
絵のタイトルは、「やっちまったぜ」です。
これでいいんじゃない。
早めに寝たもんだから、この時間に目が覚めた。
今日はゴルフなので、身体を休めようとしたのだろう。
いつものことなのだが、ゴルフの時は寝不足のような気がする。
眠くないのだから、睡眠は十分足りてるのである。
今日のタイトルは、「未来予想図」です。
昨日は、確定申告をしてきた。
私達は、畑で採れたものを使って「お任せ料理」を夜の予約客に提供している。
カフェの周りの空き家の草刈、耕作放棄地の草取り、裏山の下草刈りは、カフェのためである。
カフェだけがきれいになっていても、周りが荒れていたら楽しくない。
散歩の途中で、カフェに寄ってくれればよい。
確定申告を済ましたのちに、もっと積極的にカフェにお金も労力も投資しようと妻と話し合った。
赤字が続き、カフェを閉じるかどうか考えるのは、その時になってからにしようと、二人で決めた。
近い将来、故郷に移住しようと考えています。
住む家を決める条件を考えた。
考え方は、大まかに二通りに分かれる。
一つは、そんなに遠くない将来を予想し、困らぬ対策が取られた家に住む。
病院まで歩いていける。コンビニやスーパーまで10分で行ける。
いずれは運転免許証を返納するので、歩ける便利さを求めるのである。
家族が増えている時は、郊外の広い家に住む。
子供たちが巣立っていくと、都心のマンションに住む。このような住み替えの話を聞きます。
もう一つの考え方は、今を大事にする考え方です。
今は元気です。元気な時をどう生きるか。
畑もやりたいし、海が近ければ釣りもしたい。ゴルフにも行きたい。
できたら、子どもたちが家族で訪ねてきて眠れるスペースがある。
たまには、友達を呼んで会食をしたい。
荒れた林道を散歩道として復活させたい。山道具を手入れし、保管ができる。
できなくなるまで、楽しむ。
できなくなったら、そこで考える。
行き当たりばったりの考え方である。
定年退職したら、忙しくてできなかったことがしたいと思う。
図書館通い、映画館通い、釣り、旅行も2か月で飽きてしまう。
読みたかった本は、字が小さすぎて、また本が重くて、うつむきで長続きしない。
釣り上げた魚を、近所に配る。最初は喜ばれるが、そのうち「またか」と表情に現れる。
妻は、どうか今日も出かけてと期待している。
キャンプ道具を積もう、夏には寝ることもできるとワゴン車を買った。
一回で懲りた。ワゴン車で寝るのは、翌朝体の節々が痛い。結局、三度の飯は妻が作る。
妻は、次は一人で行ってと願う。
このような経験をした60代の話を聞く。
さて、どちらにしたものか。
私達の「未来予想図」は、きりぎりすの生活を選択するであろう。
今を楽しみたい。元気な時は、元気なように。
介護が必要になったら、自分で抱え込まないで世間に助けてもらおう。
家族は遠くにいるので、あてにはできない。
世間を広くしよう。
属するグループは、3つ以上が良いと言うではないか。
どれかのグループには、必ず気の合わない方がいるものである。
元気の延長線に元気が続くと考える。
いつ来るか分からぬ将来を案じて、胃を痛くすることもあるまい。
2000万円貯金があったって、何年生きるかで過不足が生じることになる。
都度、不足分を働いて得た方がよい。年金プラス4万円が理想である。
切り過ぎた 梅は翌年 さらに伸び
2021年2月10日