【こもれび図書館】
妻の趣味の一つは図書館通い。幅広く渉猟しているようだがお気に入りは時代小説だ。休みの日など、妻が借りた本の返却について行くこともあるが私は駐車場止まり。高校生のとき、自習を目的に真新しくできた図書館へ行ったことがあるのだが、そのとき見た圧倒的な書物の多さに文字酔いして吐いてしまったという苦い経験が私を図書館から遠ざけ続けていたのだと思う。そんな私が図書館に向かっている。しかも、仕事をほったらかしにして。
向かったのは山鹿市の中心部に平成26年に開館した「山鹿市民交流センターこもれび図書館」だ。空間を贅沢に利用した近代的な建物で、そこは無粋な作業着姿の中年男の進入をためらわせる優しい空気に満たされていた。自動ドアを抜けると消毒用のプッシュボトルを一押した。目の前の液晶モニターには緑色の文字で体温を示された中年の男が映し出されていた。この光景にも慣れてきたなと思いながら緩くカーブを描いた木製の階段をのぼった。
入り口の右手にカウンターがあり、新型コロナウィルス感染症の対策として、ややくたびれかかった飛沫防止のビニル幕が張られていた。
私はマスクとそのビニル越しに、採石所付近で以前「銅」が採掘されていたことが記載されている資料はないかと尋ねてみた。それと、この頃になって私の心を支配し始めていた、ある「謎」についても聞いてみた。すると、職員の女性が館内の奥に案内してくれた。そこは、「郷土資料コーナー」で、先ずはこちらで探されてみてはどうかということだった。最初に案内してくれた若い職員の女性にとって、私の質問はあまりにも唐突過ぎたのだろう、他の書棚からショートヘアに眼鏡をかけたスラリとした女性が助け舟とばかりに私の前に現れた。その眼鏡の女性は私の話しを真剣に受け止めている様子で頷いてくれ、書棚に向かうと、そこがあらかじめ目的地であったかのように数冊の書籍を取り出してくれた。この図書館のプロだと思った。
西側の大きなガラス窓に沿った閲覧席の机に座り、先ず、手にしたのは昭和60年に刊行された『山鹿市史』。上・下・別巻の三冊からなる合計2400ページを超える大著だ。採石所のHさん、そして先の地盤陥没の件で面会した地元の古老も、この『山鹿市史』を勧めてくれたのだった。もちろん、眼鏡の女性も。
その『山鹿市史』を前にして、どこから手をつけるべきか迷った。しかし、とにかくページをめくらなければ事は始まらない。近代以降の章にめぼしをつけてページをめくった。しかし、期待した情報を得ることはできなかった。いつの間にか日は低く傾きブラインドが降ろされ、気がつくと終業を知らせる音楽が館内に流れ始めていた。私はまだ目を通していない書籍を借りようと思いカウンターへ急いだ。
しかし、借りることができるのは山鹿市在住者か若しくは山鹿市内に通勤する人々に限定されていることを知るにいたって、私の落胆は相当のものとなった。とりあえず、眼鏡のKさんが勧めてくれた昭和61年に発行された『ふるさと山鹿』の「三玉校区」のコピーを頼んだ。その間、親身になってくれていたKさんは、私の疑問に対して興味を持ってくれたようで、再度、図書館の資料をあたってみると約束してくれたのだった。心強い味方ができたと思った。
《参考文献》
山鹿市立図書館webサイト『https://www.yamaga-lib.jp/』