松島「瑞巌寺」を正面に見て、左(西側)に行くと、円通院があり、そのほぼ向かいに、小太郎と紅蓮尼の「比翼塚」がある。
この写真をまだUPしていなかったので、ここで採用しようかと。
また、その隣に「三聖堂」がありますので、軽くご紹介いたします。
この小太郎と紅蓮の悲劇の物語は、以前の記事でご紹介しましたので、未読の方で興味があればご覧下さい。
「象潟/蚶満寺と紅蓮尼の松島こうれん」(悲劇の物語 紅蓮尼の話)
比翼塚 ストーリーを簡単に・・・
小太郎が15歳の春でした、父は西国観音参りの旅の途中で象潟の商人と親しくなり、小太郎と商人の娘の結婚を約束したのです。
ところが、帰国した父は小太郎が病死したことを知るのです。
象潟の商人はこのことをを知らず娘を嫁がせてきました。
掃部は娘に象潟に帰るよう勧めましたが、娘は嫁として松島に残り、 掃部夫妻につくし、義父母亡き後は髪をおろして紅蓮尼となったのです。
二人のお墓碑は、別々の場所にありましたが、昭和43年生前はおろか640余年を過ぎても一緒になれない二人をせめて墓碑だけでも同じ場所に並べてあげたいと紅蓮尼に縁深い瑞巌寺境内観音堂水月庵跡に、紅蓮尼と小太郎の比翼塚が建てられたのです。
三聖堂
33年に一度の御開帳です。
前回は平成18年8月18日でした。
後の杉並が瑞巌寺の参道です。
最近時間が無くて・・・・
この写真をまだUPしていなかったので、ここで採用しようかと。
また、その隣に「三聖堂」がありますので、軽くご紹介いたします。
この小太郎と紅蓮の悲劇の物語は、以前の記事でご紹介しましたので、未読の方で興味があればご覧下さい。
「象潟/蚶満寺と紅蓮尼の松島こうれん」(悲劇の物語 紅蓮尼の話)
比翼塚 ストーリーを簡単に・・・
小太郎が15歳の春でした、父は西国観音参りの旅の途中で象潟の商人と親しくなり、小太郎と商人の娘の結婚を約束したのです。
ところが、帰国した父は小太郎が病死したことを知るのです。
象潟の商人はこのことをを知らず娘を嫁がせてきました。
掃部は娘に象潟に帰るよう勧めましたが、娘は嫁として松島に残り、 掃部夫妻につくし、義父母亡き後は髪をおろして紅蓮尼となったのです。
二人のお墓碑は、別々の場所にありましたが、昭和43年生前はおろか640余年を過ぎても一緒になれない二人をせめて墓碑だけでも同じ場所に並べてあげたいと紅蓮尼に縁深い瑞巌寺境内観音堂水月庵跡に、紅蓮尼と小太郎の比翼塚が建てられたのです。
三聖堂
33年に一度の御開帳です。
前回は平成18年8月18日でした。
後の杉並が瑞巌寺の参道です。
最近時間が無くて・・・・
せめて墓だけでも一緒に、優しい人が多いのですね。
ありますヨ ♪
記事が見つかったらT.Bさせて貰います。
東京の墓地は高額すぎるし、近所のカミさんの実家の墓地の隅っこにでも・・・
それが無理なら庭の隅の金魚のお墓にお邪魔しようかな・・・
今頃は雪の松島でしょうかね。人出は途絶えますが、それがかえって景色を引き締めてくれます。
昨日の東京の初雪は、見逃してしまいました。
45号線の鈎の手になってる突き当りん処だよなぁ?
そいやぁ仙台にも本町に仙台こうれんの店があったっけね…
その関係はどうなんだべが…?
松島こうれんのおせんべいは食べた事があります。
紅蓮さんの話は以前、ひーさんのブログで
読んだ事がありました。
今度、松島に行く時には比翼塚と三聖堂を
見に行きたいと思っています。
試食に焼きたてを出してくれたんだよね~
三聖堂はチラッと見たくらいだな…
現代では
ありうるんでしょう~か?
この通りも観光客は、少ないのが現状です。
地元の人が、気を使ってあげたのでしょうね。
近くにいても買わないものですね。
何十年も食べていないような?
そうすると、コインロッカーの様な具合になるのでしょうか?
東京・・・九州が雪ですね~新潟あたりも凄かったようですが、昨日は、多賀城・塩竃は午前中は青空の天気でした。
地球は狂い始めてますね。