1969/04/09に生まれて

1969年4月9日に生まれた人間の記録簿。例えば・・・・

夏の思い出

2010-08-13 10:38:04 | 雑談の記録
子供の頃、夏休みは遊びまくってたと思う。
ゲーセン通いもしてたけど、ムシ捕り、魚釣り、ワケワカンナイキケン探検などなど。

中でも、カブトやクワガタはよく捕りにいった。
未明の暗いうちから度胸のある友人と山にいったものだ。

クワガタ捕りには、欠かすことのできない三種の神器があった。

割り箸、懐中電灯、蚊取り線香とライター。

夜が明けてしまうとクワガタは簡単には見つからない。

だから、ボクらはクワガタの寝床であるウロ(木にできた小さな穴やすき間)を攻撃していた。

蚊取り線香に火を点け、煙をウロに流し込む。
すると、ウホゲホ状態になったクワガタが自ら進み出てくるというアンバイ。
新鮮な空気が吸えるとこまでしか姿を現さないカシコイやつには割り箸で追撃をしかけた。
たまには、クワガタ以外のムシたち、たとえば、ゴキブリ、ヤスデ、巨大ムカデが飛び出してきたりで、それも一興だった。

ある日、友人達と新規開拓のため、初めての山に入った。
その山の雑木林は下草が多く、我々の背丈ほどで、見通しが非情に悪かった。
動物の気配を感じた。
ボクらは歩みを止め息を殺し、あたりを窺った。

ガザガザガザガザ、ド、ド、ド、ド。

ナニかがこちらに向かってきた。
草陰の向こうに白と黒の巨体が見えた。
牛だ!
近所には牛小屋があり、そこから逃げ出した牛だと思った。
興奮した牛はナニをするかわからない。
二人の友人は木によじ登った。
だけどボクは恐怖で腰を抜かして動けなくなった。
もうダメだと思った。

しかし、白と黒の生き物は、姿を現さずにボクらから遠ざかったようだった。

ボクらは命カラガラでその森から里道へと抜け出た。



里道には一人の年輩の男が立っていた。

山に猟犬を放ったそうだった。

男は笑っていた。
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用意周到!?

2010-08-12 17:55:12 | 雑談の記録
祖母が息を引き取る前の晩に、曾孫たちはお別れをすることができた。
だからかどうかわらないけど、小学生男子の曾孫たちは、通夜及び告別式が執り行われている以外のときはしゃぎまくりだった。

告別式が終わり、親族はバスに乗り火葬場へ向かった。

祖母と最後の別れだった。
棺桶が炉に入れられ、喪主である母が点火スイッチを押した。
ゴーッという音がコンクリートに響きわたった。

一族は待合室へと移動した。

ソファに腰を下ろそうとしたとき、愚息がボクを呼んだ。

振り向くと愚息は、夏には似つかわしくない長袖長ズボンの普段着姿になっていた。
手には、以前、映画館で買ったキャラクター絵柄のプラスチックのポップコーン空箱があった。

「おとーさん、クワガタとりにいこ、クワガタ!」

熊本市営の火葬場は市の東部の郊外にあって、周辺には墓地が広がるほか、火葬場の正面には雑木林がある。

以前、その雑木林でカブトムシやクワガタを捕ったことがあった。

愚息は、着替えをこっそり準備していたのであった。

用意周到なヤツめ。

ボクは喪服だったけど、曾孫どもの先頭に立って雑木林に突入した。

瞬く間に、ノコギリのオス3匹とメス2匹を捕まえた。

子供達はたいそう満足げで、火葬場に来ている他の子供達に見せびらかしていた。
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検索キーワードのNo.1は!?

2010-08-10 22:27:35 | 雑談の記録
実は、gooブログの機能であるアクセス解析を使うと、このバカブログにアクセスしてくる「検索キーワード」がわかるようになってるんだけど・・・・、

さて、ここで問題ですが、このバカブログでNo.1の検索キーワードは何でしょうか!


答えは・・・、

「マスターベーション」

ホントーだ!。

ほぼ毎日「マスターベーション」の検索でこのバカブログにアクセスがあります。
ウレシイやらアキレルやらですが・・・・。

アクセスしてくる人物を想像すると・・・・
やはり思春期の悩み多き男子諸君と思われる一方、思春期男子を子に持つ悩み多き奥方の可能性も高い。


ちなみにボクはマスターベーションについて悩んだことはありません。

覚えた手のころは、ズイブン頑張っていたように思います。
ムリをして怪我をしたことだってあります。
だから、風邪とか偽ってプールを休んだことがあります。

・・・エっ!?、やっぱりソレはやり過ぎって!?。

イヤイヤ、ボクの友人には出血で失神したツワモノがいます。

しかし、みんな立派に機能していますし、通常通りの社会生活を送っています。

そういうワケで、「マスターベーション」に罪は無いと思いマス!。
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ギャルとオヤジは海を目指すか

2010-08-09 11:29:43 | 雑談の記録
ここ数日、バカブログの更新を怠っていましが、毎日、多くの方に覗いて頂き有り難く思っている今日この頃、みなさん如何お過ごしですか。

昨日は、福岡に試験を受けに行ってきました。
この試験は論文形式で、これまで2度合格したことがあるんだけど、それに続く東京での面接試験で2度撃沈という苦い経験をしていたり・・・・、
だから、面接に2回も失敗している人物として業界ではソレナリに有名人だったり・・・。
回りからは、いろんなことを言われます。
人格否定だってあります。

