妻はアルツハイマー型認知症だった 介護終了・・・介護者のゆくえ

妻は入居中の特養で平成28年6月4日最重度の段階で永眠しました
妻の遺言を一生忘れないで生きていくつもりです(秘密)

わが家の因縁の一鉢のサツキ

2019-05-16 18:08:08 | 介護の回想

団地内の公園 道路はサツキが色鮮やかに独り占めしています。

サツキ一色です。

わが家には鉢植えが一鉢だけあります。

 

1,970年頃 亡妻が20鉢位差し芽で育て 施設入所までは水遣りは欠かさなかった。

それ以来 水遣りをしなかったので気が付くと全て枯れてしまったのです。

 

そのままにしていたが翌年一鉢だけ生き返ったのです。

それから毎年水遣りは続けていたので花はつけていたが 今年は花芽がありません。

50年も生きてきた一鉢だけ残った因縁のサツキ 枯らすわけにはいかない!!


介護体験者のつぶやき

2017-09-03 15:59:59 | 介護の回想

亡妻はアルツハイマー型認知症を発症 13年後 平成28年6月81才で特養で永眠しました。

発症後 何回となくアルツハイマー病治療薬 数年後完成・・・との情報を得て期待をもって介護を続けてきました。

 

最近になって長年巨額の開発費をつぎ込んできた大手の製薬会社が 開発薬に期待した効果が得られず開発が停滞 又は失敗が続いているそうです。

 

私の妻は進行を遅らせると言われているアリセプトを6年間服用してきたが 6年後には要介護5で全介助 声を発しない 目は瞑ったまま 意思の疎通もできなくなった。

 

アリセプトが効果があったかどうか?

少なくとも妻には効果はなかったと認めます。

服用しなかったならば2年、3年で全介助になったのか・・・?

 

健常者でも加齢により認知機能は衰えるのでアルツハイマー病の治療薬が登場しても緩やかな進行はあり得ると思う。

 

私の独り言

発症の主な理由は加齢からなので もし完治できるようになれば高齢者があらゆる面で主導権を持つようになり社会構造が急変し世界全体が激変して世紀末になる予感がする。

 

医療(医学)の進歩は私はあまり喜ぶのはいかがかと思う。

いずれ不老長寿の開発の手を染めるようになるかも?これは絶対にありえない

 

 

もしかして認知症は神様からの贈り物という意味は脳の機能が自然に少しづつ衰えて悩み少なく平穏に最期をむかえられると言っているとも考えられます。

私の寝言・・・独り言です

 


「私の介護体験」発表 昨日平成28年7月16日何とか済ませました

2017-07-17 15:29:07 | 介護の回想

1か月も前から気をもんでいた私の介護体験発表 昨日7月16日何とか済ませました

内容は用意できていたが4回、5回と大幅に変更を繰り返し、当日のその時間にまた変更して終わってみると支離滅裂だったようだ!?

一周忌を済ませて、まだ1か月少しなので看取り期間前の記憶はほとんど思いだせない。

記憶が喪失してしまったのかも?  

 

初期からの記憶は記録を見てもあまり蘇ってこない

私には今の段階で介護体験を語るのは大変な苦痛だと認識しました。

 

看取り介護に入る2か月ほど前食事介助中に、3年以上意思の疎通が全くなかったのが突然もういいですと私の心というよりに伝わってきたのです

私の願い「どんな形でもいいからいつまでの生きていて」…に、もう限界です  と受け止めた

 

この時点からスケジュールがあるかのように6月4日(永眠)を迎えることになった

看取り介護に入って59日後の平成28年6月4日午前5時51分永眠

 

この先、心の整理が付くまで介護体験談発表は封印します(体験内容がどうしても満足に書けなかったので)

今後、月1回の介護家族会では聞き役専門で臨みます

 

改めて介護家族会は私たち介護家族には心のよりどころだと再認識しました

 

 

 


認知症勉強会が近づいてきた・・・悩む

2017-07-10 13:48:50 | 介護の回想

認知症介護体験発表

散策コースの道端に力強く咲いています

 

介護体験発表の日があと6日に近づいてきました。

1か月も前に簡単に引き受けていたのだったが!?

 

アルツハイマー型認知症だった亡妻が初期のころは、話せる内容は時間が足りないくらいに

次々と課題は尽きなかった。

 

数年前、介護体験発表を数回引き受けた頃は、話すことにストレスを感じず

かえって発散になっていたくらいだった。

 

今回は妻を看取って一周忌を済ませたばかりです。

初期・中期の問題行動に振り回されていたころの体験は記憶があまり思い出せないのです。

思い出しても断片的でしかも、時間の前後が定かでないです。

 

終末期の目を瞑ったまま、声は出せない、意思の疎通が出来ない植物人間同然だった最重度の

期間が3年間と長かった。

 

この間、妻の意思はすべて推測するしかなかった。

 

今になっても終末期の2年間は、妻には人間としての心はなく、人の愛など感受する機能は

なかったと思ってます。

脳が破壊され脳幹のみで生きているだけなのです。

医学の知識のない全く根拠のない私のただ思い浮かんでくることなのです。

 

ですが、魂だけは不変だと信じています。

 

介護初期・中期の介護者は私がそうであったように

アルツハイマー型認知症の治療薬は必ず開発されると希望をもって介護していたので

絶望的な話はするべきではないと日夜悩んできた。

 

私は今まで終末期を主にした介護体験談は聴いたことはない

 

一応原稿だけは用意して当日のその時間に決断しようと思っています。

 


介護体験談の発表を引き受けて!!

2017-06-29 18:52:36 | 介護の回想

散策コースの道端のアジサイ…わが家の紫陽花は完全に枯れてしまった…原因不明

グリーンのジュウタンに見えたが本物の色とは大差

 

介護体験談の発表を引き受けて・・・。

亡妻の認知症が初期のころ(要介護2~3)介護体験を数回講演した経験があるので、安易な気持ちで引き受けてしまった。

その時は持ち時間45分の制限があったが内容は、過不足なく話せたと思う。

 

今の心境は、末期の期間が4~5年と長かったので中期までの症状で悩んだことや、苦しかったことは殆んど思い出せなくなっています。

思い出してもに思えないです。

懐かしいくらいです。

なので、当時の介護で悩んだことは今になってはあまり思い出せないのです。

 

現時点で話せることは、終末期の脳死または植物人間同然の絶対回復のあり得ない悲惨な2か月間の様態は1年過ぎたが

鮮明に記憶しています。

介護体験談としては回復の望みがない絶望的な話はするべきではないと思う。

 

介護体験談は、いつまでも回復の期待を込めた内容であるべきだと思った。

まだ日にちがあるので検討するがかなりの難題です。