芸備線の道後山駅から、バスに乗って道後山麓に着いたのは、1時半過ぎ。
キャンプのできそうな場所を探し、荷物を下ろして山頂をめざしました。が、
途中でパチリ。ここ、頂上ではないような気がします。その後、
荷物を置いたところに引き返し、テントを設営。
中学校の林間学校では山の家に宿泊。この時は、誰かが持ってきたテントにぎゅうぎゅう。
「味の八ちゃん」と書かれた箱を持ってきていました。
食事はインスタントラーメン程度だったのでは。
中学校の林間学校ではキャンプファイヤーをしましたが、
このときは、花火を打ち上げたかも。
翌朝、朝一番のバスで道後山駅に下りてきました(7:55着)。
ディーゼル機関車が引く旧型客車が入ってきて、これに乗って出発(9:15)。
すると間もなく、車窓がパッと開け、高い鉄橋を通過しました。
調べたら、小鳥原(ひととばら)川第一鉄橋。中国地方で一番高い鉄橋でした。
車内では、行きと同じ。おしゃべりをしたり、写真を撮ったり。
レンズにキャップ! 一眼レフじゃないから気付かなかったようですね。
芸備線は山間の路線。真夏だから、車窓は木々の葉で一面の緑。でも緑の中に、
所々、可憐な小さなピンク色のネム木の花が咲いていて、印象に残りました。
帰りは福塩線への連絡が悪く、塩町駅を通り越し、三つ先の三次駅まで乗車(11:15着)。
三次駅は広島県北の交通の要衝。気動車や機関車がたくさん止まっていました。ここでお昼にしたと思いますが、記憶にありません。
その後、福塩線の気動車に乗って三次を離れ、2時間後に府中駅に到着(14:57)。
向かいホームに止まっていた電車に乗り換え、
最寄り駅の戸手駅に着いたのは、まだ日が高かった時刻(15:22)。それもそのはず、遠くから来ていた友達は、自転車で帰るのに2時間近くかかりましたから。
時刻表を見ながら、50年前の道後山への小旅行が再現できました。
道後山には1時半に到着し、翌朝7時過ぎに山を下りるバスに乗っています。ほんとうにキャンプのためだけに行ったということです。おそらく仲の良かった中学校の時の友達と、一泊二日の旅に行く、それだけで満足したんでしょうね。
あの夏に乗った芸備線、道後山駅を含む一部区間は現在、存廃議論が起こっています。時刻表を見ると、道後山駅に止まる上下列車は日に、当時は急行6本を含む22本、現在は6本。一列車の編成は、当時は数両編成、現在は一両編成。
存廃を話し合う芸備線再構築協議会が間もなく開かれるそうです。議論の焦点は、廃線後の公共交通機関をどうするか、ということになるんですかね。
「・・・」