しかし、そんなものは受け入れてナンボと思って、涼しい顔して過ごしております。

さて、昨日、熊本駅に到着したのは7時半頃で、それからバイクに乗ってKKウィングスタジアムに向かったのでした。
KKウィングでは、今年で37回目の熊本マーチングフェスティバルが夕刻から行われていて、ユーちゃんは熊工のマーチングバンドの一員としてフェスティバルに出場していたのでした。

どうにか、熊工の演奏には間に合うことができました。

一昨年に続き昨年も全国大会で金賞を受賞しているバンドだから、お客さんも期待大の様子で、埋め尽くされたメインスタンドからの声援も凄く、演技後の拍手も一番だった。

話しは変わりますが、昨日は地元テレビ局の20分番組に熊工吹奏楽部の3軍(Cパート)が特集されていて練習風景を見ることができました。吹奏楽部の練習は野球部よりもキツイという話しは以前から聞いていましたが、それはやはり事実のようで・・・・。
こないだ家庭訪問でやってきた学校の先生も、吹奏楽部は「全然勉強しない!」と酷く嘆いていたとか・・・。

最近のユーちゃんの口癖と言えば、
「あ~ッ、海に行きたいッ!」
テレビ画面に海が映るたびに恨めしそうに叫んでおります。

ボクだって行きたいッ!
水着ギャルを眺めながら、世の平和を満喫しながら、ビールを飲みたいッ!
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堪えるね、外仕事

2010-08-04 18:10:19 | 雑談の記録
いい加減にしてくれ!と叫んでしまったら、余計に暑くなるからそんなことはゼッタイにしないと心に決めた今日この頃、みなさん如何お過ごしですか?。

今日は事務所で仕事をしているワケですが、昨日は一日中、外仕事でした。
家に帰って作業着のズボンを脱いだら革のベルトまで塩を吹いていたからビックリ。
夜半まで体の熱が取れず、保冷剤をクビ、ヒザ裏、ヒジ裏に当てて、どうにか眠りにつくことができました。ハッキシ言って、勉強どころではないです。

まぁ、そんなこんなで軽い熱中症だったからいいものの、実は、昔一度、気を失うほどの熱中症に罹ったことがあります。それについては、また機会をみて記録するとして、トニカク、この暑さにはご用心。

さぁ~て、明日もまた外仕事だ!。
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サヨナラ

2010-08-02 00:12:50 | 雑談の記録
残念ながら、我がリーグのメジャーチームは1回戦敗退でした。
善戦するも5-6の逆転サヨナラだったそうです。
勝負の世界だから、これは仕方がありません。

さて、話しは変わりますが今日は通夜でした。


一昨年前の正月に同居していた父方の祖母が亡くなってしばらくたった頃、母方の祖母が我が家(二世帯住宅の1階)に越してきたのでした。

母方の祖母は94歳まで一人暮らしでした。
ボクは子供のころ、夏休みや休日はよく祖母の家に泊まりに行っていました。
祖母の家の前には川があり裏には山があり、魚釣り、蟹獲り、クワガタ採り、よく遊びました。お風呂は薪で沸かしていました。

実は野球のルールをボクに教えてくれたのは、その祖母でした。
祖母は野球観戦が大好きで、低学年だった頃のボクに高校野球のテレビ中継を見せながらアレコレ解説をしてくれるのでした。変化球のことを最初に教えてくれたのも祖母だったように思います。また、祖母は俳句もたしなんでいました。


一昨日前の金曜の夕方のことでした。6月になって入院した祖母の様態が悪くなったとの知らせがありました。もともと心臓が弱っていたのですが、腸閉塞が起こったらしいとのことでした。心臓の状態から手術は困難とのことでした。

昨日夕方、練習が終わった愚息とカミさんと三人で病院に向かいました。

痛みを和らげる処置はなされていたようでしたが、腸閉塞の心臓への影響は大きいようで息苦しい様子でした。それでも、ボクらのことは認識できていて愚息に声を掛けてくれました。ただ、付き添っていた母の説明によれば、明日まで持つかどうかとのことでした。

一度、我が家に戻り、部活から帰ってきた娘たちを連れて再度病院へ向かいました。昨晩の8時くらいだったと思います。目は開いていましたが視力はかなり低下しているようで、うちの娘たちは認識できていない様子でした。
しかし、見舞いに来た娘達に「お世話になります」と必死に声を掛け、胸元に掛けてあったタオルケットをキチンと正そうとするその姿は立派でした。
祖母の様子は次第に悪くなり、そして何か一生懸命話したそうでしたが、うまく言葉にはなりませんでした。そうこうしているうちに、病室に集まっていた曾孫たちが泣き出しました。特に、小学生の男子共がヒーヒー声を出して泣き出しました。
すると、祖母はすでにせん妄状態にあったはずなのですが、泣いている曾孫の手を握ろうとするのでした。泣いている曾孫をまるであやすかのようでした。

9時すぎ、曾孫たちにお別れを告げさせました。
ボクは耳元で言いました。
「また明日来るけんね!」
祖母は少し微笑みました。


しかし、本日午前6時ごろ、祖母は亡くなりました。
97歳でした。

悲しみの夜明けの庭の鉄線花

かぶと虫取れて昼寝やいとこ同士

秋ふかし人恋しさのつのる夜も

風ともう語ることなく散る銀杏

あと一つ曲がれば故郷麦の秋

小春日の雑踏にいて孤独なる

夜の梅月に白さを貰ひけり

忙しく一日終わりて柚子湯かな

風呂吹きに父のこと又母のこと

孫の目の鋭さ蟹を見のがさず

コンサート果てて師走の人となる

夫あらば米寿を祝ふ春なるに

卓上に鉄線の白一輪を

楠本 泰 句集「鉄線花」より
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