核兵器の廃絶を訴えて広島・長崎をめざして歩く国民平和大行進が、福島県のいわき市から茨木県に引き継がれました。
いわき市を通過するのは北海道から東京までをつなぐ北海道・東京コース。27日に福島県相双地方を通過し、いわき市に引き継がれ、この3日間いわき市内で行進しました。
きょうは常磐地区、小名浜地、そして午後はJR植田駅前で署名行動をした後、駅前から勿来市民会館まで約2㎞を、約25人のメンバーが核兵器の廃絶を訴えながら行進しました。市内での行進者はのべ301名でした。
一応、私も歩いたんですよ。ということで証拠写真。
JR植田駅前では、被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名が139人から寄せられ、市内では平和行進の行動の中で382人が集まったといいます。
JR植田駅前では、メガホンを使って署名への協力を以下のように訴えました。
平和行進での被爆者国際署名の訴え
毎年、この時期、広島・長崎をめざして、核兵器の廃絶を訴えて歩き続ける平和行進ですが、今年も5月に北海道を出発し、いわき市まで歩きつなげてまいりました。
1945年、今から72年前の8月6日、広島に、8月9日、長崎で、落とされた原子爆弾は、その年の12月までに広島で14万人、長崎で7万人の巨大な犠牲者を生み出しました。
この時に、命を長らえたみなさんも、被爆者となり、原爆症の発症など、長年にわたり命と健康への不安の中で生活をせざるを得ませんでした。
そして、1954年にビキニ環礁の水爆実験でマグロ漁船の第5福竜丸乗組員が被爆し、3度にわたって核兵器による犠牲者を出してしまった。
こうした日本では、一貫して核兵器廃絶を求める運動が続いてきました。こうした運動が、日本でも、そして世界でも、核兵器廃絶の大きな流れを作り出してきました。
みなさん。
この長年の努力が今、世界で、実を結びつつあります。
今、国連では、核兵器廃絶条約の締結を目指して、会議が開かれています。示された草案に、各国がより厳しい内容を盛り込むよう求めるなど、活発な議論が続いている状況です。
核兵器廃絶のための国際条約がまとまれば、長年、被爆に苦しみながら核兵器の廃絶を求めてきた被爆者のみなさんのみならず、ゆいつの被爆国・日本の国民にとっても、これほど喜ばしいことはありません。
同時にこの話し合いには核保有国が参加していないことを注目する必要があります。
条約の締結はもちろん、条約に核保有国が参加するよう圧力をかけ、核兵器廃絶の具体的な道を開いていくためにも、日本、そして世界の人々の核兵器廃絶を求める声を、さらに大きなうねりにしていくことが求められていると思います。
戦後、72年を迎え、年齢を重ねてきた被爆者のみなさんは、自分たちの生のあるうちに核兵器廃絶の実現をみたいと、核兵器廃絶のための国際署名を呼びかけました。
ただいま、みなさんのところに伺っております署名は、この被爆者のみなさんが訴えて始まり、国内でも、世界でも取り組まれている署名です。
ぜひご協力をくださるよう心からお願いします。
また、みなさん。
今、開かれている核兵器廃絶条約の締結をめざす国際会議に、唯一の被爆国の代表である日本政府は、残念ながら参加していない状況にあります。
なぜ会議に参加しないのか。
日本政府は、核保有国が参加していないので実効性がないからだ、というのです。
みなさん。本当にそうなのでしょうか。
実はみなさん。
核保有国も参加する、核兵器の削減をめざすNPT会議というのが開かれ、何度か、核保有国が核兵器の削減のために努力をすることが約束をされてきたことがありました。
核保有国が核兵器削減の努力を約束したにもかかわらず、今なお、世界には1万5,000発もの核兵器が存在するとされています。
こんなにたくさんの核兵器が、なぜ、いまだに存在するのか。それは、NPT会議の約束を核保有国が、誠実に履行しなかったことに原因があります。
もし、みなさん。核保有国が参加しないことを理由に、核兵器廃絶条約に実効性がないというならば、こうした核保有国の姿勢を追認し、核保有国いいなりに、核兵器廃絶の問題に対応することになるのではないでしょうか。
核保有国の横暴を許さず、核兵器の大きな流れの中に核保有国を巻き込んでいくためにも、世界の国々と世界の人々で核保有国を包囲していくことこそ必要です。
核廃絶条約の手結は、そういう意味でも大きな意義を持っていると思います。この核兵器廃絶条約に日本が参加することは、国民の大きな願いです。その願いを実現するためにも、核兵器廃絶へのみなさんの思いを形にしていただきたいと思います。
被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名は、日本政府自身を追い込んでいくためにも大きな意義を持っている署名です。どうか、みなさんのご協力を、心からお願いします。
私の後ろに見えているのは、広島に落とされた原子爆弾「リトルボーイ」の原寸大模型です。いわき市原水爆禁止協議会が作成したもので、今年は、平和行進といっしょに行動し、核兵器廃絶への願いを訴えていました。
