前から少しづつ少々おかしいなあと思って
いたお向かいさんがコロナワクチン接種の
時に訳が分からなくなって大騒ぎをしたと
その仲良しのお友達から連絡があり、
「色々助けてあげてくださってありがとう」
と電話で愚痴の聞き役をしていた。
以前は何事があっても我が家に駆け込んで
きていたお向かいさんだがわたくしが
長く入院して退院してからもコロナ禍で
外に出なくなったので全く逢わなくなって
いて間接的にしか症状が分からなかった。
彼女は耳が遠いので電話にもドアホーン
にも応答しない。
補聴器も高額だと言ってつけないので用が
ある時は紙に書いてポストに入れてきた。
毎日朝、昼は外食するから経済的に困って
いるのではないようなのに。
彼女は50歳半ばの息子と2人暮らし。
夫は10年ほど前に亡くなっている。
息子には過保護と周りで評判になるほど
尽くしてきた。
息子の帰宅時にはどんなに寒い日も家中の
電気をつけて外でずっと待っている。
家計からお付き合いもすべて母親がして
息子は一切何もしない様子がうかがえた。
ところが最近息子をおとうさん(夫)と
区別がつかなくなって「おとうさんがもう
すぐかえってくいる」と何度も玄関ドアを
開け閉めする症状が出始め、息子が在宅して
いると「今おとうさんがいるから」と電話で
話すのだそうな。
病院では痴呆症状がているので対処する
ようにと相談にのっているようなのだが今度
は肝心の息子も訳が分からないと市の人が
我が家に聞きに来た。
でもわたくしも最近のことはよく知らない。
息子は休日にはスカートにベレー帽という
いでたちで外出する。
自転車を最近購入してハンドルに赤い造花
をつけて念入りに掃除をしている。
市の人が訪問して「おかあさんの自転車?」
と聞いたら「いえ、ぼくのです」と不満げに
答えたと話していった。
もう少し頻繁にコンタクトすればよかったと
ここ2年ほどの疎遠を悔いている。
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昨日息子夫婦から朝日屋から送った松阪牛
のお礼のラインがあった。
先日いただきものの松阪牛がおいしかった
のでふと昔のことを思い出して馬鹿親の
見本だけれど大盤振る舞いとなったわけ
である。
数年前、息子の家族と鳥羽のホテルに行った
時伊勢神宮にお参りしたことがない
いうのでお参りすることになった。
おはらい横丁で「松阪牛」のステーキを
食べた。
神戸ビーフは’19年に有馬温泉に弟夫婦と
久しぶりにいったとき、余分に注文して
たらふくおなかに入れてきた。
松阪牛は同僚たちと松阪に行ったとき
「和田金」で,岐阜長良川河畔の「潜龍」では
2回宴を張ったことがある。
上品な育ちではないのでずっと中居さんが
焼いたり、料理して取り分けてくれるのは
もちろんおいしかったけれど、わいわい言い
ながら勝手に焼いたりするのが性に合っている。
実家ですき焼きの時は全く料理しない父親
がその時だけ奉行になるのが珍しかった、
夫も当然のようにそうしたので「おや、まあ」
と思ったものだ。
我が家ではせいぜい飛騨牛しか買えない。