今日の朝刊に「和楽」の
6,7月号広告が出ていた。
特集は「永遠のふたり」
白洲次郎と正子。
懸命に蔵書を減らしているところだけれど
これは買わないではいられないなあ。
「武相荘」は遠かった。
何か近くで催し物があったらしくて
タクシーを捕まえるのに苦労した
覚えがある。
特に正子に惹かれる。
今日の朝刊に「和楽」の
6,7月号広告が出ていた。
特集は「永遠のふたり」
白洲次郎と正子。
懸命に蔵書を減らしているところだけれど
これは買わないではいられないなあ。
「武相荘」は遠かった。
何か近くで催し物があったらしくて
タクシーを捕まえるのに苦労した
覚えがある。
特に正子に惹かれる。
先日の「新プロジェクトX」は
「黒四ダム」だった。
以前も取り上げていたのにそれを補うよう
なエピソードでも発見されたのかと思った
が昔の再放送だった。
久し振りに国井雅比古氏をみた。
懐かしい。
[プロジェクトX」だけでなく「小さな旅」も
好きだった。
夫と北九州を巡ったことがある。
柳川の川下りをした。
北原白秋のふるさとである。
西鉄柳川駅近くから乗船して「御花」まで。
ほかに乗船者はいなくて2人だけだったけれ
ど「どんこ舟」を出してくれた。
船頭さんと小学生くらいの坊やが乗っていた。
少し前「小さな旅」で取り上げられていた
少年だ。
「このまえ、NHKのTVで紹介された?」と
聞いたらそうだという。
余裕のある時おじいさんの船に乗って
見習いというかお手伝いをしているという。
きっと今頃立派な船頭さんになっている
ことだろう。
「御花」は旧柳川藩主立花邸のお屋敷である。
そこで宿泊、翌日久留米から
「ゆふいんの森号」に乗って湯布院まで。
なぜか久留米駅のホームに見事な孔雀が
いて大きな羽を広げて見送ってくれた。
湯布院をタクシーで回り宿泊。
翌日定観耶馬渓巡りに乗り、青の洞門
通潤橋などを見ながら別府へ。
翌日定観で国東半島を回るつもりだった
けれど駅からホテルまで乗った
タクシードライバーに誘惑されて
結局丸1日タクシーで廻った。
翌日は「にちりん号」で臼杵へ。
石仏、武家屋敷、野上弥生子記念館などを
見て別府に戻り帰宅した。
黒四へは仕事を持っていた頃同僚10人ほど
と行った。
信州大町のほうから入って富山へ抜けたの
だが幾つものの乗り物を乗り継ぐので
おお急ぎで次の乗り場まで急いだ思い出
しかない。
宇奈月温泉に着いたときにほっとした
記憶がある。
後年逆に宇奈月に泊まって翌日
室堂まで行き、雪の大谷を歩いた。
この時は1人旅だったので砺波の
チューリップを観てきた。
今は遠い昔の話しになった。
鳥取で「砂の美術館」が始まったと新聞で
読んだ。
今年はオリンピックがあるので「パリ」
がテーマだそうだ。
義妹と行ったのは2015年。
「ドイツ」がテーマだった。
日本で唯一「スタバ」のない県と揶揄され
知事が「スタバはないけれど砂場がある」と
切り返したころだ。確かに鳥取駅前にスタバ
が開店していた。
新幹線で岡山に向かう時、義妹が後楽園に
行ったことがないという。
岡山で伯耆線に乗り換えて米子に行き、当日
は皆生温泉に泊まるだけである。
ならばと岡山駅で外に出てタクシーで
後楽園に向かった。ゆっくり散策。
客待ちしているタクシーに乗った。
すると冷たいおしぼりを差し出してくれた。
よく冷えたタオルのおしぼりを。
タクシーでおしぼりを差し出されたのは
初めてでとても感動した。
クーラーボックスを備えているのだ。
降りるとき使用したおしぼりを丁寧にお礼
を言って返したが、こんな経験は初めて。
行きのタクシーでは無かったから岡山全体
でのサービスではないのだろう。
先日の日曜日、お昼。
NHKのニュースを観ながらお昼ご飯を
食べかけたところだった。
インターホンが鳴った。
見ると近所に住む中学校の同級生である。
彼は時々日曜日のお昼ごろやってきて
小1時間愚痴をこぼしていく。
同じ敷地内に住む息子の連れ合い(嫁)
への不満を吐き出したいのだ。
今食べ始めたところだ。
この後小1時間も愚痴を聞くのは
うっとうしいなと思った。
申しわけないけれど居留守を使おう。
と、思った時再びピンポーンが鳴った。
ためらった。
彼はしばらく玄関ドアの前にたたずんだ後、
肩を落として去っていく。
思わず玄関にいき、ドアを開けた。
彼は振り向いて戻ってきていつものように
玄関の三和土(土間)においてある2脚の
椅子のいつもの椅子に座った。
そして言った。
「お母ちゃんが死んでしまった」
「えっ、いつ?」
「15日。すぐ葬式を済ませた。」
県都の官庁街のすぐ近くに住んでいた私
ちは定年退職後「畑仕事をしたい」と
言い出した(長続きしなかったが)
夫の希望通り母の所有地であるこの土地に
家を建てることにした。
実家にいるときからどこかにあるとは聞いて
いたものの一度も見たことのない土地である。
もちろんご近所のどなたも知らない。
そこへ中学校の同級生だったと声をかけて
くれたのが彼であった。
彼の連れ合いも同級生だったようで
ほかの仲間も誘ってくれて毎月食事会を
するようになっていた。
ところが3年前彼女が認知症になり、
精神病院に入院したころからしばしば
愚痴を語りに訪ねてくるようになっていた。
嫁が顔を合わせても一言も口を利かない
のだそうだ。
「おはよう」とも「具合はどう?」とも。
真偽のほどは分からないのでもっぱら
聞き役に徹して。寂しいに違いはない。
男は案外甘えん坊で寂しがり屋だから。
彼女は施設でコロナにかかり病院に
運ばれたものの肺炎になり食事が
とれなくなって胃ろうをするかどうか
決断を迫られ断ると「多分1か月くらいの
命だ」と言われていた。
その時が来たのだ。
彼の心情を思うと辛いけれど強く生きて
もらいたい。
あの時、ピンポーンに出てよかったと
今更だけれど思っている。
話しを聞くことしかできない。
話すことで少しでも悲しみが癒えるのなら。
昨日の夕ご飯は実家の義妹がたけのこご飯
を届けてくれた。
茹でたタケノコも山椒の葉も添えて。
もう何度目かだけれど多分今回が最後に
なるということで。
弟が疲れるからもうタケノコ堀はしないと
言っていたけれど友人が欲しいというので
連れて行ってきたらしい。
今年最後のものもあれば初物も食べた。
ネットで買っている地元のスーパーに
西瓜が出ていたのでもう時期かとポチっと
入れたのが昨日お昼に届いた。
少々高かったけれど今は果物が少ない。
バナナも購入したけれど円安で高騰して
るという。
食品の高騰は年金暮らしには厳しい。