いわき市を通過するのは北海道から東京までをつなぐ北海道・東京コース。27日に福島県相双地方を通過し、いわき市に引き継がれ、この3日間いわき市内で行進しました。
きょうは常磐地区、小名浜地、そして午後はJR植田駅前で署名行動をした後、駅前から勿来市民会館まで約2㎞を、約25人のメンバーが核兵器の廃絶を訴えながら行進しました。市内での行進者はのべ301名でした。
一応、私も歩いたんですよ。ということで証拠写真。
JR植田駅前では、被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名が139人から寄せられ、市内では平和行進の行動の中で382人が集まったといいます。
JR植田駅前では、メガホンを使って署名への協力を以下のように訴えました。
平和行進での被爆者国際署名の訴え
毎年、この時期、広島・長崎をめざして、核兵器の廃絶を訴えて歩き続ける平和行進ですが、今年も5月に北海道を出発し、いわき市まで歩きつなげてまいりました。
1945年、今から72年前の8月6日、広島に、8月9日、長崎で、落とされた原子爆弾は、その年の12月までに広島で14万人、長崎で7万人の巨大な犠牲者を生み出しました。
この時に、命を長らえたみなさんも、被爆者となり、原爆症の発症など、長年にわたり命と健康への不安の中で生活をせざるを得ませんでした。
そして、1954年にビキニ環礁の水爆実験でマグロ漁船の第5福竜丸乗組員が被爆し、3度にわたって核兵器による犠牲者を出してしまった。
こうした日本では、一貫して核兵器廃絶を求める運動が続いてきました。こうした運動が、日本でも、そして世界でも、核兵器廃絶の大きな流れを作り出してきました。
みなさん。
この長年の努力が今、世界で、実を結びつつあります。
今、国連では、核兵器廃絶条約の締結を目指して、会議が開かれています。示された草案に、各国がより厳しい内容を盛り込むよう求めるなど、活発な議論が続いている状況です。
核兵器廃絶のための国際条約がまとまれば、長年、被爆に苦しみながら核兵器の廃絶を求めてきた被爆者のみなさんのみならず、ゆいつの被爆国・日本の国民にとっても、これほど喜ばしいことはありません。
同時にこの話し合いには核保有国が参加していないことを注目する必要があります。
条約の締結はもちろん、条約に核保有国が参加するよう圧力をかけ、核兵器廃絶の具体的な道を開いていくためにも、日本、そして世界の人々の核兵器廃絶を求める声を、さらに大きなうねりにしていくことが求められていると思います。
戦後、72年を迎え、年齢を重ねてきた被爆者のみなさんは、自分たちの生のあるうちに核兵器廃絶の実現をみたいと、核兵器廃絶のための国際署名を呼びかけました。
ただいま、みなさんのところに伺っております署名は、この被爆者のみなさんが訴えて始まり、国内でも、世界でも取り組まれている署名です。
ぜひご協力をくださるよう心からお願いします。
また、みなさん。
今、開かれている核兵器廃絶条約の締結をめざす国際会議に、唯一の被爆国の代表である日本政府は、残念ながら参加していない状況にあります。
なぜ会議に参加しないのか。
日本政府は、核保有国が参加していないので実効性がないからだ、というのです。
みなさん。本当にそうなのでしょうか。
実はみなさん。
核保有国も参加する、核兵器の削減をめざすNPT会議というのが開かれ、何度か、核保有国が核兵器の削減のために努力をすることが約束をされてきたことがありました。
核保有国が核兵器削減の努力を約束したにもかかわらず、今なお、世界には1万5,000発もの核兵器が存在するとされています。
こんなにたくさんの核兵器が、なぜ、いまだに存在するのか。それは、NPT会議の約束を核保有国が、誠実に履行しなかったことに原因があります。
もし、みなさん。核保有国が参加しないことを理由に、核兵器廃絶条約に実効性がないというならば、こうした核保有国の姿勢を追認し、核保有国いいなりに、核兵器廃絶の問題に対応することになるのではないでしょうか。
核保有国の横暴を許さず、核兵器の大きな流れの中に核保有国を巻き込んでいくためにも、世界の国々と世界の人々で核保有国を包囲していくことこそ必要です。
核廃絶条約の手結は、そういう意味でも大きな意義を持っていると思います。この核兵器廃絶条約に日本が参加することは、国民の大きな願いです。その願いを実現するためにも、核兵器廃絶へのみなさんの思いを形にしていただきたいと思います。
被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名は、日本政府自身を追い込んでいくためにも大きな意義を持っている署名です。どうか、みなさんのご協力を、心からお願いします。
私の後ろに見えているのは、広島に落とされた原子爆弾「リトルボーイ」の原寸大模型です。いわき市原水爆禁止協議会が作成したもので、今年は、平和行進といっしょに行動し、核兵器廃絶への願いを訴えていました。
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