坂を登り切ると家はあった
四季にはそれぞれの花が咲き
野鳥が飛来し
梅の枝の虫たちをついばみ
人工の瓢箪池にはガマガエル
毎年夫婦でやってきてその
家主のような振る舞いに
少なからず誰もが笑わせられたものだった
人々も沢山やってきた
それぞれの胸に家への懐かしさ以上の
思いを抱かせられて
家にはなにゆえかいつもはかない夕暮れの芙蓉の花のように
輪郭を欠いていた
なぜなら家には
家族の匂いがなかった
家は何時も何かを拒んでいた
サロンのように放たれながら
折々の花が飾られていても
何時も人の心の侵入を畏れているかにみえた
あるじはいつか老いて風になってか
十二月の朝忽然と消え
嵐の日々が何ヶ月も襲いやがて
コトリ のもの音もない静けさの後
家の形は崩れてあっけなく消え去っていった
何事もなかったように誰も居なかったかのように
椿咲き 梅香しく蕗の薹遊び
アマリリスが咲き
水仙ヒヤシンスの根を植え
野鳥も野猫も水を飲みに来
家はその昔 迷う生き物らのオアシスでもあったろう
僅か数十年の歴史にそれなりの楽しさもちりばめ
凝縮されていった言葉たち
寡黙な心の軌跡をぬぐいさるには何年を要するだろうか
また六月の花を子のないあるじは愛した
その歳月レンズが捕らえた水いろに開いた可憐な花たち
露草の透き通る青の美しさに
去った時間の思いが揺れ残る
今はない幻の土地 坂の上の緑豊かな家
集った人々の笑い声 足音 漂う墨の香
思えば短かい人間の生きた証 儚すぎる宴に
はらり落ちた わたしの
涙のゆくえ
(1989 12)
四季にはそれぞれの花が咲き
野鳥が飛来し
梅の枝の虫たちをついばみ
人工の瓢箪池にはガマガエル
毎年夫婦でやってきてその
家主のような振る舞いに
少なからず誰もが笑わせられたものだった
人々も沢山やってきた
それぞれの胸に家への懐かしさ以上の
思いを抱かせられて
家にはなにゆえかいつもはかない夕暮れの芙蓉の花のように
輪郭を欠いていた
なぜなら家には
家族の匂いがなかった
家は何時も何かを拒んでいた
サロンのように放たれながら
折々の花が飾られていても
何時も人の心の侵入を畏れているかにみえた
あるじはいつか老いて風になってか
十二月の朝忽然と消え
嵐の日々が何ヶ月も襲いやがて
コトリ のもの音もない静けさの後
家の形は崩れてあっけなく消え去っていった
何事もなかったように誰も居なかったかのように
椿咲き 梅香しく蕗の薹遊び
アマリリスが咲き
水仙ヒヤシンスの根を植え
野鳥も野猫も水を飲みに来
家はその昔 迷う生き物らのオアシスでもあったろう
僅か数十年の歴史にそれなりの楽しさもちりばめ
凝縮されていった言葉たち
寡黙な心の軌跡をぬぐいさるには何年を要するだろうか
また六月の花を子のないあるじは愛した
その歳月レンズが捕らえた水いろに開いた可憐な花たち
露草の透き通る青の美しさに
去った時間の思いが揺れ残る
今はない幻の土地 坂の上の緑豊かな家
集った人々の笑い声 足音 漂う墨の香
思えば短かい人間の生きた証 儚すぎる宴に
はらり落ちた わたしの
涙のゆくえ
(1989 12)