夜帰宅した。

伊東から修善寺までは最初からタクシーをつかう計画だったけれど

修善寺から土肥までも結局タクシーに乗った。

修善寺から土肥のコースはこれが3度目である。

最初は夫と修善寺から土肥に出て2泊。土肥港から清水に渡った。

そのときの旅館が「細腕繫盛記」が書かれた旅館だということを旅館について初めて知った。

この作品を読んでいなかった。

2回目は逆に東京の友人と清水で落ち合って翌朝土肥にわたり修善寺に向かった。

そこで友人は船の中で思ったような富士山が撮れなかったので御殿場まで行きたいという。

その数か月前にも御殿場を付き合ったばかりだったので今回は宿泊したことのない

伊豆長岡に泊まると言って別行動をすることにした。

その時もう修善寺に来ることもないかもと久しぶりに独鈷の湯と修善寺に参拝して

長岡の駅に降り立つと見事な富士山が見られた。

これだと御殿場でも良い写真が撮れたかなと思いながら旅館に入った。

東日本大震災の年の5月である。

「富士川だったか安部川だったかより東の人は宿泊料金を割引する。

電気がもしかしたら消えるかもしれないので早くお風呂に入ってください」と

いうことだった。東京電力が電気の制限をしていた時である。

 

この修善寺~土肥のコースは今回のわたくしの旅のおまけである。

弟夫婦が土肥に行ったことがないので計画に入れた。

もう来ることはないだろうと思った修善寺にお参りし、「一石庵」でお抹茶を

いただき、「桂月」で「しいたけそば」を食べた。

土肥は前回の旅館の隣の「牧水荘土肥館」の和洋室をとった。

かけ流しの露天風呂が部屋についているよい部屋であった。

今回のわたくしの旅の目的は「伊東小涌園」に宿泊することである。

「箱根小涌園」が閉館した時にも書いたと思うけれど、まだ息子が

小さかったころ「大島小涌園」に数日滞在して以来すべての「小涌園」

に宿泊しようと箱根は夫と2泊、鳥羽へは息子の家族と宿泊した。

ところが「伊東小涌園」は2度出かけようとして2度キャンセルしていた。

1度目は夫の父が急に具合が悪くなって、2度目はそれから何年も過ぎて

から予約して「さぁ明日出かける」という日に夫の母が急にお腹が痛いと

言い出してすでに送ってあった荷物を「着払いで送り返してほしい」と

お願いしてキャンセルした。

夫の両親も夫も亡くなり、河津桜を見に行こうと伊東の旅館を取ろうとしたとき

勇気がでず違う旅館に2泊した。

今回やっと「小涌園」制覇。

河津桜はまだ二分咲きとのことだったが土肥桜はすでに盛りを過ぎていた。

 

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ふぐ料理

2018-02-15 13:38:07 | 日々思うこと

昨夜は弟が中華料理をごちそうしてくれた。

昔はよく行ったけれど1人になってからは初めていくお店。

久しぶりの味は辛くてお店の人は無愛想でしばしば行きたいとは思わなかった。

*******

例年、1月と決まっていたふぐ料理を仲間の具合が悪くて延ばしていたのだけれど

明日の夜決行と電話があった。

ひれ酒から始まってフグ雑炊までフグ三昧である。

ふぐ刺しは好きだけれどてっちりはどうも苦手で仲間がしゃぶり尽くすのをわたくしは

お野菜やお豆腐を少しづつ食べながらひたすら待つ。お雑炊はおいしい。

下関で本場のフグ料理をと食べたことがあったけれど、我が舌が上等に出来ていないので

この辺りで頂く味との差は判別できなかった。

まして鍋の1人は何ともおさまりが悪い。鍋は大勢でつつくものだなあとしみじみ

思ったものだ。

牡蠣も同じで最初に尾の道に行ったときホテル近くを散策して牡蠣の土手鍋を注文した。

カキフライは季節になると地元でも数回は食べに行くけれど土手鍋はなかなか

食べられない。自分で作って見たこともあったけれどお味噌の土手がうまく

作れない。

この時も1人鍋はつまらないなぁと感じたものである。

明日の夜のフグ三昧は体調の回復した仲間とともに楽しみたいと思っている。

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台湾地震の映像を見て

2018-02-11 11:15:25 | 日々思うこと

台湾花蓮の突っ張り棒に支えられて倒壊を免れているホテルの写真を見て思う。

いわゆる日本でいうマンション(英語では大邸宅)やホテルが地震に遭った時

どういう揺れだとあんな風に倒れ掛かるのかなぁと全くの素人は不思議でならない。

今回の地震は縦揺れだったらしいから低層階はつぶれて上の層がその上に乗っかって

あのような状態になったのだろうか?

ガラガラガチャンと上階から崩れ落ちるばかりではなさそうである。

東日本大震災の時、横浜の息子の家では熱帯魚の水が横揺れで溢れて飛び散ったり、

飾り棚から食器が横滑りで外に出たりしたらしいけれど縦と横の違いがあるらしい。

昔台湾を一周した時、太魯閣渓谷に行き、花蓮にも泊まった記憶があるけれど、今回の

あのホテルにも日本人が宿泊していたというから「もしや?」と思ったものの

まったく記憶がない。台北と高雄では「圓山大飯店」だったので覚えているけれど

7日間の旅で台中、花蓮などのホテルはすっかり忘れた。

 

熱海で夫と2泊した時、最初の夜くつろいでいたら警報が鳴った。

あわててカギとバッグだけもって飛び出したら夫が「エレベーターは駄目だぞ!」と

叫んだ。階段に向かった時、周りの人々が全部衣類を抱えている。

「そうだ!このままでは困る!!」と部屋に戻って掛かっている洋服をもって

改めて階段で降りた。ボイラーか何かの不具合で何でもないということだった。

ところが・・・である。次の夜もまた警報がけたたましく鳴ったのだ。

同じように衣類を抱えて階段を走って降りた。しばらくしてロビーに集まった客に

ボイラーの故障だと告げられた。2泊している客ばかりではないのでみな大人しく

部屋に戻った。

翌朝チェックアウトのとき、わたくしは「2晩続けて大騒ぎになってひどいですね」

と言わないではいられなかった。

フロントは「申し訳ありません」と詫びてお土産用に売っているお菓子を1個くれた。

もう2度とここには泊まらないと(ホテルの名前を忘れたが)思っていたら、何年か後

閉館したらしい。熱海のホテルが沢山廃業したころのことである。

 

災難はいつ、どこで遭遇するかわからない。

傾いたホテルをみながらいろんなことを思い出している。

 

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あなた いったい どうして・・・

旅先のホテルで夫が倒れた。 それから12年の年月が流れた。 わたくしは・・・