1969/04/09に生まれて

1969年4月9日に生まれた人間の記録簿。例えば・・・・

『三玉山霊仙寺を巡る冒険』11.金毘羅神社

2022-10-14 21:53:00 | 三玉山霊仙寺の記録

【金毘羅神社】
 その日の天候は、前回の彦岳、震岳の時と比べると朝から爽やかな青空広がり絶好の登山日和だった。下見のとき、金毘羅神社の近くのため池の横の空きスペースがあり登山者が駐車していたのを見ていたので、今回はそこを出発地と定めていた。そこに車を停めると、ザックを背負った。古い鳥居をくぐり左手の大願寺奥の院を左手に見ながら、苔むした石段と未舗装路を進む。最後に急坂を登ると一段開けた所に金毘羅神社がある。そして、その手前には不動岩と同じ「礫岩」の大転石が合掌造をなして、「穴観音」と地元では呼ばれている観音様が私たちを迎えてくれる。

金毘羅神社は、この「穴観音」裏の「礫岩」の急崖に本殿が造立されており、付近には宮地嶽神社のほか、作ノ神、足手荒神が祀られている。そして、それら祠の傍には地元の誰かが作ったと思われるお手製の説明書きが立ててある。
その説明書きの中で最も興味深く感じたのが金毘羅神社だ。全文を記載すれば以下のとおりだ。

「金毘羅神社は、海・海運の神様である。どうして金毘羅神社があるのか。実は、金毘羅神社の周辺には、バクチノキ、フウトウカズラ、オニヤズソテツ、ツルコウジ、イシカグマ、カカツガユ、ハスノハカズラという七種類の植物が見つかっている。これらは普段、あたたかい海岸近くで見られる植物だが、金毘羅神社周辺に集中して生息しているのである。」

植物について門外漢の私は、この文面を見て先ず思い出したのが、子供の頃見た「地底探検」という1959年代のハリウッド映画だ。ジュール・ベルヌの小説『地底旅行』を映画化したもので休火山の火口から地底に降りていき、巨大植物や恐竜に遭遇しながら地底世界を探検するというSFファンタジーだ。

金毘羅神社は不動岩の西麓の深い谷間にあって、鬱蒼とした樹木や奇岩がそれを思い出させたのかもしれない。説明文にある7種類の植物がこの谷間に取り残されたのは、何らかの理由で、この場所が周囲よりあたたかい環境が保持されやすかったからではないのかと考えた。じゃぁ、何らかの理由ってなんだろうということになる。県北の山鹿、菊池は温泉地でもある。ひょっとして、この近くでは、その昔から温泉が湧出していて周辺より温かかったのでは?と考えるのはどうだろうと思った。菊池川の天然記念物となっている藻類の「チスジノリ」の生息理由の一つが、「温泉」からもたらされたカルシウム成分と考えられている事を思い出した。続いて閃いたのが、この温泉の作用が、これらの植物の存在だけでなく、不動岩の岩峰を形成させた有力な仮説の一つになるのではないかということだった。

温泉には様々な種類があるが、一部の温泉には溶存成分としてケイ酸などが含まれていて、これが岩石を構成する鉱物や粒間に染み込んで石英となって周囲よりも硬い岩石になることがある。これと似たような現象が不動岩の「礫岩」にも起こり、温泉が通って硬くなった部分が浸食から取り残され、結果としてあのようなカタチになったのではないかと思ったのだ。であるならば、「温泉が通った痕やその名残り」のようなものを見つけることが出来れば、「温泉説」はイケてる仮説になるではないか!
そう思うと少し足取りが軽くなり、不動岩を登る楽しみが増えたのだった。


金毘羅神社


《参考文献》
山鹿市史編纂室 「第四節 菊池川とチスジノリ」『山鹿市史 上巻』 山鹿市 昭和60年3月 p.38-53

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